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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第四章 魂の追求者

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61話 欠落する過去

 地下でカインたちが闇に触れている頃、地上のセレーナの自宅にある研究所では静かな時間が流れていた。


 訓練場。

 コレットは、セレーナの指導の下、魔力循環のトレーニングを行っていた。


「いいぞ。マナの流れがスムーズになってきた」


 セレーナが腕を組み、満足げに頷く。

 コレットの指先で、青い光が複雑な図形を描いている。ただ放出するだけではない。

 意図した形に留め、維持する。

 カインの「抑える」技術と、セレーナの「回す」技術。

 その両方を吸収し、コレットの才能は急速に開花していた。


「……ふぅ」


 コレットは光を消し、額の汗を拭った。

 心地よい疲労感。

 以前なら、これだけの魔力を扱えばすぐに息が上がっていたが、今は体の芯が熱くなる程度だ。


「休憩だ。茶でも飲むか」

「はい! ありがとうございます、先生」


 二人はベンチに腰掛け、冷たいハーブティーを口にした。

 コレットは胸元の栞をそっと撫でた。

 それは、彼女が「魔獣を呼ぶ呪われた子」から、「人を守れる魔法士」へと成長しつつある証だった。


「……ねえ、師匠」

「なんだ」

「私、強くなれてますか? カインさんやリザちゃんの役に、立ててますか?」


 不安げな問いに、セレーナは鼻で笑った。


「愚問だな。お前がいなきゃ、あの時アトスを救うことはできなかった。……自信を持て。お前はもう、ただの足手まといじゃない」

「……えへへ」


 コレットは嬉しそうに笑った。

 褒められるのが嬉しい。自分の存在を認めてもらえるのが嬉しい。

 こんなに幸せな気持ちになれるなら、辛い過去なんて忘れてしまってもいいのかもしれない。


 ふと、そう思った瞬間だった。


 ドクン。


 心臓が、嫌な音を立てた。視界が白く明滅する。


「……っ?」


 目眩かと思った。

 だが、違う。体ではない。

 頭の中のどこか、深い部分がごっそりと抜け落ちる感覚。

 コレットは反射的に、自分の「核」を確認しようとした。


 ――前世の記憶。


 優しかった……誰か。

 そうだ、私には家族がいたはず。

 父様と、母様と……それから……。


(……あれ?)


 思い出せない。

 顔も、名前も、もうずっと前に消えてしまった。でも、確かに「いた」はずなのだ。

 私を可愛がってくれた誰かが。

 私と一緒に笑い合っていた、大切な誰かが。


(兄……? 妹……?)


 単語としては出てくる。

 けれど、その実感が伴わない。

 本当にいたのだろうか?

 私が勝手に作り出した妄想だったのではないか?

「家族がいた」という事実さえも、霧の向こうに溶けていく。


「……嘘」


 コレットの手から、カップが滑り落ちた。ガシャン、と陶器が砕ける音が響く。


「おい、どうした!?」


 コレットはガタガタと震えながら、自分の頭を抱えた。


「消えた……消えちゃった……」

「おい……しっかりしろ!」

「私……家族がいたはずなんです。父様と母様以外にも、大切な人が……。でも、分からないんです。本当にいたのか、どんな人だったのか……存在したことさえ、思い出せない……!」


 自分が自分でなくなっていく感覚に陥る恐怖。

 大切な思い出が、根こそぎ奪われていく喪失感。

 私という人間を形作っていた土台が崩れ、底なしの穴に落ちていくような浮遊感。


「嫌だ……嫌だ嫌だ! 忘れたくない! 私、私は……ッ!」


 パニックになり、魔力が暴走しかける。

 アズライトの栞が赤く点滅し始めた。


「落ち着け! 呑まれるな!」


 セレーナがコレットを強く抱きしめた。

 温かい体温。

 薬品と、微かな残り香。

 それは、今のコレットが知っている「現実」の匂いだった。


「深呼吸しろ。私は誰だ?」

「……セ、レーナ……先生……」

「そうだ。カインは? リザは?」

「……知ってます。忘れてません。大事な、仲間です……」


 コレットはセレーナの服を握りしめ、縋るように答えた。

 今の記憶はある。

 この世界で出会った人たちの顔は、鮮明に浮かぶ。消えたのは、前世だけだ。


「ならいい。大事なものは、ここにある」


 セレーナはコレットの背中を、ゆっくりと撫でた。


「過去が消えても、今の自分まで消えるわけじゃない。お前はコレットだ。私の弟子で、カインの連れで、リザの友達だ。……それだけは、絶対に変わらん」


 力強い断言。

 その言葉が、崩れかけていたコレットの心を、現世へと繋ぎ止める楔となった。


「……はい、先生……」


 コレットはセレーナの腕の中で泣いた。

 失った過去への追悼と、今ある絆への感謝を込めて。


 その時だった。


 ズドォォォンッ!!


 地響きと共に、研究所の防壁が爆破された音が響いた。


「……なんだというんだ……」


 セレーナが顔を上げる。

 その瞳はすでに、戦士の色に変わっていた。

 明らかに敵意のある攻撃。

 このタイミングでの襲撃。


「コレット、立てるか」

「……はい」


 コレットは涙を拭い、立ち上がった。

 もう、泣いている場合じゃない。

 大切な「今」を守るために、戦わなければならない。


「どこの馬鹿か知らんが……私のいえで暴れる命知らず共に躾をしてやる」


 紅蓮の魔女と、その弟子。

 二人は並んで、硝煙の漂う地上へと駆け出した。

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