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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第五章 隠れ生きる者達

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77話 生贄の伝承

 カインの言葉に、集会所の前は静まり返った。

 村人たちは顔を見合わせ、驚きと戸惑いの表情を浮かべている。

 だが、その中で一人、鋭い視線を向ける男がいた。

 先ほど族長に食ってかかっていた若い男、エリックだ。


「……祓うだと?」


 エリックは鼻で笑った。


「よそ者が、何を知った風な口を。あれはただの魔獣じゃない。『白き災厄』……この地を支配する絶対的な絶望だ」


 彼は雪山を指差した。


「あれは吹雪そのものだ。剣も魔法も通じない。過去何人もの戦士が挑み、誰一人として帰ってこなかった。お前ごときに、何ができる」

「やってみなければ分からんだろう」


 カインは平然と返した。


「それに、あんたの言う『生贄』よりは建設的だ。誰かを犠牲にして生き延びたところで、それはただの先延ばしに過ぎん」


 カインの言葉が、エリックの逆鱗に触れたようだった。彼の顔が怒りで歪む。


「先延ばしだと……? ふざけるな! 俺たちはそうやって何百年もここを守ってきたんだ!」


 エリックがカインに詰め寄る。


「生贄一人で、村人全員が助かるなら安いもんだ! 俺だって……俺だって、あいつを失いたくはなかった! でも、そうするしかなかったんだよ!」


 悲痛な叫び。

 彼の過去に、生贄として捧げられた大切な人がいたことを物語っていた。

 だからこそ、彼はこの因習に縋るしかないのだ。それを否定されれば、過去の犠牲が無駄だったと認めることになるから。


「……やめろ、エリック」


 族長のハラルドが割って入った。


「客人に失礼だ。それに、生贄の儀式は十年前に禁じたはずだ」

「ですが族長! もう結界が持ちません! このままでは、今夜にも災厄が村に入り込んできます!」


 エリックは焦燥しきっていた。

 その時、物陰で小さく息を飲む音がした。エリックが鋭く視線を向ける。


「……誰だ!」


 建物の陰から、恐る恐る姿を現したのはコレットだった。

 心配して、こっそりと後をつけてきていたのだ。


「コレット……!? ついてきたのか!?」


 彼女の胸元で、アズライトの栞が淡く青い光を放っている。

 その光を見た瞬間、エリックの目が怪しく光った。


「……その光……!」


 エリックがコレットに歩み寄る。


「精霊を鎮める『導き手』の輝きだ。伝承にある通りだ……!」


 彼はコレットの肩を掴んだ。


「その娘を捧げれば、災厄は鎮まる! 村は救われるんだ!」

「はぁ……!?」


 リザが色めき立つ。

 コレットは青ざめ、後ずさった。

 自分が生贄。

 村を救うために、死んでくれと言われている。


「ふざけないでよ! コレットは関係ないじゃんか!」


 リザがカインの前に出て叫ぶ。

 だが、エリックは聞く耳を持たない。

 周囲の村人たちも、恐怖と期待が入り混じった目でコレットを見ている。

「あの子なら……」「助かるかもしれない」という囁き声が聞こえる。


「……離せ」


 カインが静かに、しかし冷徹に告げた。


「この娘は俺の連れだ。誰かの犠牲になるために連れてきたわけじゃない」

「なら、村が滅んでもいいと言うのか!」

「知ったことか」


 カインは吐き捨てた。


「神頼みでしか守れない場所なら、滅びればいい。他人の命を勘定に入れて生き延びようなんて、浅ましいにも程がある」


 それは、かつて「命の選別」を行い、国を見捨てるという地獄を見たカインだからこそ言える、重く、残酷な正論だった。

 誰かの犠牲の上に成り立つ平和など、砂上の楼閣だ。


「貴様……ッ!」


 エリックが剣に手をかける。

 カインもまた、無造作にポケットから手を出した。

 一触即発。


「……待ってください」


 コレットの震える声が響いた。

 彼女は顔を上げ、エリックを見つめた。


「もし……私が犠牲になれば、本当に村の人たちは助かるんですか?」

「ちょ……! コレット!?」


 リザが驚愕する。

 だが、コレットの瞳は真剣だった。

 彼女の中にある、「自分は無価値だ」という思い。記憶を失い、空っぽになっていく自分に、何か意味を持たせたいという願望。

 それが、今のこの状況と最悪の形で共鳴してしまっている。


「ああ、助かる。お前のその光があれば、災厄は必ず鎮まる」


 エリックが縋るように頷く。


「……少し、考えさせてください」

「おい、コレット!」


 カインが声を荒らげる。

 だが、コレットは寂しげに微笑んだだけだった。


「すみません、カインさん。少しだけ、一人で考えたいんです」


 彼女は背を向け、走り去ってしまった。

 止める間もなかった。


「……チッ」


 精神的にも肉体的にも弱っているからこそ、あの娘の悪い癖が出た。

 自己犠牲。自分の命を軽く見すぎている。


「……エリックとか言ったな」


 カインは冷たい瞳で男を見下ろした。


「もしあいつに指一本でも触れてみろ。災厄が来る前に、この村が地図から消えることになるぞ」


 ドッ、と膨れ上がった殺気が、エリックを、村人たちを圧倒する。

 それは脅しではない。

 確定した未来の宣告だった。

 カインは踵を返し、コレットが消えた方向へと歩き出した。

 説得ではない。連れ戻すのだ。力ずくでも。

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