69話 紅蓮の魔女と見えざる剣
学術都市アレクサンドラの地上は、阿鼻叫喚の巷と化していた。
街の至る所から出現したキメラが暴れまわり、市民を襲っている。
衛兵隊も奮戦しているが、魔法と科学が融合した異形の獣には歯が立たない。
「邪魔だ!」
怒号と共に、紅蓮の炎が奔る。
セレーナだ。彼女は街の大通りを駆け抜けながら、次々とキメラを焼き払っていた。
彼女が腕を振るうたび、キメラが火だるまになって崩れ落ちる。
圧倒的な火力。
だが、敵の数が多すぎる。
倒しても倒しても、路地裏や下水道から次々と湧き出してくる。
「……キリがないな」
セレーナは額の汗を拭った。
魔力はまだ余裕があるが、広範囲をカバーし続けるのは精神的な消耗が激しい。
それに、市民を巻き込まないように手加減しながらの戦闘は、彼女の性分に合わない。
「ママ! あっち!」
アイシャの声が聞こえた気がした。
見れば、大型のキメラが防壁を乗り越えようとしている。
「行かせるか!」
セレーナが飛ぶ。
炎の翼を展開し、空中でキメラを迎撃する。
だが、その隙に別の群れが反対側から侵入してくる。手が足りない。
このままでは、守りきれない。
(……ガリレオのやつ。どれだけのキメラを……)
セレーナが奥歯を噛み締めた、その時だった。
ザシュッ。
遠くの路地裏で、何かが切断される音がした。
キメラの悲鳴すら上がらない。
ただ、巨大な獣が唐突に崩れ落ち、沈黙した。
「……なんだ……?」
セレーナは目を凝らした。
魔法の兆候はない。爆発音もしない。
だが、確かにキメラが死んだ。
それも一体ではない。
東の通り、西の広場、南の橋。次々とキメラたちが沈黙していく。
まるで、見えない死神が凄まじい速度で街を駆け抜けているかのように。
「……なんだ? 誰がやってる?」
セレーナは魔力を探った。
学術都市には優秀な魔法士が多い。誰かが加勢してくれたのかもしれない。
だが、おかしい。
あれほどの質量のキメラを一撃で葬るなら、相応の魔力反応があるはずだ。
なのに、何も感じない。
魔力の波紋一つ立てず、ただキメラが死んでいく。
「……」
セレーナの脳裏に、ある男の顔が過った。
かつて共に戦場を駆け抜け、魔法など使わずに剣一本で敵軍を薙ぎ払った、飄々とした男。
(……まさか、な)
セレーナは首を振った。
あいつは行方不明だ。こんなに都合よく現れるはずがない。
ザンッ!!
すぐ近くの路地から、キメラの首が飛んでくる。
宝石のように輝くほど滑らかで鮮やかな切断面。
魔法による焼き跡も、凍結痕もない。
純粋な、研ぎ澄まされた刃による一閃。
「……何者だ!」
セレーナが叫ぶ。
だが、答えはない。
ただ、風が吹き抜けるように、気配が遠ざかっていくだけだ。
誰かは知らないが、味方であることは間違いない。そして、その手並みは信頼に足るものだ。
「……誰であろうと、構わんか」
セレーナは空を見上げた。
負担が減った。これなら、防衛線は維持できる。
あとは、地下に潜った「本命」たちが決着をつけるのを待つだけだ。
「……これならいける……!」
紅蓮の魔女が吠える。
見えざる剣の援護を受け、彼女の炎はいっそう激しく、美しく燃え上がった。




