75話 氷の掟
案内された先は、村の中央にある大きな集会所だった。
氷を削り出して作られたような柱と、青白い光を放つ魔石の灯り。
村の外は猛吹雪だが、結界に守られた内部は静寂に包まれている。
「……座れ」
リーダーの男が、凍りついたような声で促した。
カインたちは長テーブルの端に座らされ、周囲を武装した村人たちに取り囲まれている。
歓迎ムードは皆無だ。
彼らの視線は、依然としてコレット――正確には、コレットの胸元に注がれている。
「問おう。……その青い光、何処で手に入れた」
男が再び尋ねた。
その視線は鋭く、嘘を見抜こうとする尋問官のようだ。
カインは溜息を吐き、コレットの前に片手を出して彼女を庇った。
「……誤解があるようだが、これは特別な宝具ではない」
「何?」
「中身はただの花だ。南方の森ならどこにでも咲いている『アズライト』という野花を、結晶で固めて魔力を通しただけだ」
カインの説明に、集会所がざわめいた。
「野花だと……? 馬鹿な、生きた草花など、この極寒の地では数秒で凍りついて砕け散るぞ」
「だから結晶で固めていると言っている」
「それだけではない! 見ろ、その輝きを!」
男は興奮気味に、コレットの胸元を指差した。
「この村の結界内であっても、外部の魔力は『氷』に侵食され、消える運命にある。だが、その光は消えるどころか、我々のマナを弾き返して輝いているではないか!」
男はコレットに歩み寄り、膝をついてその輝きを見上げた。
「……言い伝えにある。『導き手』は、凍てつく闇の中でこそ青く輝く『不滅の灯火』を携えて現れると」
どうやら、厄介な伝承と結び付けられてしまったらしい。
カインたちが「ただの加工品」だと思っていても、この村の特殊な環境下においては、コレットの異質な魔力で輝くその栞は、まさに「奇跡の証明」に見えてしまうのだ。
「……娘、お前は何者だ?」
男が震える声で問う。
コレットは戸惑いながらも、正直に答えた。
「えっと……私は、コレットです。ただの、旅人で……」
「ただの旅人が、この輝きを維持できるはずがない」
男は断言し、仲間たちに向き直った。
「武器を収めろ。……彼らは『客』だ」
張り詰めていた空気が緩む。
だが、向けられる視線は警戒から、重苦しい「期待」へと変わっていた。
「私は族長のハラルドだ。吹雪が止むまでの間、滞在を許可する」
「感謝する」
「だが、条件がある」
ハラルドは指を三本立てた。
「一つ。村の奥、『精霊の泉』には絶対に近づくな」
「二つ。夜は出歩くな。『白き災厄』に見つかる」
「三つ。その娘の力を、無闇に使うな」
奇妙な条件。特に三つ目。
彼らはコレットの力を「救い」として崇めつつも、同時に何かを「恐れて」いるようにも見えた。
「分かった。約束しよう」
カインが承諾すると、ハラルドは重々しく頷いた。
「客間へ案内する。粗末な場所だが、外よりはマシだろう」
通されたのは、集会所の近くにある石造りの小屋だった。
質素だが、暖炉には火が入り、毛皮の寝具が用意されている。
「はぁ〜……やっと落ち着けたぁ」
リザがベッドにダイブする。
カインは窓の外、村の様子を観察していた。
静かだ。あまりに静かすぎる。
子供の姿が見えない。村人たちも、必要最低限の言葉しか交わさず、表情に生気がない。
「変な村だね」
リザが顔を上げて言った。
彼女の『魔視』が捉えたものを、小声で報告する。
「ここ、精霊の力が強すぎるよ。空気中のマナが全部『氷属性』に固定されてる。普通の人間が住んだら、体温ごと生命力を奪われて死んじゃうレベルだよ」
「それを、結界で防いでいるのか」
「ううん。逆だよ。村人たちのマナも、氷に染まってる。適応してるっていうか、半分精霊になりかけてる」
リザの言葉に、コレットが青ざめる。
半分、精霊。
それはつまり、人としての形を保ちながら、中身が変質してしまっているということ。
「……カインさん」
コレットがカインの袖を引いた。
その手は震えている。
「私……ここが怖いです。寒くて、寂しくて……」
寒さのせいではない。
この村に漂う「停滞」と「忘却」の気配が、彼女の記憶の病と共鳴しているのだ。
時が止まったような閉鎖空間。そこにいるだけで、自分という存在が希薄になっていくような感覚。
「大丈夫だ」
カインはコレットの肩を優しく抱き寄せた。
「心配するな」
その温もりが、コレットの震えを止める。
だが、カインの瞳は厳しく光っていた。
この村には、何かがある。
ジークが目指した「源流」に近い場所。
そこにあるのは救いか、それとも、永遠に凍りついた絶望か。
「リザ、お前も今日は休め。見張りは俺がする」
「うん。なんかあったら起こしてね」
カインは扉の前に座り込んだ。
外では、再び吹雪が唸りを上げ始めている。




