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第11話 日曜大工、あるいは魔王城建築計画


 「衣食住」という言葉がある通り、住環境の整備は文化的で健康的な生活を送るための基盤である。

 特に、築年数不明、木造平屋建て、かつ毎日のようにドラゴンの衝突や爆裂魔法の振動に晒されている我が店舗においては、メンテナンスは生命維持活動と同義だ。


 ある穏やかな定休日。

 俺は、以前から気になっていた勝手口のドアの建て付けを直すべく、工具箱を手に取った。

 蝶番ちょうつがいが錆びつき、開閉のたびに「ギィィ」と亡者の呻き声のような音がするのが気に入らなかったのだ。

 所要時間は十分、費用はオイル代とネジ代で銅貨数枚。

 俺が想定していたのは、そんな平和な日曜大工(DIY)だった。


 しかし、俺は学習能力というものをどこかに置き忘れてきたらしい。

 この店で「何かを始める」ということは、すなわち「災害を招き入れる」ための狼煙を上げることに他ならないということを。


「おうケンヤ! 何やってんだ?」


 最初の災害は、いつものように壁を破壊する勢いでやってきた。

手には身の丈ほどある大剣ではなく、なぜか巨大な「金属の塊」を持っている。


「ドアの修理か? だったら俺に任せろ! ちょうどいい『素材』が手に入ったんだ!」

「……嫌な予感しかしないが、一応聞こう。その素材とは?」

「『アダマンタイト合金』だ! ドラゴンの牙も通さねえ、最強の金属だぜ!」


 俺は眉間を揉んだ。

 木造の勝手口に、伝説の金属を使おうとするな。


「アルド。俺が求めているのは『円滑な開閉』であって、『対ドラゴン用防衛ライン』の構築じゃない。そんな重いものを付けたら、ドア枠ごと崩壊する」

「何言ってんだ! 家は守りが命だろ! ほら、貸してみろ!」


 アルドは俺からドライバーを奪うと(指先だけで柄がひしゃげた)、持参した金属板を無理やりドアに押し付けた。

 そして、釘の代わりに指で金属をねじ込んだ。

 物理法則が悲鳴を上げている。


「よし! これで完璧だ!」


 完成したのは、木造のボロ屋に不釣り合いな、鈍色に輝く重厚な鉄扉だった。

 俺は試しに開けようとした。

 ……開かない。ビクともしない。


「重すぎて開かねえよ! 鍵をかける手間は省けるが、出入りする機能も省かれてるだろ!」

「安心しろ! 蹴破れば開く!」

「毎日ドアを破壊して営業しろと言うのか!」


 俺がアルドと問答していると、背後から冷ややかな声がかかった。


「……甘いな、筋肉男。物理防御だけでは、高位の侵入者は防げんぞ」


 

ヴァネッサはエプロンのポケットから、赤黒い文字が刻まれた怪しげなふだを数枚取り出した。


「店長。セキュリティ強化なら私に任せておけ。魔王城の『処刑の間』と同じ術式を組んでやる」

「やめろ。ここは喫茶店の勝手口だ。処刑の予定はない」

「遠慮するな。この『自動迎撃システム』を組み込めば、許可なき者がノブに触れた瞬間、五万ボルトの電流と即効性の神経毒が散布される」

「郵便屋さんが死ぬだろ! 回覧板が来るたびに殺人事件を起こす気か!」


 俺の制止も虚しく、ヴァネッサは手際よく札をドアに貼り付けた。

 ドアノブが不気味に赤く発光し始めた。

 これで、俺の店は「物理的に開かない」上に「触ると死ぬ」という、セキュリティとしては満点だが利便性はゼロの物体を手に入れたわけだ。


「……(スッ)」


 さらに悪いことに、第三の施工業者が現れた。

 ミアだ。

 彼女は無言のまま、ドアの前に立ち、サングラスの奥で目を光らせた。

 そして、杖を一振り。


 キュイイイイン……。


 空間が歪んだ。

 ドアの向こう側から、本来そこにあるはずのない「深淵」の気配が漂ってくる。


「……おい、ミア。何をした」

「……(拡張)」

「何を? 何を拡張したんだ?」


 俺が恐る恐る(絶縁ゴム手袋をして)ドアを開けると――そこには裏庭ではなく、どこまでも続く薄暗い石造りの迷宮が広がっていた。


「……(ダンジョン生成)」

「勝手口を開けたらダンジョン直結!? ゴミ出しに行くのに何時間かかると思ってるんだ!」


 ミアは満足げに親指を立てた。

 どうやら彼女なりの「増築」らしい。収納スペースが増えたと言えば聞こえはいいが、そのスペースにスケルトンやスライムが湧いているのはどういう了見だ。


「すげえ! 店の中に狩り場ができたぞ!」

「フッ……これなら死体を隠す場所にも困らんな」

「……(冒険の予感)」


 三人が目を輝かせている。

 俺は膝から崩れ落ちた。


 ただ、油を差したかっただけなんだ。

 錆びついた蝶番を直して、スムーズに風を通したかっただけなんだ。

 なぜ俺の目の前には、アダマンタイトで補強され、致死性の罠が張り巡らされ、亜空間ダンジョンに繋がる「地獄のゲート」が鎮座しているんだ。


「……お前ら、全員正座しろ」


 俺の掠れた声は、ダンジョンの奥から響くモンスターの咆哮にかき消された。


 後日。

 この勝手口は「開かずの扉」として封印された。

 しかし、たまに夜中になると、扉の向こうから「迷宮を彷徨う哀れな冒険者の幽霊」がコーヒーを注文しに来るようになったのは、また別の話だ。

 

 やれやれ。俺が求める「平穏な我が家」への道のりは、どうやらダンジョンの最下層よりも遠いらしい。

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