表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第七章 少女たちと精霊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/161

93話 水面の旋律

「掴まったわよ!」


 エレナの声が響く。彼女は暴れる湖の主――巨大な水竜の背中に飛び乗り、鱗の隙間に食い込んだ黒い茨を両手で掴んでいた。

 主が苦痛に身をよじり、激しく湖面を叩く。水しぶきが嵐のように舞い上がり、エレナを振り落とそうとする。


「きゃっ……!」

「離さないで、コレット! あの子の痛みを抑えて!」


 エレナが叫ぶ。その足――金属製のレガースが、主の背中にしっかりと踏ん張っている。

 揺れるたびにスカートが花のように開き、金色の髪が水に濡れて輝く。


「はいっ!」


 コレットは岸辺でアズライトの栞を掲げ続けた。青い光が主を包み込む。

 カインに教わった「現象への干渉」。

 セレーナに教わった「魔力の循環」。

 その二つを組み合わせ、主の中で暴走する穢れたマナを、自分の清浄なマナで洗い流すイメージ。


(痛いの、飛んでいけ……!)


 祈りではない。明確な意思を持った術式。光の波紋が主の巨体を包み込み、強張っていた筋肉を弛緩させる。


「グゥ……」


 主の動きが一瞬、止まった。


「今よ!」


 エレナが全身に魔力をみなぎらせる。強化された筋力で、黒い茨を一気に引き抜く。


「ええええいッ!!」


 バキバキバキッ!

 不快な音を立てて、茨が根元から引き抜かれた。同時に、傷口から黒い霧が噴き出す。


「消えなさい!」


 エレナは引き抜いた茨を空中に放り投げ、回し蹴りを叩き込んだ。

 足先に纏った風の精霊魔法が炸裂し、茨を粉々に粉砕する。

 黒い霧は光の粒子に浄化され、湖へと溶けていった。


「グルルルゥ……」


 主が長く、安らかな鳴き声を上げた。

 すると、濁っていた湖の水が一瞬にして澄み渡り、エメラルドグリーンの輝きを取り戻した。

 水面から無数の光の泡が立ち昇り、空中で弾けて音楽を奏でる。ポロロン、シャララン……。

 それは、森全体を祝福するような、美しい水の旋律だった。


「きれい」


 コレットが見惚れていると、主が静かに岸辺へと近づいてきた。

 その大きな瞳が、コレットとエレナを優しく見つめている。

 主は頭を下げ、コレットの目の前に「何か」を吐き出した。

 それは、透き通るような水色の宝石だった。


『ありがとう、小さき導き手よ』


 頭の中に、直接声が響いた気がした。


「これ……くれるの?」


 コレットが宝石を手に取ると、ひやりとして、でもとても温かい力が流れ込んでくる。

『水の精霊石』。

 持っているだけで水属性の魔法を強化し、水難除けのお守りにもなる秘宝だ。


『そして、勇ましき舞姫よ。その強き足に祝福を』


 主がエレナの方を向き、鼻先で彼女のレガースに触れた。

 瞬間、レガースが水色の光を帯び、さらに軽く、強固な質感へと変化した。


「ふふ。素敵なプレゼントをありがとう」


 エレナは主の鼻先を撫でて微笑んだ。

 主は満足げに身を翻し、湖の底へと帰っていった。


「やったわね、コレット」

「はい、先輩」


 二人は顔を見合わせ、またハイタッチをした。今度は水しぶき付きだ。


          ◇


 湖畔の木陰。

 エレナが優雅にティーカップを傾ける。ルビィがどこからか持ってきた「星の雫の紅茶」と、ぷるぷるしたゼリーの実。戦いの後のティータイムだ。


「ふぅ……。一仕事終えた後のお茶は格別ね」

「とっても落ち着きますぅ……」


 コレットが天を見上げながら息を吐く。


「ふふ、なんだか、コレット、お兄ちゃんみたい」

「えっ? お兄ちゃんって、先輩の?」

「ええ。お兄ちゃんもよくそうやっているから」


 エレナは遠い目をした。


「あの人、剣の腕は超一流なんだけど、性格にちょっと問題があってね……。いつも飄々としていて。ま、肝心な時にはいつも助けに来てくれるから、結局のところ頼りにはなるんだけどね」

「あ、それ分かります!」


 コレットが身を乗り出した。


「カインさんもそうです! 無愛想で、すぐ『面倒だ』って言うし……でも、ここぞという時は必ず助けてくれるんです」

「あら、似たもの同士ね?」


 二人はクスクスと笑い合った。


「早く会えるといいわね」


 コレットは、ハッとした。

 ここでの時間は、どこか現実味がなくて、夢を体験しているかのようで、でもそれでも少しだけ楽しくて。

 ふと、自分がここに来た真意を、コレットはまだ知らない気がした。


「……ねえ、ルビィちゃん」


 コレットは、空中で紅茶の湯気を吸い込んでいる精霊に声をかけた。


「そろそろ本当のことを教えてくれないかな? どうして、私と先輩を選んだの?」


 ルビィはピクリと動きを止め、パタパタと羽ばたいてコレットの目の前に来た。その光る瞳(のような模様)が、真剣な色を帯びる。


『……そうね。もう隠す必要もないわね』


 ルビィは二人を見回した。


『エレナを選んだのは、あなたが精霊に近い存在だからよ。その体には、かつてあなたの命を救った微精霊が融合してる。だから、この森の濃度にも耐えられるし、私たちと言葉が通じるの』

「……やっぱり、そうだったのね」


 エレナは自分の手を見つめ、納得したように頷いた。


『そして、コレット。あなたを選んだのは……魂の色よ』

「色?」

『ええ。異界の魂だから、というだけじゃないわ。あなたの魂は……とても綺麗なの』

「異界から来たこと、どうして知ってるの?」

『見ればわかるの。私たちはそういう存在だから』


 ルビィはコレットの頬に、そっと体を寄せた。温かい光が伝わってくる。


『誰かを救いたい、守りたいっていう純粋な願い。それが、そのアズライトの栞を通して、すごく澄んだ「青色」になってあなたの中で輝いてる。……私、その光が大好きなの』

「大好き……?」

『うん。ずっと見ていたいって思ったの。だから、こうして案内してあげてるってわけ!』


 ルビィは照れくさそうに光を明滅させ、コレットの肩に止まった。

 純粋な好意。気まぐれな精霊が、一人の少女に興味を持った証。

 彼女はまだ何かを隠している気がする。でも騙されているような感覚ではない。


「……ありがとう、ルビィちゃん。私の方こそ、ルビィちゃんのその身体の光、好きだよ」


 コレットはルビィを優しく撫でた。

 小さくて温かい、新しい友達。カインに貰った栞と、この小さな精霊。二つの純粋な青い光が、コレットの心を満たしていく。


「さあ、休息もとったし、行きましょう。次のエリアは『歌う洞窟』よ」

「そこを抜ければ、大樹まではもうすぐだわ」

「はい!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ