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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第四章 魂の追求者

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71話 行ってらっしゃい

「……行こう」


 カインはガリレオから視線を外し、部屋の中央にあるコンソールへと向かった。

 そこには、ガリレオが解析しようとしていた『大賢者のオリジナルデータ』が残されているはずだ。


「これか」


 古びた石板と、それを解析した膨大な羊皮紙の束。

 そこには、大賢者が提唱した「魂の構造」と、ジークが残したと思われる「追記」が記されていた。


『還流を止めるには、新たな記憶を楔として打ち込むしかない』

『だが、それは一時しのぎだ。根本的な解決には、魂の源流オリジンに触れる必要がある』


「……源流」


 カインは羊皮紙を束ね、懐にしまった。

 ジークは、ここからさらに先へ進んだのだ。魂の源流。

 転生者たちがやってきた場所、あるいは還っていく場所。

 それを探すために、彼は旅を続けている。


「目的は達した。帰るぞ」


 カインは短く告げ、背を向けた。

 これ以上、ここに用はない。

 だが、ガリレオが残した言葉と、ジークの記録は、カインたちに新たな道を示していた。

『還流』と『源流』。

 その言葉の意味を、カインたちは後に知ることになる。


「うん! お腹ペコペコだよ〜。肉食いたい。肉」

「今日の夕飯はなんだろうねリザちゃん」


 リザとコレットが駆け寄ってくる。

 最高に誇らしげな笑顔が二つ咲き誇る。


          ◇


 朝日が昇る頃、三人は研究所いえへ戻った。

 玄関の扉を開けると、そこには仁王立ちしたセレーナと、心配そうなヴィクターが待っていた。


「……遅い」


 セレーナが腕を組み、不機嫌そうに告げた。

 だが、その瞳は三人の無事を確認し、安堵に揺れている。


「これでも急いだ方だ。それと、土産だ」


 カインは懐から、第零区画で回収した羊皮紙の束と、古代文字が刻まれた石板の一部をテーブルに広げた。

 ガリレオが隠し持っていた、大賢者のオリジナルデータだ。


「これは……!」


 ヴィクターが飛びついた。

 眼鏡を光らせ、震える手で石板を撫で回す。


「失われたと思われていた『魂の構造論』の原本……。それに、この書き込みはジーク君のものですね」


 ヴィクターは食い入るように解読を始めた。

 リビングに静寂が落ちる。

 コレットはリザと共にソファに沈み込み、泥のように眠ってしまった。

 緊張の糸が切れたのだろう。

 カインはコーヒーを啜りながら、窓の外を眺めていた。


 一刻ほどが過ぎた。

 ヴィクターが顔を上げ、重々しく口を開いた。


「……分かりました。ジーク君が目指した場所が」

「どこだ?」

「『最果ての岬』。この大陸の北端、常に嵐が吹き荒れる未踏の地です」


 ヴィクターは地図を広げ、北の端を指差した。


「この石板には、魂が巡る『海流』の記述があります。全ての魂はそこから来て、そこへ還る。転生者がこの世界に現れる際の『入り口』であり、記憶が還っていく『出口』でもある場所」

「源流、か」


 カインは呟いた。

 ジークのメモにあった言葉。還流を止めるには、源流に触れる必要がある。


「さらに、興味深い記述があります」


 ヴィクターは石板の隅を指した。


「ここには、『境界を越えるための船』と、『それを守る試練』について記されています。もしコレットさんの記憶が何処かへ送られているのなら、その場所へ物理的に干渉する手段が、そこにあるかもしれません」


 希望であり、同時に最大の難所。だが、行くしかない。


「準備ができ次第、発つ」


 カインは地図を見つめ、決断した。


「待て」


 セレーナが口を挟んだ。

 彼女は眠っているコレットたちを一瞥し、声を潜めた。


「カイン。お前、本当に行く気か? 『最果ての岬』だぞ。生きて帰った者のいない魔境だ。今のコレットたちを連れて行くには危険すぎる」

「……置いていけと言うのか」

「そうだ。ここに置いていけば、私が守ってやる。記憶が消えたとしても、幸せに暮らせるように面倒を見てやる」


 セレーナは真剣だった。

 彼女なりの優しさだ。

 危険な旅に連れ回すより、安全な場所で穏やかな余生を送らせる方が、コレットのためかもしれない。

 カインは沈黙した。

 そして、眠るコレットの寝顔を見た。

 安らかな顔。

 だが、その手は無意識に胸元のアズライトの栞を握りしめている。

 忘れたくない、と抗うように。


「……断る」


 カインは静かに言った。


「あいつは選んだ。最後まで足掻くと決めたんだ。俺がそれを奪う権利はない」

「……頑固者が」


 セレーナは溜息を吐き、肩をすくめた。


「なら、これを持っていけ」


 セレーナは懐から、一冊の手帳を取り出した。

 彼女が独自にまとめた、魔力制御の応用理論と、医療魔法のレシピがびっしりと書き込まれている。


「私の秘伝だ。移動中にコレットに叩き込んでやれ。……向こうに着く頃には、一人前の魔女にしておくんだな」

「ああ。善処する」


 カインは手帳を受け取った。

 ずしりと重い。そこには、戦友からの信頼と期待が詰まっていた。


          ◇


 数日後。

 カインたちは学術都市の北門に立っていた。

 見送りはない。別れは前夜に済ませた。湿っぽいのは互いに柄ではないからだ。


「行くぞ」

「はい!」

「おー!!」


 コレットとリザが元気に返事をする。

 二人の装備は一新されていた。セレーナが見繕った、対環境用の魔導コート。

 そしてコレットの胸元には、青く輝くアズライトの栞。


 歩き出す直前、コレットは一度だけ立ち止まり、振り返った。

 視線の先にあるのは、丘の上に建つセレーナの研究所いえ

 彼女はその窓を真っ直ぐ見つめ、深く、深く頭を下げた。

 言葉はない。だが、その姿勢だけで十分だった。

 感謝と、再会の誓い。


 カインは何も言わず、前を向いた。

 目指すは北。最果ての地。

 咎人と二人の少女は、荒野へと足を踏み出した。


          ◇


 研究所の二階。

 カーテンの隙間から、遠ざかる三つの影を見つめるセレーナの姿があった。


「……行っちゃったね」


 背後から、ヴィクターが声をかけた。


「今ならまだ、彼らに追いつけるよ? いいのかい? 追わなくて。キミが共に行きたいのなら、行くべきだよ」


 セレーナは振り返らない。

 窓ガラスに映る自分の顔は、いつもの強気な魔女の顔ではなかった。


「……いいの……」


 ポツリと、呟く。その声は震えていた。


「あの子は……私がいなくても、もうカインと肩を並べて戦えるから。ただ……ただ少し、寂しいだけ」


 セレーナは振り返り、ヴィクターの胸に顔を埋めた。

 その瞳から、透明な雫が溢れる。

 師として、友として、そして姉のような気持ちで愛した少女との別れ。


「……君は本当に、愛情深い人だ」


 ヴィクターは微笑み、セレーナの赤い髪を優しく撫でた。


「……また、会いたい」


 セレーナは鼻をすすり、顔を上げた。


「次会うときは……きっと、私よりも凄い魔女になってる気がする。……ううん、あの子なら、きっとそうなれるって思うんだ」


 涙で濡れた瞳が、誇らしげに輝く。


「だって……私の一番弟子だもん!」


 セレーナが屈託のない笑顔を見せる。


「そうだね。君が認めた弟子だ」


 ヴィクターが頷いた時、廊下からバタバタという足音が響いた。


「ママー!!」


 勢いよく扉が開き、アイシャが飛び込んでくる。

 そして、抱き合っている両親を見て、ニヤニヤと笑った。


「あー。ママまたパパとイチャイチャしてるー」

「……ッ! こら、アイシャ!」


 セレーナは慌ててヴィクターから離れ、涙を拭った。

 咳払いをして、笑みを浮かべる。


「ふふ。おはよ、アイシャ」

「あれ? しゃべり方いつものに戻ったの?」


 アイシャが首を傾げる。

 セレーナは屈み込み、娘を抱き上げた。


「ふふ。そっ。それとも、アイシャはやっぱり、強いママの方がいいか?」

「ううん! どっちも好きだけど、やっぱりそっちの可愛いママが好き!」


 アイシャが抱きつき、セレーナの首に頬擦りする。

 セレーナは愛おしそうに目を細め、アイシャの頬にキスをした。


「……よし! 朝ごはんにしよっか! ママ、頑張ってパンケーキ作っちゃうぞ!」

「ママが作ると黒焦げで苦いからパパやってー」

「えー……」


 あんぐりと口を開けるセレーナをよそ目に、アイシャがヴィクターの手を引いてキッチンへ行く。

 セレーナは窓の外を一瞥した。

 もう、カインたちの姿は見えない。

 だが、その空はどこまでも続いている。


(コレット……行ってらっしゃい)


 心の中で呟き、紅蓮の魔女は日常へと戻っていった。

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