67話 公開実験
セレーナの研究所のリビングに、窓の外から爆音と悲鳴が飛び込んできた。
ドォォォォン!!
「……なっ!?」
リザが弾かれたように窓際に駆け寄る。
眼下の街並みから、黒煙が上がっていた。
一箇所ではない。大通り、市場、広場。
街の主要な区画で同時に爆発が起き、人々が逃げ惑っている。
「敵襲……?」
その時、街中に設置された「時報用のスピーカー」から、不快なノイズが響き渡った。
『――テステス。……ああ、繋がっているかね?』
くぐもった、機械的な声。
同時に、広場や大通りに設置された巨大な魔導スクリーンが一斉に切り替わった。
映し出されたのは、白衣に黒コート、そして機械仕掛けの義眼をつけた男。
「……ガリレオ!」
セレーナがテーブルを叩いて立ち上がった。
画面の中のガリレオは、優雅に一礼してみせた。背景には、モニター越しに地下室の映像が流れている。
『親愛なるアレクサンドラの市民諸君。そして、私の可愛いサンプルたち』
ガリレオの義眼が、画面越しにカインたちを見据えているような錯覚を覚えさせる。
『私は評議会第零席、ガリレオ。……今日は、この街の未来について、ささやかな実験を行いたいと思う』
画面が分割され、街の惨状が映し出される。
虚空から染み出すように現れた巨大な合成獣たちが、建物を破壊し、市民を追い回している。鋼鉄の爪、溶解液を滴らせる顎。
昨夜戦った実験体よりも、数段上の殺戮兵器だ。
『実験のテーマは「生存本能」だ。……今、私の最高傑作であるキメラたちを街に解き放った。彼らは空腹だ。餌を求めて、目につく生命を貪り尽くすだろう』
悲鳴が上がる。
パニックに陥る市民たち。その足を、ガリレオの次の言葉が縫い止めた。
『だが、安心してほしい。停止コードは用意してある』
ガリレオはニヤリと笑った。
『私の狙いは一人だけだ。……異界の波長を持つ、栗色の髪の少女。セレーナの研究所にいる少女だ。彼女を私の元へ差し出せば、キメラたちは即座に撤収させよう』
コレットの顔が蒼白になる。指名手配。
現在進行形で破壊されている街と、コレット一人の命を天秤にかけ、市民に「選別」を迫っているのだ。
『さあ、選んでくれたまえ。……見知らぬ少女一人を庇って怪物に食われるか。それとも、彼女を捕らえて差し出し、平和な日常を取り戻すか』
悪趣味なゲーム。
ガリレオは、カインたちと市民を対立させようとしている。
コレットを守れば、カインたちは「街を見捨てた悪党」になり、暴徒と化した市民全員が敵に回る。
「……ふざけた真似を」
カインの瞳に、静かな怒りの色が灯る。命をチップにした賭け。
かつてバルザックがやったことと同じ、あるいはそれ以上に悪質な冒涜。
『期限は一時間だ。……賢明な判断を期待しているよ』
プツン、と映像が消えた。訪れる静寂。
そして直後、恐怖が憎悪へと変わるどす黒い気配が、研究所を取り囲んだ。
「あの娘だ! あの娘が原因だ!」
「どこにいる!? 探せ!」
「よそ者を差し出せば助かるんだろ!?」
「研究所だ!! 探せ!」
窓の外から、狂乱した群衆の声が聞こえ始める。
恐怖に駆られた人間は、魔獣よりも恐ろしい。
彼らはすでに、暴徒と化して研究所へ押し寄せようとしていた。
「……っ」
コレットが震えながら後退る。
自分がいるせいで、また街が壊される。
トラウマが蘇り、呼吸が浅くなる。
「……コレット」
カインが静かに名を呼んだ。
コレットが顔を上げると、そこにはいつもと変わらない、揺るぎない瞳があった。
「迷うな。恐れるな。大丈夫だ。お前はもう、乗り越えられる強さを得てる」
「カインさん……」
「俺はお前を信じてる」
カインが笑ってコレットの頭を撫でる。
「……!!!」
「それに、一時間も待つ必要はない。……売られた喧嘩だ。元から絶つ」
カインはセレーナとリザを見た。
「セレーナ、お前は街の方を頼む。暴徒を鎮圧し、キメラを焼き払ってくれ。お前なら容易い事だろ?」
「フン。私に負けたお前が、私に指図するな」
セレーナは不敵に笑い、白衣を翻した。
「この街で好き勝手やった落とし前、きっちりつけさせてやる。……アイシャとヴィクターは地下シェルターだ。安心しろ」
セレーナの瞳が燃えている。
彼女は、かつて国を捨てた。だが今は、守るべき場所と家族がある。
もう二度と、背を向けたりはしない。
「リザ。お前はコレットを連れて、最短ルートで第零区画へ向かえ。俺が露払いをする」
カインは窓を開け放った。
眼下には、殺気立った群衆と、迫りくるキメラの群れ。敵は全て揃った。
「……俺たちが悪党になる必要はない」
カインの周囲を、風が渦巻く。
「理不尽な選択肢など、全て叩き壊すだけだ」




