59話 潜入前夜
学術都市の地下深くに眠る『第零区画』。
そこへの侵入経路を特定するため、カインとリザは夜の街へ繰り出していた。
表向きは観光客を装い、裏通りで情報を集める。
「ねえカイン。本当に大丈夫なの?」
リザが肉串を齧りながら、不安げに尋ねた。
彼女の視力は戻っているが、『魔視』の精度は全盛期の半分ほどだ。地下の濃密なマナ汚染に耐えられる保証はない。
「無理はさせん。お前は入り口で待っていろ」
「私のことじゃなくて、カインの方だよ。それに私は絶対ついてくし」
リザはふてくされたように頬を膨らませた。
「俺なら心配ない。ほぼ元通りだ。だが……心配してくれてありがとうな」
「う、うん……」
リザが少し驚いて耳を赤らめる。
(なんか……カインって、前よりずっと話しやすくなった気がする)
「カインてさ、変わったよね」
リザが足をブラブラさせながら呟く。
「……変わった……か。自覚は無いが……変、か?」
「ううん! 前より全然いい! 絶対いいよ!」
リザが首を大きく横に振ってカインの顔を覗き込む。
「お、おう……」
「今のカイン、私好きだよ。頼れる近所のおじさんて感じ?」
「おじさん扱いは相変わらずなんだな」
「だっておじさんじゃん?」
カインがフッと笑う。
「違いない」
◇
一方、セレーナの研究所。地下の訓練場で、コレットは汗を流していた。
「遅い! イメージが追いついていないぞ!」
セレーナの檄が飛ぶ。
コレットの前には、魔法で生成された数体のダミー人形が立っていた。
彼女の課題は、攻撃ではない。
『干渉』だ。
「相手の魔力を視て、その流れに自分の魔力を割り込ませろ。……破壊するんじゃない。流れを変えるんだ」
セレーナの理論は高度だった。
カインの『術式乖離』は、魔力を無効化する盾だ。
対して、セレーナがコレットに教えようとしているのは、相手の術式に自分の魔力を流し込み、暴発させたり、霧散させたりする『カウンター』の技術。
膨大な魔力を持つコレットだからこそ可能な、力技のジャミング。
「はいッ!」
コレットは胸元のアズライトの栞を握りしめた。
青い光が溢れる。
ダミー人形が放とうとした火球の構成式に、コレットの異質な魔力が侵入する。
赤と青が混ざり合い、火球は形を保てずにシュウと音を立てて消滅した。
「……できた」
「まあまあだな」
セレーナは腕を組み、満足げに口元を緩めた。
「お前の魔力は『異物』だ。この世界のマナにとっては劇薬になる。……それを自覚して使えば、どんな魔法士相手でも隙を作れる。……アトス相手にでさえな」
セレーナはニヤリと笑い、歩み寄り、コレットの乱れた髪を直してやった。
その手つきは、不器用だが優しい。
「……強くなったな」
「先生のおかげです」
「違う。お前が、誰かのために強くなりたいと願ったからだ。お前自身の努力の結果だ」
セレーナは目を細めた。
かつて自分が、アトス(カイン)の背中を追って強くなろうとしたように。
この少女もまた、誰かを守るために歯を食いしばっている。
記憶が消える恐怖はある。
けれど、今はそれよりも、ジークが残した足跡を知りたいという想いの方が強かった。
◇
その夜。
リビングに集まった四人は、ヴィクターが広げた地下地図を囲んでいた。
「第零区画への入り口は、旧下水道の奥に隠されています。封印は厳重ですが……カイン君とリザちゃんなら問題ないでしょう」
ヴィクターが眼鏡を光らせる。
「ただし、内部の状態は不明です。封鎖されてから数十年、誰も立ち入った記録はありません。……ジーク君がそこで何を見たのか、あるいは何と戦ったのか」
未知の領域。だが、そこにしか手掛かりはない。
「……何か、あるはずだ」
カインは呟いた。
あいつが、無意味に危険な場所へ挑むはずがない。
そこには、転生者にとって重要な「何か」が眠っているはずだ。
「行くぞ。……正解を見つけにな」
魔力は全快している。体調も万全だ。
窓の外には、満月が浮かんでいる。
静かな夜だった。




