58話 華麗なる剣聖の英雄譚
セレーナの研究所に戻ると、カインは全員をリビングに集めた。
重苦しい空気の中、カインは淡々と、しかし隠すことなく事実を告げた。
コレットが異世界からの「転生者」であること。
その魂が世界に適応する代償として、前世の記憶が消えかけていること。
そして、そのタイムリミットが迫っていること。
話し終えても、部屋には静寂が落ちていた。
コレットは膝の上で拳を握りしめ、俯いている。
拒絶されるかもしれない。化け物だと思われるかもしれない。
その恐怖が、彼女を小さくさせていた。
「……ふーん」
沈黙を破ったのは、リザだった。彼女は拍子抜けしたように息を吐き、ソファの背もたれに体を預けた。
「転生者、ねぇ。……驚いたけど、正直『なるほどね』って感じ」
「え……?」
コレットが顔を上げる。リザはニカッと笑った。
「だってさ、ここまで色んなことがありすぎたじゃん? カインが元最強の騎士だったり、セレーナ様がママだったり……その上、規格外の力とか、『魔視』でも見た事ないような奇妙な魔力。それを持つコレットが今更『実は異世界人でした』って言われても、驚きより納得が勝つよ」
リザは身を乗り出し、コレットの手をポンと叩いた。
「それにさ、どこから来たとか関係ないよ。私にとってコレットはコレットだもん。一緒にご飯食べて、お風呂入って、命がけで戦った相棒でしょ?」
「リザちゃん……」
コレットの目が潤む。
あっけらかんとした肯定。今はそれが何よりも嬉しかった。
「……なるほどな。それであのデタラメな魔力か」
セレーナも腕を組み、納得したように頷いた。
「この世界の理とは根本的に違う波長。……道理で、こちらの常識が通じないわけだ。全ての謎が解けた」
セレーナの瞳に、軽蔑の色はない。
あるのは純粋な魔術的な理解と、そして微かな同情だった。
彼女はコレットの頭を乱暴に、けれど優しく撫でた。
「安心しろ。出身地がどこだろうとお前が誰だろうと、私の可愛い弟子には変わりない。最後まで面倒見てやる。私が教えた魔法は、この世界の技術だ。前世の記憶が消えても、体で覚えた技術は残る」
「……はいっ! ありがとうございます……!」
コレットは涙を拭い、深く頭を下げた。
ここに居場所がある。過去が消えても、今の自分を受け入れてくれる人たちがいる。
その事実が、彼女に前を向く勇気を与えてくれた。
「さて、湿っぽい話は終わろうか」
ヴィクターが手を打ち、空気を変えた。
彼は一冊の本をテーブルに置いた。真新しい装丁の大衆小説だ。
「カイン君。これは先ほど図書館で見つけた、ある人物の記録です」
本の表紙には、剣を担いでウインクしながらサムズアップする優男のイラストと、派手なタイトルが踊っていた。
『華麗なる剣聖、荒野を行く 〜救われた街の住人たちが語る英雄譚〜』
「……なんだ……これは」
カインは顔をしかめた。
ページを捲る。
そこに書かれていたのは、マナを持たない謎の剣士が、行く先々でドラゴンや魔獣を叩き斬り、悪徳貴族を成敗したという、目撃者たちの証言を集めた痛快な冒険譚だった。
口調、剣技、そして「めんどくせぇが放っておけねぇな! じっちゃんの名にかけて!」と決め台詞を言いながら首を突っ込む性格。
間違いなく、この主人公は……ジークだ。
「……ここ数年、各地でベストセラーになっている冒険小説シリーズです」
ヴィクターが説明する。
「著者は複数。彼に助けられた人々が、感謝を込めて書き綴った記録だそうです。……描写があまりに具体的で、かつ非常識ですから、モデルは実在するともしないとも言われています」
カインは本を閉じた。
あいつは生きている。
それどころか、世界中を旅して回って、面白おかしく無双しているらしい。
「……相変わらず、ふざけた男だ」
カインは呆れたように、けれど安堵の息を吐いた。
「それで、ヴィクター。記憶の欠乏について何か手がかりは?」
「ええ。実は、その小説の中に気になる記述がありましてね」
ヴィクターは小説の最新刊を開いた。
「その剣士が、この街を訪れた際のエピソードです。彼は『学術都市の地下にある開かずの扉』に挑戦したそうです。……『ここに俺の探し物がある』と言って」
ヴィクターは一枚の地図を広げた。
「場所は『第零区画』。この学術都市の地下深くに封印された、旧時代の研究施設です。……彼が探していたもの。それはもしかしたら転生者関する研究資料かもしれません。もしかすると、魂の研究資料かも」
第零区画。
その響きに、セレーナが顔をしかめた。
「……あそこは立入禁止区域だぞ。大昔に廃棄された実験場で、有毒なマナが充満しているとかで封鎖されているはずだ」
だが、セレーナはすぐにニヤリと笑った。
「ヴィクターの話と照らし合わせて薄々は感じていたが、ジークは転生者なんだろう? このふざけた小説の主人公も間違いなくジークだ」
セレーナの視線が、カインを射抜く。
隠しても無駄だと言いたげな目。
カインは小さく頷いた。
「……ああ、そうだ。あいつは転生者だと、あいつ自身の口から聞いた」
「ならば、奴から情報を聞き出すのが一番手っ取り早い。歴史の文献なんかよりも、あいつは転生者としては生きた辞書のようなもんなんだ。ただ、今頃どこにいるのかも分からん。だからまずは、あいつが目指した場所を探るのがいい」
セレーナの提案は合理的だった。
ジークの足跡を追うことが、結果としてコレットの救済に繋がる可能性がある。
「面白そうじゃん!」
リザが身を乗り出す。カインが釘を刺すが、リザはニカッと笑った。
「分かってるって。でも、行かなきゃ始まらないでしょ?」
全員の視線がカインに集まる。
カインは溜息を吐き、腰の剣を確かめた。
「……明日の夜だ。警備の目を盗んで侵入する」
方針は決まった。
ジークが何を追い求め、何を残したのか。
その答えが、地下の闇の中に眠っている。
◇
だが、彼らはまだ気付いていなかった。
その動きを、街の影から監視している視線があることに。
「……ふん。ネズミが嗅ぎ回っているな」
研究所の屋根の上。
夜闇に溶け込むように、一人の男が立っていた。
白衣の上に黒いコートを羽織り、片目には機械仕掛けの義眼を嵌めている。
アカデミー評議会の過激派、マッドサイエンティストの『ガリレオ』。
「異界の波長を持つ娘に、規格外の魔力を持つ男。……実に興味深いサンプルだ」
ガリレオの義眼が、不気味に回転した。
「第零区画か。……ちょうどいい。あそこの実験体たちの餌になってもらおうか」
男は歪んだ笑みを浮かべ、闇の中へと消えていった。




