92話 水晶の湖
「……見つけた」
森の外縁部。カインは岩陰から、眼下の荒野を見下ろしていた。
そこには、自然界にはあり得ない異質な物体が鎮座していた。
黒い金属で覆われた、巨大な杭のような塔。その先端からは、ドス黒い煙――凝縮された「穢れ」が噴き出し、風に乗ってプリズマリアの森へと流れ込んでいる。
「うわぁ、悪趣味」
リザが顔をしかめる。
「あれ、人工物だよね? 魔導回路が見えるもん。……しかも、かなり新しい」
「ああ。学術都市のガリレオが残していった『ゴミ』だろう」
カインは冷ややかに告げた。
ガリレオは倒したが、彼がばら撒いた悪意の種は、まだ世界各地に残っているのかもしれない。あるいは、彼の研究を継ごうとする新たな愚か者がいるのか。
「どっちにしろ、壊すだけだ」
カインが指先を向ける。塔の周囲には、護衛用の自律兵器が数体、警備にあたっていた。
「配置わかるか?」
「塔の周りに四体。上空に監視用のビットが二つ。死角はないね」
「正面から叩き潰すか」
カインは隠れるのをやめ、堂々と姿を現した。
警報音が鳴り響き、オートマタたちが一斉に砲口を向ける。
「消えろ」
カインが腕を振るう。
『重圧』
ゴッ!!
見えないハンマーが振り下ろされたかのように、四体のオートマタが一瞬でひしゃげ、鉄屑へと変わった。
上空のビットが迎撃の光弾を放つが、カインの『術式乖離』の結界に触れた途端、煙のように霧散する。
「……案外脆いな」
カインは歩みを止めず、塔の前に立った。右手に、眩い雷光を収束させる。
『雷撃』
バリバリバリッ!!
極太の雷が塔を貫いた。金属が溶解し、魔導回路が焼き切れる。黒い煙を吐き出していた塔は、轟音と共に崩れ落ち、ただの瓦礫の山となった。
「とりあえずこんなもんか」
「楽勝だね〜。まあ、フロストドラゴンと戦った後じゃ、何来ても物足りないよね」
リザが瓦礫の上で伸びをする。
「これで少しは森の空気もマシになるかな?」
「供給源は一つじゃないはずだ。次へ行くぞ」
「ほーい」
カインは森の方角を一瞥した。
虹色の結界は、まだ健在だ。中の様子は見えない。だが、コレットの魔力反応は安定している。
(……無事だといいが)
カインは背を向け、次の標的へと歩き出した。過保護な保護者の「掃除」は、まだ終わらない。
◇
一方、森の中。
コレットとエレナは、キラキラと輝く「水晶の湖」のほとりに立っていた。
「わぁ……! すごいです……綺麗……」
コレットが歓声を上げる。
湖の水は透き通るようなエメラルドグリーンで、底には水晶の結晶が珊瑚礁のように群生している。水面を跳ねる魚たちも、ガラス細工のように半透明で美しい。
「でしょ? ここは水の精霊たちのダンスホールなのよ」
エレナが水際にしゃがみ込み、指先で水面を突いた。波紋が広がり、ポロロン、とハープのような音色が響く。この森では、水さえも音楽を奏でるのだ。
「でも……ちょっと変ね」
エレナが眉をひそめた。
湖の中央。一番大きな水晶の樹がそびえ立つ辺りの水が、暗く濁っている。そこから、悲しげな歌声のような音が聞こえてくる。
『大変よ! 湖の主様が苦しんでるわ!』
ルビィが慌てて飛んできた。
『穢れのせいで、お腹にトゲが刺さっちゃったみたい! 暴れて手がつけられないの!』
見れば、湖の中央で巨大な水柱が上がった。
現れたのは、ガラス質の鱗を持つ巨大な海竜のような精霊だ。
だが、その美しい体には黒い茨が絡みつき、苦痛にのたうち回っている。
「グルルルゥ……ッ!!」
主の咆哮と共に、湖の水が荒れ狂い、津波となって岸辺に押し寄せてきた。
「キャッ!?」
「下がって、コレット!」
エレナが前に出る。彼女はスカートを翻し、押し寄せる波に向かって蹴りを放った。
「鎮まりなさいッ!」
足先に纏わせた衝撃波が、津波を真っ二つに割る。水しぶきを浴びながら、エレナは不敵に笑った。
「暴れるなら、少しお仕置きが必要ね。コレット、あの子の動きを止められる?」
「はい! やってみます!」
相手は精霊だ。言葉は通じなくても、心は通じるはず。
カインに教わった制御と、セレーナに教わった循環。
その二つを組み合わせて、精霊の荒ぶるマナを鎮静化させる。
「……お願い、落ち着いて!」
コレットから放たれた青い光の輪が、湖の主へと飛んでいく。
それは拘束の鎖ではなく、優しい包容力を持った波紋となって、主の体を包み込んだ。
「グ……?」
主の動きが鈍る。黒い茨の浸食が一時的に止まったのだ。
「ナイスよ! ……さあ、悪いトゲを抜いてあげるわ!」
エレナが湖面を蹴って跳躍した。
水の上を滑るように駆け抜け、主の背中へと飛び乗る。
彼女の足技と、コレットの支援魔法。即席とは思えない見事な連携が、水晶の湖に新たな旋律を奏でようとしていた。




