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第10話 純粋な善意は、時に核弾頭より重い


 子供の笑顔は、世界の宝だ。

 穢れのない純真な瞳に見つめられると、俺のような心が荒んだ元サラリーマンでも、何かこう、守ってやりたいという父性が芽生えるのを感じる。

 ……周りの大人たちがまともであれば、の話だが。


 日曜日の朝。

 店に、一人の小さな女の子がやってきた。村に住む少女、リリだ。

 彼女はカウンター越しに、モジモジしながら俺に言った。


「あのね、ケンヤおじちゃん。……あした、ママのお誕生日なの」

「おー、そうかそうか。それはめでたいな」


 俺は目尻を下げて微笑んだ。

 リリは小銭入れを握りしめている。


「それでね、ママにプレゼントをあげたいんだけど……なにがいいかな?」


 なんと健気な。

 俺は感動した。これだよ。俺が求めていたスローライフの1ページはこれなんだ。ドラゴンの処理でも悪徳セールスマン撃退でもない、こういう心温まる交流なんだ。


「よしよし、おじさんが相談に乗ろう。お母さんは甘いものは好きか? 特製のクッキーを……」


 俺が提案しようとした、その時だった。


「……娘よ。貴様の覚悟、しかと受け取った」


 背後から、ドスの効いた低い声が響いた。

 ヴァネッサだ。彼女はなぜか感極まった表情で、リリの前に膝をついた。


「母君への忠誠を示すための貢ぎ物……素晴らしい。ならば、これを持っていくがいい」


 ヴァネッサが懐から取り出したのは、赤黒く脈動する**「宝石」だった。


「これは我が実家の蔵にあった『鮮血の契約石』だ。これを贈れば、お前の母君は永遠の若さと引き換えに、吸血鬼ヴァンパイアとして覚醒できる」

「やめろ! お母さんを人間やめさせる気か!」


 俺が即座に没収した。リリが「きれい……?」と首を傾げている。危ない、魅了されかけている。


「おう! プレゼントなら俺に任せろ!」


 今度はアルドが割り込んできた。彼は背中の大剣をドカッと床に置いた。


「母ちゃんを喜ばせたいんだろ? なら、やっぱこれだぜ! 今朝狩ってきたばかりの『キラー・マンティスのカマ』だ! これなら野菜も肉もスパスパ切れるぜ!」

「主婦にそんな凶器を持たせるな! 料理するたびにキッチンが戦場になるわ!」


 アルドが差し出した巨大な鎌(まだ緑色の体液がついている)を、俺は全力で遠ざけた。


「……(スッ)」


 そこに、ミアが無言で近づいてきた。

 彼女の手には、小さな小瓶が握られている。中には虹色に光る液体。


「……おいミア。それはなんだ」

「……(惚れ薬)」

「お母さんに誰を惚れさせるつもりだ! 家庭崩壊の危機を招くな!」


 だめだ。こいつらは「プレゼント=相手を物理的・魔術的に強化するもの」だと思っている。

 リリが困惑して泣きそうになっているじゃないか。


「リリちゃん、ごめんな。変な人たちで」

「ううん……あのおねえちゃんたちの、すごいけど……ママ、ふつうのがいいとおもうの」


 リリの言葉に、ヴァネッサたちがショックを受けている。「普通……だと?」「攻撃力がいらないのか?」とブツブツ言っている。

 俺はリリの頭を撫でた。


「なら、お花はどうだ? 裏の丘に綺麗な花がたくさん咲いてるだろ。あれで花冠を作ってあげるんだ」

「わあ! それにする!」


 リリの顔がパッと輝いた。

 結局、俺たちは全員で裏の丘へ行き、花冠作りを手伝うことになった。

 

 意外だったのは、ヴァネッサだ。

 「フン、草を編むなど……」と悪態をつきながらも、彼女の手先は器用で、誰よりも美しく頑丈な花冠を作り上げたのだ。


「……勘違いするな。これは『拘束術式』の編み方を応用しただけだ」

「はいはい、ツンデレ乙」


 完成した花冠を頭に乗せてもらい、リリは満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう! おじちゃん、おねえちゃんたち!」


 リリは手を振って帰っていった。

 夕焼けの中、その小さな背中を見送りながら、俺たちは並んで立っていた。


「……悪くないな。たまにはこういうのも」

「おう。あの子の母ちゃん、喜ぶといいな」


 アルドとヴァネッサが珍しく穏やかな顔をしている。

 俺も温かい気持ちになった。ああ、今日はいい日だ。


 翌日。

 リリが再び店にやってきた。


「ケンヤおじちゃん! ママ、すっごくよろこんでくれたよ!」

「おお、そうか! よかったな!」


 リリはニコニコしながら、こう続けた。


「うん! それでね、ママが『こんな素敵なものをタダでもらっちゃ悪いわ』って言ったから、わたし、ヴァネッサおねえちゃんにおしえてもらったとおりに言ったの!」


 嫌な予感がした。


「……なんて言ったんだ?」


「『礼には及ばん。だが、もし我に忠誠を誓うなら、その命、我が剣として捧げることを許そう』って!」


 俺は膝から崩れ落ちた。

 横でヴァネッサが「教育の成果が出たな」と満足げに腕を組んでいる。


「ママね、『まあ、頼もしいわね』って笑ってたよ!」


 お母さん、あんたも大物かよ。

 俺は悟った。この村に関わった時点で、純真な子供でさえも「こっち側」に染まっていく運命なのだと。


 俺はリリにサービスのアメ玉を渡しながら、心の中で彼女の将来の平穏を(たぶん無理だが)祈ったのだった。

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