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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第七章 少女たちと精霊

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88話 神秘の森 妖精郷 プリズマリア

 商隊の馬車は、鬱蒼とした森の中を進んでいた。

 街道とは名ばかりの、獣道に近い悪路だ。

 頭上を覆う巨木が陽光を遮り、昼間でも薄暗い緑の回廊が続いている。


「ねえ、なんか変じゃない?」


 幌から顔を出していたリザが、低い声で呟いた。

 彼女は周囲の森を凝視している。


「変? 何か気になるの?」

「静かすぎる。鳥の声もしないし、風の音も止まってる。それに」


 リザは目を細めた。彼女の『魔視』には、物理的な景色とは別の光景が映っている。


「色が、おかしい。森全体のマナが、虹色に揺らいでる。まるで、森そのものが生き物みたいに、呼吸してる」


 カインが手綱を握る手に力を込めた。

 リザの感覚は鋭い。彼自身も、肌にまとわりつくような濃密な気配を感じていた。敵意ではない。だが、人間を拒絶するような、圧倒的な「圧」。


「……この森は『迷わずの森』と呼ばれているが、地元の古老は『精霊の通り道』とも呼ぶらしい」


 カインが静かに言った。


「精霊の通り道……?」

「ああ。現世と精霊界の境界が曖昧な場所だ。不用意に踏み込めば、二度と戻れない」


 コレットは思わず胸元のアズライトの栞を握りしめた。

 栞が、微かに熱を帯びている気がした。青い光が、呼応するように明滅している。


 キィィィン……。


 突如、耳鳴りのような音が響いた。音ではない。脳に直接響く、マナの共鳴音だ。


「……っ!?」


 コレットが耳を押さえる。

 同時に、周囲の景色が歪んだ。木漏れ日が、緑から白へ、そして虹色へと変色していく。


「な、なに……!?」


 リザが叫ぶ。御者台のカインも異変に気付き、立ち上がった。


「止まれッ!」


 カインが馬を止める。

 だが、遅かった。森全体が、強烈な発光現象に包まれる。

 物理的な光ではない。圧倒的な質量のマナが、空間そのものを塗りつぶしていく。


「コレット! リザ! 俺の近くに!」


 カインが御者台から飛び降り、幌の中へ手を伸ばす。コレットも手を伸ばした。


「カインさん……!」


 指先が触れそうになる。

 その瞬間、霧の濃度が爆発的に増した。


「――おいで」


 誰かの声が聞こえた気がした。コレットの耳元で囁く声。

 次の瞬間、強烈な浮遊感がコレットを襲った。馬車の床が消え、重力が逆転する。


「コ……ッ……ト!!」


 カインの声が遠ざかる。

 伸ばした手は空を切り、白い闇が二人を分断した。世界が反転し、光の中に吸い込まれていく。


          ◇


「……んん?」


 コレットは目を開けた。

 最初に飛び込んできたのは、目が痛くなるほど鮮やかな色彩の洪水だった。


「うわぁ……!」


 そこは、絵本の中のような世界だった。

 空は淡いピンク色で、雲の代わりに金色の光の粒が川のように流れている。

 地面には、フカフカのスポンジケーキのような苔が生い茂り、木々の枝には宝石のような果実が鈴なりになって輝いていた。

 重力が弱いのか、タンポポの綿毛のような光が、あちこちでふわふわと浮遊している。


「え……ここ……天国?」


 コレットが起き上がると、体が羽毛のように軽い。カインもリザもいない。

 馬車もない。

 でも不思議と、怖さはなかった。

 空気中に満ちるマナが、甘いお菓子のような香りで、コレットの体を優しく包み込んでくれているからだ。


「おーい! 起きたー?」


 突然、目の前にポンッ! と何かが弾けるように現れた。

 バレーボールくらいの大きさの、ピンク色に光る球体。

 背中には小さな天使の羽が生えていて、パタパタと忙しなく動いている。


「え、球?」

『球じゃないわよ! レディに向かって失礼ね!』


 球体がプリプリと怒った。よく見ると、光の中に目と口がある。


『私はルビィ! この「神秘の森 妖精郷 プリズマリア」のスーパーナビゲーターよ!』

「プ、プリズマリア……?」

『そう! 選ばれた魂しか入れない、世界で一番キラキラした場所! 歓迎するわ、新入りちゃん!』


 ルビィはコレットの周りをくるくると飛び回った。


『うんうん、近くで見るとますますイイ色してるわね! あなたの魂、とっても澄んでて美味しそう!』

「お、おいしそう……?」

『比喩よ、比喩! ……まあ、ちょっと事情があって連れてきちゃったんだけど、安心して。ここには怖い魔獣もいないし、意地悪な人間もいないわ』


 ルビィはウインク(したように光を明滅)させた。


『さあ、ついてきて! あなたより先に来てる「先輩」が待ってるわよ』

「先輩?」


 コレットは首を傾げながらも、ルビィの後を追った。

 地面を蹴ると、ポヨンと体が浮く。まるで月面歩行のようだ。

 楽しい。カインさんたちとはぐれた不安はあるけれど、このワクワクする感覚は抑えられない。

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