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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第七章 少女たちと精霊

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95話 灰色の迷宮

「崩れるぞ」


 カインが短く告げると同時、目の前の巨大な尖塔が音もなく崩れ落ちた。

 森の外縁に設置されていた、穢れを送り込むための「黒い煙突」。その一本を、カインは『地盤操作』で根元からへし折ったのだ。


「うわ、派手にやったねぇ」


 リザが舞い上がる土煙を手で払いながら、森を見つめた。


「でもカイン、なんか変だよ。煙突は壊したけど、森のマナが乱れてる」


 リザの『魔視』には、虹色の結界が波打ち、不吉な灰色に濁っていくのが見えていた。

 供給を断たれたことで、森がバランスを崩し、禁断症状のように暴れ始めている。


「……毒を抜くには痛みが伴う。中の二人が耐えられればいいが」


 カインは森の方角を睨んだ。

 信じている。だが、胸の奥で燻る不安は消えない。

 彼は拳を握りしめ、次なる標的へと歩き出した。

 止まっている暇はない。外からの手助けが、中の試練を加速させているとしても、前に進むしかないのだ。


          ◇


 一方、森の中。

「歌う洞窟」を抜けたコレットとエレナは、言葉を失って立ち尽くしていた。


「何これ」


 エレナが呟く。

 洞窟の出口の向こうには、極彩色の森が広がっているはずだった。

 だが、そこに色はなかった。

 木々も、地面も、空さえも。全てがモノクロームの、灰色の世界。

 甘いお菓子の香りもしない。代わりに漂うのは、古びた紙のような乾いた匂いだけ。


『……くるしい……』


 コレットの肩で、ルビィが明滅した。その光は風前の灯火のように弱々しく、ピンク色だった輝きが濁った紫色に変色しかけている。


「ルビィちゃん!?」

『マナが……足りない……。森が、悲鳴を上げてる……』


 ルビィがふらりと空中に落ちる。コレットは慌てて両手で受け止めた。

 温かかった体が、氷のように冷たい。先ほど分け与えたはずの魔力が、底なしの穴に吸い込まれるように枯渇している。


「しっかりして! 今、また魔力を……」


 コレットが栞を輝かせようとしたが、ルビィは弱々しく首を振った。


『だめ……。あなたの魔力まで、吸われちゃう……』


 この空間そのものが、飢えている。

 カインたちが外で供給源を断ったことで、穢れに侵された森自体が、飢餓状態に陥り、内部の生命力を無差別に喰らい尽くそうとしているのだ。


「……行こう。ここに留まっていたら、私たちまで色を失うわ」


 エレナが警戒を強め、周囲を見回す。敵の気配はない。だが、この静寂こそが最大の敵だ。

 足元の草が、踏みしめるたびに灰となって崩れ去る。


 二人はルビィを庇いながら、灰色の森を進んだ。目指す「大樹」の方角さえ、この色のない世界では曖昧だ。


 ザザッ……。


 不意に、ノイズのような音がした。エレナが反応し、即座に振り返る。


「誰?」


 誰もいない。ただ、灰色の木々の影が、不自然に長く伸びていただけだ。

 だが、その影が揺らめき、立体的な質量を持って立ち上がった。

 形は定まらない。人型のようでもあり、獣のようでもある、黒いシルエット。


「……新手の番人ね」


 エレナがレガースを鳴らし、構える。


「悪いけど、通してもらうわよ!」


 踏み込み。一閃。

 エレナの鋭い回し蹴りが、影の頭部を捉えた。岩をも砕く衝撃。

 だが。


 スカッ。


「……え?」


 足ごたえがない。

 エレナの蹴りは、影をすり抜け、空を切った。

 物理的な実体がない。

 影はゆらりと揺らめき、鞭のように腕を伸ばしてエレナに反撃した。


「くっ!」


 エレナがバックステップで躱す。

 影の腕が地面を叩き、そこにあった岩が音もなく「消滅」した。

 破壊ではない。存在そのものが、影に塗りつぶされて消えたのだ。


「先輩! 魔法を!」

「無駄よ! 理由は分からないけど通用しない!」


 エレナが掌から風の刃を放つ。だが、それも影に飲み込まれ、何の効果も発揮しない。

 物理も、魔法も通じない。ただそこに存在する「虚無」。


『……逃げて……』


 腕の中で、ルビィが呻いた。


『あれは……「忘れられたもの」たちの成れの果て……。触れたら……消えちゃう……』


 忘れられたもの。

 その言葉に、コレットの心臓が早鐘を打った。

 記憶を失った転生者の末路か。あるいは、浄化されずに消えていった精霊たちの怨嗟か。


 影が増える。一体、二体、十体。

 灰色の森の至る所から、虚無の影が湧き出し、二人を取り囲んでいく。


「……厄介ね」


 エレナが額の汗を拭う。

 攻撃が通じない相手に、どう勝つか。撤退しようにも、帰り道などとっくに灰に埋もれている。


「コレット、私の後ろに!」


 エレナがコレットを庇う。

 だが、影たちはあざ笑うように、地面を滑って死角から忍び寄る。

 コレットの足元から伸びた手が、彼女のブーツを掴もうとした。


「――っ!」


 コレットは反射的にアズライトの栞を握りしめた。

 カインの顔が浮かぶ。守られるだけじゃない。私は、戦うと決めたんだ。


(消えないで……!)


 攻撃ではない。防御でもない。

 ただ、その存在を「認める」ための光。

 コレットの魔力が、青い波紋となって広がった。

 影に触れる。すると、影の輪郭が微かに震え、黒一色だったその姿に、ぼんやりとした「色」が戻り始めた。


「……効いてる?」


 エレナが目を見開く。

 コレットの「異界の魔力」だけが、この世界の法則(虚無)に干渉できる唯一の鍵。

 だが、影の数は多すぎる。全てを色付け、実体化させるには、コレットの魔力が足りない。

 ルビィの苦しそうな呼吸が、タイムリミットを告げていた。

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