62話 覚醒
「ヴィクター! アイシャ!」
セレーナが叫びながら、一階のリビングの扉を蹴破って吹き飛ばした。
コレットもその背中に続き、息を飲んだ。
窓ガラスは全て粉砕され、夜風と共に黒いコートの男たちが侵入している。
床には家具が散乱し、部屋の隅でヴィクターがアイシャを抱きかかえ、自身の体で覆い隠すようにしてうずくまっていた。
その周囲を、異形の獣――機械と肉体が融合したキメラたちが取り囲んでいる。
「パパ……! 怖いよぉ……!」
「大丈夫だ、アイシャ。父さんが守るから……!」
ヴィクターは魔法が使えない。ただの学者だ。
それでも、必死に娘を守ろうとしている。
キメラの一体が、無慈悲に爪を振り上げた。
「……何の真似だ」
地を這うような、聞いた事のないような低いドスの効いた声。
セレーナの全身から、爆発的な殺気が噴き出した。
「私の愛する家族に手ェだして……無事でいられると思ってんのか……?」
ドォォォンッ!!
セレーナが腕を振るうと同時に、ヴィクターたちを襲おうとしていたキメラが、紅蓮の炎に包まれて弾け飛んだ。
悲鳴すら上がらない。骨も残さず消し炭にする、滅却の炎。
「セレーナ!」
「遅くなってすまん。……ヴィクター、アイシャを連れて奥へ! 絶対に出てくるな!」
夫と娘が逃げる隙を作るため、セレーナは炎の壁を展開し、侵入者たちの進路を遮断した。
「よそ見をするな。テメェらの相手は私だろうが」
圧倒的な火力。
だが、敵は止まらない。煙の中から次々と増援が湧き出してくる。
狭い室内での戦闘。家を壊さないように、家族に被害が及ばないように。セレーナの手数はどうしても制限される。
「コレット! 私の後ろから離れるなよ!」
「はいっ!」
コレットはセレーナの背中に張り付き、周囲を警戒した。
キメラたちはセレーナを避けるように動き、執拗にコレットだけを狙って牙を剥いている。
「ターゲット確認。……『異界の検体』を確保せよ」
リーダー格の男が無機質な声で告げた。
その片目には、ガリレオと同じ機械仕掛けの義眼が埋め込まれている。
「確保だと? 誰の許可を得てほざいている」
セレーナが炎の鞭を振るい、男たちを牽制する。
「その娘は私の弟子だ。指一本触れさせんぞ」
「邪魔をするなら排除する。……バルザックの二の舞は御免だ」
男の口から出た名前に、コレットは息を飲んだ。
「バルザック……?」
「オダイ・ジニで廃棄された、愚かな三流の実験者だ。彼は『量』で賢者の石を精製しようとしたが、失敗した」
男は冷笑した。
「凡人の命をいくら集めたところで、不純物が多い。……我々が求めているのは『質』だ。世界を渡るほどの強度を持った、高純度の魂だけが、真の賢者の石の核になり得る」
「……っ!」
コレットは血の気が引くのを感じた。
あの薬師の街での惨劇。数千人の命を巻き込んだ呪い。
あれですら、彼らにとっては「失敗した実験」の一つに過ぎないのだ。
そして今、彼らは「成功のための材料」として、コレットを狙っている。
(この人は……命をなんだと……)
コレットの奥底から、怒りが湧き上がった。
恐怖よりも強く、熱い感情。
人の命を材料としか思わない彼らの傲慢さが、許せなかった。
「話は終わりだ。……やれ」
男が合図を送る。
キメラたちが一斉に跳躍した。
セレーナが炎の壁を展開し、正面の敵を焼き払う。だが、一体が死角から回り込み、ヴィクターたちが逃げたはずの廊下へ向かおうとした。
そこには、転んで逃げ遅れてうずくまっていたアイシャの姿があった。
「アイシャ!」
ヴィクターがアイシャを抱きかかえる。
「くっ!? 間に合わん……!」
セレーナが叫ぶ。だが、正面の敵に阻まれて手が届かない。
キメラの爪が、ヴィクターとアイシャへと振り下ろされる。
「――っ、ダメ!」
コレットは咄嗟に動いた。
考えるよりも早く、体が反応していた。
カインの教え「現象になれ」。
セレーナの教え「流れを変えろ」。
二人の師の教えを、忠実に、咄嗟に再現する。
(守らなきゃ!)
コレットはヴィクターとアイシャの前に飛び出し、両手を広げた。
アズライトの栞が、かつてないほどの青い輝きを放つ。
「……拒絶してッ!!」
コレットの叫びと共に、空間が波打った。
キメラの爪がコレットに触れる寸前、見えない壁に弾かれたように火花を散らした。
『魔力障壁』。
だが、ただの壁ではない。
相手の攻撃魔力に干渉し、そのベクトルを逆流させるカウンターの盾。
「ギャウッ!?」
キメラは自らの爪が弾かれた衝撃で、右腕を吹き飛ばされて転がった。
「な……」
リーダーの男が目を見開く。
ただの魔力タンクだと思っていた少女が、高度な防御術式を、しかも無詠唱で展開したのだ。
「よくやった、コレット!」
セレーナが獰猛に笑った。
隙は作った。あとは焼くだけだ。
「消し飛べ!」
セレーナの放った極大の火球が、体勢を崩したキメラと男たちを纏めて飲み込んだ。
轟音。敵の前衛が壊滅する。
「はぁ、はぁ……」
コレットはその場に膝をついた。
魔力を使いすぎた。視界がぐらつく。
そして、彼女の後ろには無傷のヴィクターとアイシャ。
守れた。私の力で。
「……撤退だ」
生き残った男が、苦々しげに吐き捨てた。
想定以上の抵抗。これ以上の戦闘は不利と判断したようだ。
彼らは煙幕を張り、瞬く間に姿を消した。
「……逃げたか」
セレーナは炎を消し、コレットに歩み寄った。
「無事か?」
「は、はい。なんとか……お二人も、無事です」
「無茶をしやがって。……だが、見事だった」
セレーナはコレットの頭をポンと叩き、そして震える娘を抱きしめた。
その手は、魔女ではなく母の手だった。
「あの防御、カインの『結界』に似ていたぞ。……あいつの背中を見て、覚えたか?」
「……はい。カインさんなら、きっとこうすると思って」
コレットは胸元の栞を握りしめ、微笑んだ。
成長を実感できた。彼から貰ったものは、学んだものは、確かに自分の中に息づいている。
だが、安堵する時間はない。
敵は明確にコレットを狙い始めた。そして、その背後には「賢者の石」を巡る巨大な闇がある。
「……カインたちと合流するぞ」
セレーナは厳しい顔で窓の外、学術都市の地下を睨んだ。
「向こうも、ただの探索では済まんはずだ」




