90話 虹色コンチェルト
「さあ、行くわよコレット! 遅れないでね!」
エレナが軽やかに地面を蹴った。
フワリとスカートが翻り、金色の髪が軌跡を描く。彼女が踏み込んだ地面からは、パシャリと光の飛沫が上がり、虹色の波紋が広がった。
「はい! 任せてください!」
コレットも続く。その足取りに迷いはない。
カインの背中を追いかけ、セレーナに鍛えられた日々は、彼女の心と体を確かに強くしていた。今走っているのは、守られるだけの少女ではない。一人の魔法士だ。
『右前方! お邪魔虫たちの群れよ!』
ルビィが空中でくるりと回転し、警報を鳴らす。クリスタルの木々の隙間から、黒いモヤを纏った生き物たちが現れた。
見た目はテディベアのようだが、その目は赤く光り、鋭い爪が生えている。「穢れ」に侵食された森の番人たちだ。
「あら、可愛くないクマさんたちね?」
エレナは優雅に微笑むと、速度を緩めずに突っ込んだ。
「痛いの嫌ならどいてなさい!」
踏み込み一閃。エレナの回し蹴りが、先頭の番人を捉える。ただの蹴りではない。足先に風の精霊魔法を纏わせた、衝撃波を伴う一撃。
ドパンッ! と風船が割れるような音がして、番人が弾き飛ばされ、キラキラした光の粒子になって消えた。
「す、すごいです、先輩!」
「コレット、左!」
「はい!」
コレットは立ち止まらず、走りながら右手をかざした。左側の茂みから飛び出してきた番人が、火の玉を放とうとしている。
その構成式プロセスが、コレットの目にははっきりと見えた。
(……そこ!)
コレットの魔力が、相手の術式に割り込む。破壊するのではない。ほんの少し、流れを書き換えるだけ。カインが教えてくれた「現象への干渉」。
ポンッ。
番人の手から出たのは、火の玉ではなく、無害なシャボン玉だった。番人が「え?」という顔で固まる。
「隙ありっ!」
コレットは通りざまに、魔力で強化したデコピンをお見舞いした。パチンッ! 番人は目を回してひっくり返る。
「ナイス、コレット! やるじゃない!」
「えへへ」
二人は笑い合いながら、極彩色の森を駆ける。足元の苔はスポンジケーキのように柔らかく、頭上の葉からは甘い蜜の雨が降ってくる。戦場なのに、遊園地にいるような高揚感。
「見えたわ! あれが第一の『棘』ね!」
開けた場所に、不釣り合いなほど巨大な黒い茨が突き刺さっていた。周囲の地面が灰色に変色し、美しい森を蝕んでいる。
その周りには、一際大きな番人――鎧を着込んだ騎士のようなゴーレムが鎮座していた。
「うーん……ちょっと強そうですね」
「でも、やることは同じよ。私とあなたならできるわ」
エレナが拳を握りしめ、パチパチと静電気のような魔力を纏う。
「私が引きつける。コレットはあいつの『盾』を無効化して」
「わかりました」
二人は同時に左右へ散開した。ゴーレムが反応し、巨大な剣を振り上げる。
「こっちよ、鈍重さん!」
エレナが挑発し、蝶のように舞う。剣が地面を砕くが、エレナはその衝撃波すら利用して高く跳躍する。空中で一回転し、踵落としの体勢へ。
「コレット! 今よ!」
「はいッ!」
コレットはゴーレムに向けて両手を突き出した。ゴーレムの全身を覆っている硬い魔力障壁。その「結び目」を見つけ出し、自分の魔力を流し込んで解く。
(解けて……開いて!)
キィィン! 硝子が割れるような音がして、ゴーレムの障壁が砕け散る。
無防備になった頭上に、エレナの踵が吸い込まれる。
「おりゃっ!!」
ドォォォン!!
閃光と共に、ゴーレムが粉砕された。黒い霧となって消えていく敵を見届け、エレナは華麗に着地する。
「完璧ね!」
「はい!」
コレットが駆け寄る。エレナはコレットの手を取り、ハイタッチを交わした。パチン! といい音が響く。
「さあ、仕上げよ。あの棘を抜きましょう」
二人は黒い茨の前に立った。近づくだけで肌がピリピリするような悪意の塊。だが、今の二人には恐れるものはない。
「せーのっ!」
二人の手が茨に触れる。コレットの青い光と、エレナの金色の光。二つの輝きが混ざり合い、黒い澱を浄化していく。
シュウゥゥ……。
茨は光に溶かされ、最後には一輪の白い花へと変わった。
灰色の地面に色が戻り、森が再び息を吹き返す。
『やったー! すごーい!! 第一エリア、浄化完了よ!』
ルビィが紙吹雪を撒き散らしながら飛び回る。
「ふぅ。いい運動になったわ」
エレナが汗を拭い、爽やかに笑った。
コレットも、胸いっぱいに甘い空気を吸い込む。
「私、なんだか生きてるって感じます。先輩」
「うんうん」
カインがいなくても、大丈夫。私には、戦う力がある。守る力がある。
コレットは次なる冒険へと瞳を輝かせた。




