66話 理の囚人
学術都市の地下深層、第零区画。
その最奥にある制御室は、無数のモニターと、複雑怪奇な魔術回路の光に満たされていた。
その中心で、ガリレオは静かに椅子に座り、手元の懐中時計を弄んでいた。
チクタク、チクタク。
規則正しい音が、彼の思考のリズムを刻む。
「……予定通りだ」
ガリレオは独りごちた。
モニターには、地上でカインたちが戦闘準備を進めている様子や、街の広場に配置されたキメラたちの映像が映し出されている。
「彼らは来る。……最高の素材が、自ら飛び込んで来てくれる」
ガリレオは機械仕掛けの義眼を撫でた。
この義眼は、単に魔力を視るためのものではない。
大賢者の遺産を解析し、この世界の「構造」を読み解くために彼が自作した演算装置だ。
彼の絶望は、幼少期から始まっていた。
あまりに天才すぎたのだ。5歳で古代語を解読し、10歳で既存の魔法理論を論破した。
周囲の大人たちは彼を称賛したが、ガリレオにとっては苦痛でしかなかった。
世界が、あまりに単純すぎたからだ。
魔法の法則も、人の思考も、すべてが底の浅いパズルのように見え、解き明かす喜びなどどこにもなかった。
(私は、生まれる世界を間違えた)
そんな疑念が確信に変わったのは、大賢者の遺した「異界の知識」に触れた時だった。
物理学、量子力学、宇宙論。
そこには、この世界の魔法ごときが児戯に見えるほど、複雑で、美しく、完成された「理」があった。
『チキュウ』
その世界には、魔法はない。
だが、知性によって星の海さえ渡る技術があるという。
ガリレオは戦慄し、そして嫉妬した。なぜ自分は、こんな未熟で、魔法という曖昧な力に頼る箱庭のような世界に生まれたのか。
自分の知性を満たせる場所は、ここではない。
あちら側(異界)こそが、私が本来あるべき座なのだ。
「……バルザックは愚かだった」
ガリレオは冷笑した。
「賢者の石を使って不老不死になろうなどと。……この狭い檻の中で永遠に生きて、何が楽しい?」
ガリレオの目的は、生存ではない。脱出だ。
賢者の石とは、膨大なエネルギーを凝縮した「鍵」に過ぎない。
それを使って次元の壁に穴を穿ち、自らの魂を異世界へと転送する。
「転生者」がこちらに来るなら、その逆も可能なはずだ。
だが、それには莫大なエネルギーと、強固な「座標」が必要になる。
凡人の魂を幾ら集めても、次元の圧力には耐えられない。
「だが、見つけた」
ガリレオの義眼が、モニターに映るコレットを捉えて回転する。
「異界から渡ってきた、高純度の魂。彼女を触媒にすれば、帰還の道が開く」
そして、カイン。
あの男の規格外の魔力は、次元の壁を砕くための「爆薬」として最適だ。
「……そろそろ、時間か」
ガリレオは立ち上がった。
実験の準備は整った。あとは、材料をミキサーに放り込むだけだ。
彼は操作盤に手を置き、スイッチを入れた。
『――テステス。……ああ、繋がっているかね?』
街中に設置された魔導スピーカーが起動する。
彼の声が、地上の平和な日常を切り裂いていく。
『親愛なるアレクサンドラの市民諸君。そして、私の可愛いサンプルたち』
ガリレオは優雅に、狂気を纏って語りかけた。この放送は、宣戦布告ではない。
彼にとっては、ただの「実験開始の合図」に過ぎない。
「さあ、始めようか。……この退屈な世界への、別れの挨拶を」
ガリレオが指を鳴らす。
地上に配置されたキメラたちの拘束術式が解かれ、飢えた獣たちが一斉に解き放たれる。
悲鳴と破壊の音が、モニター越しに地下室へ届く。
それをBGMに、狂気の天才は指揮棒を振るうように腕を広げた。




