82話 雪解けの朝
光の柱が消え、轟音が収まると、そこには静寂だけが残った。
白竜の姿はない。
だが、カインが放った『聖殲』によって消滅したはずの空間には、無数の小さな光の粒子が舞い降りていた。
ダイヤモンドダストのように煌めく、青白い光。
「……綺麗」
コレットが掌を差し出す。
光の粒がふわりと舞い降り、温かな熱を残して溶けた。
「……なんだ、これは」
エリックが呆然と呟く。
破壊の跡地とは思えないほど、その場の空気は澄み渡り、濃密なマナで満たされていた。
「精霊だ」
カインは魔力を解き、淡々と告げた。
「あの白竜は魔獣じゃない。この土地の過剰なマナと、行き場を失った精霊たちが融合して暴走した『現象』だ」
カインは周囲の村人たちを見回した。
「あんたたちも、気付いているはずだ。自分たちの体が、普通の人間とは変わってきていることに」
その言葉に、村人たちがざわめく。
寒さを感じない肌。老いることのない容姿。そして、希薄になっていく感情。
「この里は、精霊界に近すぎる。長く住めば、魂が肉体という器から解き放たれ、精霊へと変質していく」
リザが言った通りだった。
彼らはもう、半分精霊になりかけている。だからこそ、この極寒の地で生き永らえてこれたのだ。
「じゃあ……俺たちが捧げてきた生贄は……」
エリックが膝をつく。
村を守るため、断腸の思いで送り出した家族や恋人たち。
彼らは、無駄死にだったのか。ただ、怪物に食われて消滅しただけなのか。
「……います」
コレットが、空を見上げて言った。
「え?」
「感じます。この光の一つ一つが、誰かの『想い』です。怖くなくて、とても優しくて儚くて……健気な」
彼女には分かる。
肉体を失い、純粋なマナの塊――「微精霊」となって、この里を漂う魂たちの気配が。
「彼らは死んでいません。この雪山の一部になって、ずっとあなたたちを見守っていたんです」
その言葉を聞いた瞬間、エリックの目から涙が溢れた。
舞い落ちる光の粒が、彼の方へ集まってくる。頬を撫でる冷たい風が、まるで懐かしい人の手のように感じられた。
「……そうか。お前、そこにいたのか……」
エリックが虚空を抱きしめる。
他の村人たちも、光の中に失った家族の面影を見出し、泣き崩れていた。
それは悲劇ではない。
彼らは形を変え、今も共に在る。その真実が、凍りついていた村人たちの心を溶かしていく。
「……行くぞ」
カインは背を向けた。
感傷に浸る時間は、彼らだけのものだ。部外者が立ち入るべきではない。
「待ってくれ!」
エリックが呼び止めた。
彼は涙を拭い、カインたちの前に立ちはだかる。
だが、その手にはもう武器はない。
「……すまなかった。俺たちは、恐怖で目が見えなくなっていた」
エリックは深く頭を下げた。プライドも、偏見も捨てて。
「礼を言わせてくれ。あんたたちが、俺たちを『呪い』から救ってくれた」
「勘違いするな」
カインはぶっきらぼうに返した。
「救ったのは俺じゃない」
カインはコレットを見る。
「あいつが道をこじ開けたから、俺の魔法が届いた。礼なら、そっちに言え」
傍から見ればただの責任転嫁。
だが、それがカインなりの、コレットへの賛辞であることを、エリックは悟ったようだ。
「ありがとう、導き手様。……いや、コレット」
エリックはコレットの手を取り、感謝を伝えた。
コレットは照れくさそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。
「……頭を下げる暇があったら、村を立て直せ。精霊化が進んでいるとはいえ、腹は減るだろう」
カインは背を向け、歩き出した。
雲が切れ、満天の星空が広がっている。
その北の果てに、揺らめくオーロラの帯が見えた。
「……源流は近い。行くぞ」
カインの言葉に、二人の少女が頷く。
白銀の隠れ里に、穏やかな朝が訪れようとしていた。
それは、コレットの中に残る「最後の記憶」の一つとなる、美しい朝だった。




