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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第六章 最果ての岬

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85話 魂の選択

 カインが溜息をつき、もう一度結晶に魔力を込める。

 結晶が淡い光を放ち、ジークの声が再生された。

 今度は少しノイズ混じりの声。


『……また魔力を込めるなんて、キミも相当な物好きだな〜。そんなに俺が好きかい? 俺の身体はひとつしかないんだから、こ・ま・る・ぜ?』


 カインとリザの眉間に激しいシワが寄る。


「リザ。気持ちはわかるが耐えろ。情報さえ手に入れたら、このムカつく結晶は後々ここに来るやつの精神状態を保つ為にも粉々にする」

「あ〜キレそう」


『分かるよ? 俺のこの甘い声を聞いて、あぁ、この王子様はどんな素敵な顔をしているのかしら……なんて想像してるんだろ?

 さっき言った小説だが、挿絵のことは信じるな。

 あれはわざと、俺をブサイクに描いてる。

 あと、身長が低いとか書かれているが、それも本当のことを書けば俺は現実の世界でも目立ってしまう。

 あっ! あの素敵な人……華麗なる剣聖様!?

 あの身長の高さであの美しさ……風来の美剣士様だわぁ! ってな具合でな。

 騒ぎになんのは俺も困るからよ。わざとそういう指示して、そういう風に描いてもらってんだ』


「カイン。こいつって背高くてイケメンなの?」

「今こいつが言っていることに真実はひとつもない。セレーナはケンカした時はジークのことをチビ猿と罵っていた。あの挿絵はあれでもかなり美化されて描かれてる」

「クソじゃんこいつ」


『さて、話が長い男は嫌われる。

 まだ話したいことは沢山あるが、これを収録している俺の時間も有限でな。

 分かってくれ。

 というわけで、本題の方はこの辺で終わらせるとして、おまけの話をしようか。

 俺たちが「転生者」と呼んでいる存在。

 その正体についてだ』


 ジークの声が、真剣なトーンに変わる。


『俺たちは、死んだからここに来たんじゃない。呼ばれたんだ。

 あー、まあ、正確には死んでからってのは変わんねぇんだけど……』


『とにかく、誰にかは分からん。

 だが、この世界には「異界の魂」を呼び寄せるシステムがある。

 誰かを救うため、あるいは何かを変えるために』


 カインは息を飲んだ。

 呼ばれた。

 ならば、コレットもまた、誰かに呼ばれてこの世界に来たというのか。

 彼女が前世で味わった悲劇。その傷を抱えたまま、それでも誰かを救うために。

 呼んだのは誰だ? 彼女に救われる運命なのは誰だ?


『だが、世界は異物を嫌う。ここまで来たなら、分かんだろ? 魂は、本来あるべき場所へ還ろうとする。それが「還流」だ』


 ジークの言葉が続く。


『記憶が消えるのは、忘れてるんじゃねぇ。

 データが転送されてんだ。

 元の世界へ、あるいは新しく作られる「次の世界」へ』


『記憶は魂を繋ぎ止める楔だ。

 それが抜ければ、魂はこの世界に留まれねぇ。

 だから、俺たちは選ばなきゃならない』


『還るか、残るか。ちなみにこれは余談になるが、俺はこの真実にたどり着いた時、すごく悩んだ。夜も9時間しか眠れなくなったし、そのせいで目の下にクマまで出来た。この説を同じ転生者たちにどう伝えるか……どう残……ブチッ』


「ん?」

「ちょっとカイン。いくら話が長いからって途中で接続切らないでよ」

「俺は魔力を供給し続けてる。これは……記録の容量が限界を迎えて切れたんだ」

「……は? あいつが無駄な話しなきゃ絶対行けてたって!!」

「俺に言うな! 知るか!」


 すると、羊皮紙に記された術式が浮かび上がる。


「カインさん、羊皮紙が……」


 それは、魂をこの世界に強制的に定着させるための儀式。

 だが、その代償は重い。

 羊皮紙の術式が消え、文字が浮かび上がる。


『この術式を使えば、魂の還流を終わらせられる。

 だが、その代わり、前世の記憶とのリンクを完全に断ち切ることになる』

『つまり、前世の自分を殺すってことだ』

『過去の悲劇も、喜びも、愛した人の顔も。

 全てを捨てて、この世界の住人として生まれ変わる。

 それが、俺たちに残された唯一の延命措置だ』


 カインは羊皮紙を握りしめた。

 残酷な選択だ。

 コレットに、レイネシアとしての全てを捨てろと言うのか。

 あの悲しい記憶だけでなく、家族との温かい思い出さえも。


『……もしキミがこれを読んでるなら、

 キミか、その連れも同じことで苦しんでんだろ?』


『選ばせてやれ。

 当事者の人生は当事者が決めることだ』


『俺は選んだぜ。大切なものを守るためにな』


 そこで記録は終わっていた。

 ジークは選んだのだ。

 何かを守るために、この世界に留まることを。

 それが何なのか、カインには分からなかったが、ジークらしい覚悟を感じた。


「コレット」


 カインは振り返った。

 コレットは、ぼーっとオーロラを見上げていた。

 その瞳は、もう焦点が合っていないようにも見える。

 還流が進んでいる。猶予はない。


「聞いたか」

「……はい」


 コレットは静かに頷いた。


「過去を捨てるか、このまま消えるか。残酷な二択ですね」

「……ああ」

「でも、私には迷いはありません」


 コレットはカインに向き直り、ニッコリと笑った。

 その笑顔は、雪解け水のように透明で、美しかった。


「私、知りたいんです。……これからのこと」


 彼女は胸元のアズライトの栞に触れた。


「過去はもう、変えられません。でも、未来は作れます。カインさんと、リザちゃんと、先生と。もっと色んなところに行って、色んなものを見て、新しい思い出をたくさん作りたい」

「それが、お前の答えか」

「はい」

「……レイネシア」


 カインが呟き、コレットが瞳を大きく見開いた。


「……えっ……?」

「……それが、前世の、お前の名前だ」

「……レイネシア……それが……もうひとりの私……」


 コレットが瞳を閉じて、胸に手を当てる。


 怒るかな? レイネシア。

 私があなたを、私の中から追い出す決意をしたら。

 あなたは怒る? 許してくれる?

 もう、怖くは無いよ。カインさんが、リザちゃんがいるから。

 だから……。私は、私として生きてみても良いかな?


「……さようなら。レイネシア」


 彼女は、自分自身の前世に別れを告げた。

 その瞳に、後悔の色はない。


 カインはコレットの瞳を見て、剣を抜いた。

 戦うためではない。

 彼女の決意を、世界に刻み込むために。


「リザ。準備はいいか」

「うん。見届けるよ、最後まで」


 リザもまた、真剣な眼差しで二人を見つめていた。

 最果ての岬。

 世界のことわりが渦巻く場所で、一人の少女が生まれ変わる儀式が始まろうとしていた。

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