表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第四章 魂の追求者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/161

70話 孤独な天才 魂の還流

 第零区画の最奥。

 巨大な魔導サーバーが唸りを上げる制御室で、ガリレオは待ち構えていた。

 彼は玉座のように設えられた操縦席に座り、機械仕掛けの義眼を妖しく回転させている。


「ようこそ、私の実験室へ。カイン」


 ガリレオの声は、スピーカーを通したように無機質だった。

 彼の周囲には、無数の浮遊砲台ビットと、天井から吊り下げられた巨大な機械腕が展開されている。


「君のその力、そして娘の異界の魂。これらを融合させれば、私は次元の壁さえ超えられる」

「勝手な理屈だな」


 カインは静かに吐き捨てた。

 その両脇に、コレットとリザが並ぶ。


「始めるぞ」

「かかってくるといい。私の計算に、敗北という変数は存在しない」


 ガリレオが指を鳴らす。

 瞬間、無数の浮遊砲台から一斉に熱線が放たれた。


「コレット!」

「はいっ!」


 コレットが前に飛び出し、胸元のアズライトの栞を輝かせた。

 彼女の叫びと共に、青い魔力の波紋が広がる。

 直撃コースだった熱線が、カインたちを避けるように四方八方へ散らばり、壁や床を焦がした。


「ほう……。魔力干渉か。面白い」


 ガリレオは表情を変えず、次は天井の機械腕を振り下ろした。


「リザ!」

「見えてるよ! 右に三歩! 次は伏せて!」


 リザの指示通りにカインが動く。

 豪風と共に機械腕が空を切り、床を粉砕する。


「……なるほど。ノイズによる撹乱と、未来予知に近い回避行動か」


 ガリレオは淡々と分析した。

 苛立ちはない。むしろ、想定外の事象を楽しむように口角を上げている。


「ならば、計算不能な領域まで出力を上げればいい」


 全ての砲台と機械腕が同時に起動する。

 全方位からの飽和攻撃。


「終わりだ。計算終了チェックメイト


 ガリレオが勝利を確信した、その時。カインが初めて、攻撃の構えを取った。


「計算が甘いぞ、天才」


 カインの周囲で、全属性のマナが渦を巻く。

 風、火、氷、雷。

 それらが複雑に絡み合い、一つの巨大な嵐となる。


「俺一人なら、防ぐので精一杯だったかもしれん。だが、三人なら……貴様の計算式ごと叩き潰せる」


多重合成魔法・(カタストロフ・)天焦がす崩落(フォール)


 カインが解き放ったのは、魔法の定義を超えた破壊の奔流だった。

 嵐が、熱線も機械腕も飲み込み、ガリレオの「要塞」を根こそぎ粉砕していく。


「……素晴らしい」


 ガリレオは崩壊する視界の中で、感嘆の声を漏らした。

 ありえない出力。ありえない制御。

 個々のスペックの足し算ではない。

 有機的な連携が生み出す、指数関数的なエネルギーの増大。

 それは、孤独な天才の計算式にはない「こたえ」だった。


 轟音と共に防壁が破られ、制御室が崩壊する。

 ガリレオは爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


 静寂が戻る。

 瓦礫の山となった実験場に、三人の荒い息遣いだけが響く。


「……やった?」


 リザが恐る恐る顔を出す。

 煙の向こうで、ガリレオが瓦礫に半身を埋もれさせていた。

 義眼は砕け、自慢の白衣も赤く染まっている。だが、彼はまだ意識を保っていた。


「……なるほど。これが『不確定要素』か」


 ガリレオは咳き込みながら、カインを見上げた。悔しさも、怨嗟もない。

 ただ、未知の現象を解明した学者のような、静かな納得があった。


「個としての知性では私が勝っていた。だが、君たちは互いの欠落を埋め合うことで、システムとしての強度を跳ね上げた。……興味深い」

「簡単なことだ」


 カインは冷ややかに見下ろした。


「お前は一人で戦った。俺たちは三人で戦った。……それだけだ」

「ふ……。凡俗な結論だが、真理かもしれんな」


 ガリレオは力なく笑うと、視線をコレットに向けた。


「……お嬢さん。一つ、聞かせてくれ」


 その問いかけに、カインが眉をひそめるが、コレットは一歩前に出た。

 ガリレオの瞳には、敵意はない。

 あるのは、純粋な知的好奇心だけだ。


「君は……どうやって、こちらの世界へ来た?」


 それは、転生者に対する根源的な問いだった。


「死んだのか? それとも、招かれたのか」

「……死にました」


 コレットは静かに答えた。


「気付いたら、この世界で赤子に生まれ変わっていました。ここは私が死んだ場所とは、何もかも違う場所でした」

「そうか。……通過儀礼イニシエーションとしての死か」


 ガリレオは満足げに頷き、さらに問うた。


「では、最初は何を失った?」

「え……?」

「魂が世界に適合する際、必ず何かを対価として支払わされる。転生者の場合はそれが記憶だと私は仮定しているが……君の場合、最初に欠落した記憶は何だ?」


 コレットは胸元のアズライトの栞を握りしめた。

 思い出すのも辛い、喪失の始まり。


「……名前、です」


 コレットは告げた。


「私自身の名前。……顔は覚えているのに、どうしても名前だけが出てこなかったんです。それが、最初でした」

「名前、か……。個を特定する識別子(ID)から消えたというわけか」


 ガリレオは虚空を見つめ、独りごちた。


「世界は異物を許容しない。名前を奪い、過去を奪い、真っ白な更地にしてから取り込む。残酷だが、実に合理的だ」


 彼はコレットを見て、微かに目を細めた。


「君の魂は、美しいな。……その欠落さえも、君という存在を輝かせている」

「……」

「いいデータが取れた。……私の質問に答えてくれたお嬢さんへお返しをしよう」


 ガリレオは咳き込み、口元の血を拭った。


「君たちは、『魂の定義』について調べていたな。……私なりの見解を話そう」


 カインの目が鋭くなる。

 この男は、カインたちが図書館や地下で何を探していたのかを知っているのだ。


「魂とは、肉体に固定された物質ではない。もっと流動的で、常にどこかへ流れようとする……『エネルギー』だ」


 ガリレオは天井――遥か上にある地上の方角を見上げた。


「記憶とは、その流れを堰き止め、器に留めておくための『重石』に過ぎない。では、その重石がなくなったら、魂はどうなると思う?」

「……消滅する」


 カインが答える。

 ジークのメモにあった仮説だ。

 だが、ガリレオは首を横に振った。


「違うな。……『還流』するのだよ」

「還流?」

「水が高い所から低い所へ流れるように、魂もまた、本来あるべき『器』へと戻ろうとする。記憶を失うことは、死ではない。この世界という鳥籠から抜け出し、元の場所へ還るための準備イニシャライズなのかもしれんぞ」


 それは、カインたちが考えてもみなかった視点だった。

 消えるのではなく、還る。

 もしそれが真実なら、コレットの記憶喪失は絶望へのカウントダウンではなく――。


「……ま、もう証明する機会を失った、私の仮説に過ぎんがね」


 ガリレオは自嘲気味に笑った。


「私はその流れを堰き止め、無理やり自分の糧にしようとした。自然の摂理に逆らった罰が、これというわけか」


 彼は満足したように目を閉じた。

 彼の体から力が抜けていく。

 死んだのか、あるいは深い眠りについただけなのか。

 その表情は、難解なパズルを解き終えた後のように安らかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ