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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第五章 隠れ生きる者達

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72話 北へ

 学術都市アレクサンドラを出て、北へと続く街道を行く馬車の中。

 リザは街で仕入れたばかりの『華麗なる剣聖』シリーズの最新刊を広げ、声を上げて笑っていた。


「あはは! 何これ、最高! ジークって人、本当にカインの友達? ちょーウケる!」

「……知らん。俺はそんな痛い男は知らん!」


 カインは腕を組み、不機嫌そうに窓の外を眺めていた。

 リザが読み上げている一節があまりに酷いのだ。


『フッ……またつまらぬモノを斬ってしまったか。だが、俺様の剣技に酔いしれる観衆の視線、悪くはない』

『待ってくだされ剣聖様! どうかお名前を!』

『名乗るほどの者ではない。だが……そう、強いて言うなら、風来の美男子……とでも呼んでくれ』


「……ぶっ」


 窓から外を見ながら聞き耳を立てていたコレットが吹き出し、慌てて口元を押さえた。


「ご、ごめんなさい。でも、カインさんのお友達がそんなに面白い方だなんて……」

「違う。断じて違う」


 カインはこめかみを押さえた。

 確かにジークは飄々としていて軽薄なところがあったが、ここまでナルシストの目立ちたがり屋ではなかったはずだ。

 著者が盛っているのか、あるいは本人が面白がって吹聴しているのか。後者の可能性が高いのが頭の痛いところだ。


「でもさ、これ見てよカイン」


 リザがページを捲り、挿絵を指差した。

 そこには、キザなポーズを決める剣聖の背後に、フードを被った小柄な人物が描かれている。


『剣聖の旅には、一人の助手が同行している。太陽のような金色の髪を持つ、美しい少女だ』


「金髪の助手だって。へぇ、隅に置けないねぇ」


 リザがニヤニヤとカインを見る。

 カインは眉をひそめた。


「……女連れか。あいつにしては珍しい」


 ジークは女好きを公言していたが、特定の誰かと深く関わることを避けるタイプだった。

 それが、旅の道連れを作るとは。

 しかも、金髪の少女。


(……金髪、か)


 一瞬、脳裏に古い記憶が過った。

 月明かりの下で輝く、眩い黄金の髪。

 だが、カインはすぐにそのイメージを振り払った。あり得ない。

 彼女は死んだのだ。自分の目の前で、城と共に燃え尽きた。

 ただの偶然だろう。あるいは、このふざけた小説特有の創作か。


「まあ、あいつが元気でやっているならそれでいい」


 カインは溜息をつき、話題を打ち切った。

 だが、その胸中には、セレーナが別れ際に語った言葉が残っていた。


          ◇


 ――出発の朝。研究所の玄関先で、セレーナはカインを見送った後、ふと思い出したように言った。


『そういえば、例のキメラ騒動の時だが』

『ん?』

『私の手が回らなかった区画で、キメラが十数体、一瞬で殲滅されていたんだ』


 セレーナは腕を組み、ニヤリと笑った。


『魔力反応はゼロ。焼かれた痕も、凍らされた痕もない。つまり……ただ、鋭利な刃物でスパスパと斬り刻まれていたんだよ。魔力強化も施していない、生身の剣でな』


 カインは足を止めた。

 魔法も使わず、魔法生物であるキメラを生身の剣で物理的に両断できる人間。

 この世界に、そんな芸当ができるのは一人しかいない。


『……ジークか』

『恐らくな。何故やつがタイミングよくこの街にいたのかは知らんが、名乗りもせずに助けて、風のように去っていった』


 セレーナは肩をすくめた。


『水臭い奴だ。……ま、声をかけないあたりがあいつらしいがな』

『……違いない』


 カインも苦笑した。

 自分たちが必死に戦っている裏で、あいつもまた、誰にも知られずに戦っていたのだ。

 相変わらず、食えない男だ。


『追うんだろう? あいつの背中を』


 セレーナの問いに、カインは短く頷いた。


『ああ。今はそれしかできない』


          ◇


 カインは窓の外、北の空を見上げた。

 雲が厚くなり始めている。

 最果ての地は近い。

 そこで何が待っているのかは分からない。

 だが、ジークが示した道標の先に、コレットを救う鍵があることだけは確かだ。


「カイン、見て! 雪だよ!」


 リザが窓に張り付いて叫んだ。

 いつの間にか、外の景色は白く染まり始めていた。

 北の大地。極寒の荒野。

 過酷な旅の始まりを告げるように、冷たい風が馬車の隙間から吹き込んでくる。


「……寒そうですね」


 コレットが体を震わせ、アズライトの栞を握りしめる。

 カインは無言で、荷物から厚手の毛布を取り出し、二人にかけてやった。


「風邪を引くなよ。ここからは、甘くないぞ」


 ぶっきらぼうな優しさ。

 コレットとリザは顔を見合わせ、嬉しそうに毛布にくるまった。

 馬車は雪煙を上げ、白い地平線の彼方へと進んでいく。

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