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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第四章 魂の追求者

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63話 深淵の嘲笑

 地下深く。

 第零区画の最深部はもうすぐだ。

 回廊を抜け、現れたその広い空間は、冷たい静寂に包まれていた。

 壁一面を埋め尽くす巨大な魔導サーバー。

 そこは、大賢者が遺し、その後何者かによって歪められた実験場だった。


「ここが最深部?」

「いや。最深部はまだ先だ。だが……ここは趣味が悪いな」


 カインは吐き捨てるように呟き、足元の瓦礫を蹴った。

 道中に配置されていたキメラたちは全て排除した。氷漬けにするか、重力で圧殺するか。

 リザの『魔視』はまだ完全ではないが、カインの圧倒的な火力が強引に道を切り開いてきた。


「カイン、あれ」


 リザが指差した先。

 部屋の中央にあるデスクの上に、一冊のノートが開かれたまま置かれている。

 埃を被っているが、そこだけ誰かが触れた形跡がある。


 カインは近づき、ノートを覗き込んだ。

 大賢者の研究日誌だ。

 だが、その余白や行間に、見覚えのある乱雑な文字で書き込みがされている。


『異界の魂は、この世界にとって異物だ。放っておけば世界がそれを排除しようとする』

『魂を器に縛り付ける最強のくさび。それは、本人が積み重ねてきた「記憶」だ』

『時間がねぇかもな』


 ジークの字だ。

 あいつはここで、自分たち転生者が置かれている状況を分析していたのだ。

 なぜ記憶が消えるのか。それは病気などではなく、世界が異物を飲み込むためのプロセス。

 それに抗うための鍵が「記憶」であると、あいつは結論づけている。


「……あいつは、誰かのためにこれを調べていたのか」


 カインは文字を指でなぞった。

 ジーク自身は、記憶が消えることを恐れていなかったはずだ。

 ならばこれは、まだ見ぬ同胞――コレットのような、記憶の消失に怯える誰かのために残した道標ヒントなのかもしれない。


「……ありがたく使わせてもらうぞ、ジーク」


 カインがノートを閉じようとした、その時。


「……ん? 何これ」


 リザがノートの横にあった魔道具――水晶球のような通信機を指差した。

 その瞬間、水晶が赤く明滅し始めた。

 不快なノイズと共に、空間にホログラムが投影される。


『ようこそ、第零区画へ』


 映し出されたのは、白衣に黒いコートを羽織った男。

 片目には機械仕掛けの義眼。

 アカデミー評議会のマッドサイエンティスト、ガリレオだ。


「お前が飼い主か」


 カインの問いにガリレオは薄気味悪い笑みを浮かべ、義眼をギュルリと回転させた。


『いかにも。カイン……いや、三強のアトス君とお呼びすべきかな?』

「……」

『素晴らしい魔力だ。モニター越しでも肌が粟立つよ。君のその規格外の出力、そして連れの娘が持つ異界の波長……。これらが揃えば、私の「賢者の石」は完成する』


 ガリレオは両手を広げ、陶酔したように語る。


『だというのに、君たちはここに来てしまった。……残念だよ。君たちが留守にしている間に、私は「宝物」をいただきに行かせてもらったのに』


 カインの全身から、殺気が噴き出した。

 宝物。研究所。コレット。


「……何をした」

『簡単なことだ。回収部隊を送った。今頃、紅蓮の魔女もろとも、私の可愛いペットたちの餌食になっている頃だろう』


 ガリレオが嗤う。


『急ぎたまえ。運が良ければ、手足の欠けた死体くらいは拝めるかもしれんぞ?』


 ――プツン。


 通信が切れると同時に、カインの周囲で空気が爆ぜた。怒りではない。

 もっと純粋で、鋭利な「殺意」の奔流。


「リザ」

「う、うん!」


 リザがびくりとして背筋を伸ばす。

 カインの顔には、何の表情もなかった。ただ、青灰色の瞳が、絶対零度の冷たさで光っているだけだ。


「捕まってろ。少し急ぐ。……舌を噛まないように気を付けろよ」

「え?」


 次の瞬間、世界が裏返った。

 カインが地面を蹴ったのではない。風魔法による爆発的な加速。

 音速に近い速度で、二人は地下通路を逆走し始めた。


「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁあッ!?」


 リザの悲鳴は置き去りにされた。

 壁も天井も関係ない。最短距離を突き進む。

 立ち塞がるキメラがいれば、速度を落とさずにすれ違いざまに斬り捨てる。

 閉ざされた扉があれば、触れもせずに風圧で粉砕する。


(……間に合え)


 カインの脳裏に、コレットの笑顔が浮かぶ。

「カインさん」と呼ぶ声。

 不器用な自分を信じてくれた、真っ直ぐな瞳。


 守る。今度こそ。

 たとえこの身が砕けようとも。もう仲間は失わない。

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