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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第四章 魂の追求者

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62話 覚醒

「ヴィクター! アイシャ!」


 セレーナが叫びながら、一階のリビングの扉を蹴破って吹き飛ばした。

 コレットもその背中に続き、息を飲んだ。


 窓ガラスは全て粉砕され、夜風と共に黒いコートの男たちが侵入している。

 床には家具が散乱し、部屋の隅でヴィクターがアイシャを抱きかかえ、自身の体で覆い隠すようにしてうずくまっていた。

 その周囲を、異形の獣――機械と肉体が融合したキメラたちが取り囲んでいる。


「パパ……! 怖いよぉ……!」

「大丈夫だ、アイシャ。父さんが守るから……!」


 ヴィクターは魔法が使えない。ただの学者だ。

 それでも、必死に娘を守ろうとしている。

 キメラの一体が、無慈悲に爪を振り上げた。


「……何の真似だ」


 地を這うような、聞いた事のないような低いドスの効いた声。

 セレーナの全身から、爆発的な殺気が噴き出した。


「私の愛する家族に手ェだして……無事でいられると思ってんのか……?」


 ドォォォンッ!!


 セレーナが腕を振るうと同時に、ヴィクターたちを襲おうとしていたキメラが、紅蓮の炎に包まれて弾け飛んだ。

 悲鳴すら上がらない。骨も残さず消し炭にする、滅却の炎。


「セレーナ!」

「遅くなってすまん。……ヴィクター、アイシャを連れて奥へ! 絶対に出てくるな!」


 夫と娘が逃げる隙を作るため、セレーナは炎の壁を展開し、侵入者たちの進路を遮断した。


「よそ見をするな。テメェらの相手は私だろうが」


 圧倒的な火力。

 だが、敵は止まらない。煙の中から次々と増援が湧き出してくる。

 狭い室内での戦闘。家を壊さないように、家族に被害が及ばないように。セレーナの手数はどうしても制限される。


「コレット! 私の後ろから離れるなよ!」

「はいっ!」


 コレットはセレーナの背中に張り付き、周囲を警戒した。

 キメラたちはセレーナを避けるように動き、執拗にコレットだけを狙って牙を剥いている。


「ターゲット確認。……『異界の検体サンプル』を確保せよ」


 リーダー格の男が無機質な声で告げた。

 その片目には、ガリレオと同じ機械仕掛けの義眼が埋め込まれている。


「確保だと? 誰の許可を得てほざいている」


 セレーナが炎の鞭を振るい、男たちを牽制する。


「その娘は私の弟子だ。指一本触れさせんぞ」

「邪魔をするなら排除する。……バルザックの二の舞は御免だ」


 男の口から出た名前に、コレットは息を飲んだ。


「バルザック……?」

「オダイ・ジニで廃棄された、愚かな三流の実験者だ。彼は『量』で賢者の石を精製しようとしたが、失敗した」


 男は冷笑した。


「凡人の命をいくら集めたところで、不純物が多い。……我々が求めているのは『質』だ。世界を渡るほどの強度を持った、高純度の魂だけが、真の賢者の石のコアになり得る」

「……っ!」


 コレットは血の気が引くのを感じた。

 あの薬師の街での惨劇。数千人の命を巻き込んだ呪い。

 あれですら、彼らにとっては「失敗した実験」の一つに過ぎないのだ。

 そして今、彼らは「成功のための材料」として、コレットを狙っている。


(この人は……命をなんだと……)


 コレットの奥底から、怒りが湧き上がった。

 恐怖よりも強く、熱い感情。

 人の命を材料としか思わない彼らの傲慢さが、許せなかった。


「話は終わりだ。……やれ」


 男が合図を送る。

 キメラたちが一斉に跳躍した。

 セレーナが炎の壁を展開し、正面の敵を焼き払う。だが、一体が死角から回り込み、ヴィクターたちが逃げたはずの廊下へ向かおうとした。

 そこには、転んで逃げ遅れてうずくまっていたアイシャの姿があった。


「アイシャ!」


 ヴィクターがアイシャを抱きかかえる。


「くっ!? 間に合わん……!」


 セレーナが叫ぶ。だが、正面の敵に阻まれて手が届かない。

 キメラの爪が、ヴィクターとアイシャへと振り下ろされる。


「――っ、ダメ!」


 コレットは咄嗟に動いた。

 考えるよりも早く、体が反応していた。


 カインの教え「現象になれ」。

 セレーナの教え「流れを変えろ」。


 二人の師の教えを、忠実に、咄嗟に再現する。


(守らなきゃ!)


 コレットはヴィクターとアイシャの前に飛び出し、両手を広げた。

 アズライトの栞が、かつてないほどの青い輝きを放つ。


「……拒絶してッ!!」


 コレットの叫びと共に、空間が波打った。

 キメラの爪がコレットに触れる寸前、見えない壁に弾かれたように火花を散らした。

魔力障壁マナ・シールド』。

 だが、ただの壁ではない。

 相手の攻撃魔力に干渉し、そのベクトルを逆流させるカウンターの盾。


「ギャウッ!?」


 キメラは自らの爪が弾かれた衝撃で、右腕を吹き飛ばされて転がった。


「な……」


 リーダーの男が目を見開く。

 ただの魔力タンクだと思っていた少女が、高度な防御術式を、しかも無詠唱で展開したのだ。


「よくやった、コレット!」


 セレーナが獰猛に笑った。

 隙は作った。あとは焼くだけだ。


「消し飛べ!」


 セレーナの放った極大の火球が、体勢を崩したキメラと男たちを纏めて飲み込んだ。

 轟音。敵の前衛が壊滅する。


「はぁ、はぁ……」


 コレットはその場に膝をついた。

 魔力を使いすぎた。視界がぐらつく。

 そして、彼女の後ろには無傷のヴィクターとアイシャ。

 守れた。私の力で。


「……撤退だ」


 生き残った男が、苦々しげに吐き捨てた。

 想定以上の抵抗。これ以上の戦闘は不利と判断したようだ。

 彼らは煙幕を張り、瞬く間に姿を消した。


「……逃げたか」


 セレーナは炎を消し、コレットに歩み寄った。


「無事か?」

「は、はい。なんとか……お二人も、無事です」

「無茶をしやがって。……だが、見事だった」


 セレーナはコレットの頭をポンと叩き、そして震える娘を抱きしめた。

 その手は、魔女ではなく母の手だった。


「あの防御、カインの『結界』に似ていたぞ。……あいつの背中を見て、覚えたか?」

「……はい。カインさんなら、きっとこうすると思って」


 コレットは胸元の栞を握りしめ、微笑んだ。

 成長を実感できた。彼から貰ったものは、学んだものは、確かに自分の中に息づいている。


 だが、安堵する時間はない。

 敵は明確にコレットを狙い始めた。そして、その背後には「賢者の石」を巡る巨大な闇がある。


「……カインたちと合流するぞ」


 セレーナは厳しい顔で窓の外、学術都市の地下を睨んだ。


「向こうも、ただの探索では済まんはずだ」

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