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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第七章 少女たちと精霊

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89話 精霊のお願い

 少し進むと、巨大なクリスタルの木の下に、優雅なティーセットが広げられているのが見えた。

 そこには、一人の少女が座っていた。


「あら。やっと来たのね」


 その少女は、ティーカップを置いて微笑んだ。

 流れるような金髪に、神秘的な銀色の瞳。

 年齢はコレットより少し下、15歳くらいだろうか。

 透き通るような美少女だが、その佇まいには、どこか年長者のような落ち着きと気品があった。


「あ、あの……はじめまして」

「はじめまして。私はエレナ。……ふふ、驚いた顔ね。ここに来たばかりの時は、私もそうだったわ」


 エレナと名乗った少女は、手招きをした。


「こっちへいらっしゃい。お茶とお菓子があるわよ。……この森の木の実は、地上のどんなスイーツより美味しいんだから」


 エレナが指差した皿には、宝石のようにキラキラしたタルトが山盛りになっている。


「えっと……私、コレットです。あの、ここはどういう場所なんですか? 私、急に連れてこられて……」

「分かってるわ。事情はルビィから聞いてる」


 エレナは立ち上がり、コレットの肩に手を置いた。

 その手は温かく、不思議な安心感があった。


「ここはね、精霊たちの遊び場みたいなものよ。……ちょっとした『お願い』があって、私たちは招待されたの。少しの間だけ付き合ってあげて?」

「お願い……?」

「ええ。詳しくは食べながら話しましょう」


 エレナは悪戯っぽく笑い、タルトを一つコレットの口に押し込んだ。

 甘酸っぱくて、とろけるような味。口の中に幸せが広がる。


「お……おいしい!」

「でしょ? ……さあ、座って。女子会ガールズトークの始まりよ」


 不思議な森。おしゃべりな精霊。そして、金髪の美少女。

 カインがいないのは寂しいけれど、なんだか素敵な冒険が始まりそうな予感に、コレットの胸は高鳴っていた。


          ◇


「んん〜っ! おいしい!」


 コレットの声が、砂糖菓子のように甘い森に響いた。

 口いっぱいに広がるのは、甘酸っぱいベリーの風味と、濃厚なクリームのような口溶け。

 それは地上のどんな高級菓子店でも味わえない、魔力そのものを味覚化したような至高のスイーツだった。


「でしょ? ここの木の実を食べると、魔力の巡りが良くなるのよ」


 向かいに座るエレナが、優雅にティーカップを傾けた。

 クリスタルの木漏れ日が、彼女の銀色の瞳を神秘的に輝かせている。

 見た目はコレットより年下に見えるが、その纏う空気はどこか達観していて、頼れるお姉さんのようだ。


「……それで、エレナさん。私たち、どうしてここに呼ばれたんでしょうか?」


 コレットはタルトを飲み込み、尋ねた。

 美味しいお菓子は嬉しいが、カインたちが心配しているはずだ。早く戻らなければ。


「焦らないで。ここの時間の流れは、外とは違うみたいだから」


 エレナは空中に浮遊する綿毛のような光を指先で突いた。


「ルビィ、説明してあげて」

『はーい!』


 パタパタと羽ばたきながら、球体の精霊ルビィが二人の間に割って入った。


『単刀直入に言うわね! この森、今すっごくピンチなの!』

「ピンチ?」

『そう。外の世界から流れ込んでくる「汚いマナ」のせいで、森の深部にある「大樹」が病気になっちゃったのよ』


 ルビィが体を赤く明滅させて怒る。


『人間たちが変な実験とか、戦争とかするから! その淀みが全部こっちに流れ込んできて、可愛い精霊たちが凶暴化しちゃってるの!』


 コレットはハッとした。変な実験。淀み。

 それはオダイ・ジニやアレクサンドラで起きた事件の影響かもしれない。

 なら、自分は無関係じゃない。巡り巡って、この美しい森を汚してしまったのかもしれない。


「……私たちが、それを治すんですか?」

『その通り! 普通の魔法使いじゃ、この森の濃度に耐えられないわ。でも、あなたたちは特別』


 ルビィがコレットとエレナを交互に見る。


『異界の魂を持つあなたと、精霊と混ざり合ったあなた。……あなたたちなら、大樹のコアまで行って、穢れを祓えるわ』

「やることは単純よ」


 エレナが空になったカップを置いた。


「凶暴化した森の番人たちを蹴散らして、大樹の根元にある『黒い棘』を引っこ抜く。……いわゆる、害獣駆除と草むしりね」


 害獣駆除。その言葉に、コレットはカインの顔を思い出した。彼もよく、そう言って魔獣を倒していた。


「……私、やります」


 自分たち人間の世界のせいで、この森が苦しんでいるなら。そして、自分の力が誰かの役に立つのなら。

 カインに教えてもらったことだ。力は、守るために使うものだと。


「ふふ、いい顔ね」


 エレナが嬉しそうに微笑んだ。


「私も手伝うわ。実はね、私もここを出て、会いたい人がいるの」

「会いたい人?」

「ええ。お兄ちゃんに会いたいの。会って、顔面を思い切り殴りたいの。血が出るまで」


 エレナはとびきりの笑顔でその恐ろしいことを口走った。


「私も……会いたい人たちがいます」


 コレットもまた、カインとリザを思い浮かべて微笑んだ。


「あなたのお兄ちゃん?」

「ううん。私の……。うーん……? ……保護者……?? みたいな人です」


 コレットは少し照れくさそうに言った。


「不器用で、口は悪くて、いつも眉間に皺を寄せてて……でも、とっても優しい人なんです」

「あら。なんだか、私の知ってる『昔の知り合い』にとっても似てるわね」


 エレナが懐かしそうに目を細めた。

 彼女の脳裏にあるのは、いつも眉間に皺を寄せて不機嫌そうで、でも、不器用なだけの優しい青年。


「その人の名前は?」

「カインさん、って言うんです」

「カイン……。いい名前ね」


 エレナは微笑んだ。

 アトスではない。別人だ。

 けれど、世の中にはよく似たような不器用な男がいるものだとも感心した。


「きっと、今頃心配して探し回ってるわよ。早く帰ってあげなきゃね」

「はい!」


 二人の視線が交錯する。


『はいはい、お喋りはそこまで!』


 ルビィがパンと音を立てて弾けた。


『契約成立ね! さあ行くわよ! プリズマリア最深部、大樹の根元へレッツゴー!』

「行きましょう、コレット。私の背中に隠れていればいいわ」


 エレナが立ち上がり、スカートの裾を翻した。

 その足には、華奢な見た目には似つかわしくない、実戦仕様のレガースが装着されている。

 彼女の纏う空気が、ふわりとした少女のものから、鋭利な戦士のものへと変わった。


「……は……はい、先輩!」


 コレットも立ち上がる。

 不思議な森での、二人だけの冒険。カインがいなくても、私はやれる。

 そう証明するために、コレットは一歩を踏み出した。

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