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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第四章 魂の追求者

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58話 華麗なる剣聖の英雄譚

 セレーナの研究所に戻ると、カインは全員をリビングに集めた。

 重苦しい空気の中、カインは淡々と、しかし隠すことなく事実を告げた。

 コレットが異世界からの「転生者」であること。

 その魂が世界に適応する代償として、前世の記憶が消えかけていること。

 そして、そのタイムリミットが迫っていること。


 話し終えても、部屋には静寂が落ちていた。

 コレットは膝の上で拳を握りしめ、俯いている。

 拒絶されるかもしれない。化け物だと思われるかもしれない。

 その恐怖が、彼女を小さくさせていた。


「……ふーん」


 沈黙を破ったのは、リザだった。彼女は拍子抜けしたように息を吐き、ソファの背もたれに体を預けた。


「転生者、ねぇ。……驚いたけど、正直『なるほどね』って感じ」

「え……?」


 コレットが顔を上げる。リザはニカッと笑った。


「だってさ、ここまで色んなことがありすぎたじゃん? カインが元最強の騎士だったり、セレーナ様がママだったり……その上、規格外の力とか、『魔視マナ・サイト』でも見た事ないような奇妙な魔力。それを持つコレットが今更『実は異世界人でした』って言われても、驚きより納得が勝つよ」


 リザは身を乗り出し、コレットの手をポンと叩いた。


「それにさ、どこから来たとか関係ないよ。私にとってコレットはコレットだもん。一緒にご飯食べて、お風呂入って、命がけで戦った相棒でしょ?」

「リザちゃん……」


 コレットの目が潤む。

 あっけらかんとした肯定。今はそれが何よりも嬉しかった。


「……なるほどな。それであのデタラメな魔力か」


 セレーナも腕を組み、納得したように頷いた。


「この世界のルールとは根本的に違う波長。……道理で、こちらの常識が通じないわけだ。全ての謎が解けた」


 セレーナの瞳に、軽蔑の色はない。

 あるのは純粋な魔術的な理解と、そして微かな同情だった。

 彼女はコレットの頭を乱暴に、けれど優しく撫でた。


「安心しろ。出身地がどこだろうとお前が誰だろうと、私の可愛い弟子には変わりない。最後まで面倒見てやる。私が教えた魔法は、この世界の技術だ。前世の記憶が消えても、体で覚えた技術は残る」

「……はいっ! ありがとうございます……!」


 コレットは涙を拭い、深く頭を下げた。

 ここに居場所がある。過去が消えても、今の自分を受け入れてくれる人たちがいる。

 その事実が、彼女に前を向く勇気を与えてくれた。


「さて、湿っぽい話は終わろうか」


 ヴィクターが手を打ち、空気を変えた。

 彼は一冊の本をテーブルに置いた。真新しい装丁の大衆小説だ。


「カイン君。これは先ほど図書館で見つけた、ある人物の記録です」


 本の表紙には、剣を担いでウインクしながらサムズアップする優男のイラストと、派手なタイトルが踊っていた。


『華麗なる剣聖、荒野を行く 〜救われた街の住人たちが語る英雄譚〜』


「……なんだ……これは」


 カインは顔をしかめた。

 ページを捲る。

 そこに書かれていたのは、マナを持たない謎の剣士が、行く先々でドラゴンや魔獣を叩き斬り、悪徳貴族を成敗したという、目撃者たちの証言を集めた痛快な冒険譚だった。

 口調、剣技、そして「めんどくせぇが放っておけねぇな! じっちゃんの名にかけて!」と決め台詞を言いながら首を突っ込む性格。

 間違いなく、この主人公は……ジークだ。


「……ここ数年、各地でベストセラーになっている冒険小説シリーズです」


 ヴィクターが説明する。


「著者は複数。彼に助けられた人々が、感謝を込めて書き綴った記録だそうです。……描写があまりに具体的で、かつ非常識ですから、モデルは実在するともしないとも言われています」


 カインは本を閉じた。

 あいつは生きている。

 それどころか、世界中を旅して回って、面白おかしく無双しているらしい。


「……相変わらず、ふざけた男だ」


 カインは呆れたように、けれど安堵の息を吐いた。


「それで、ヴィクター。記憶の欠乏について何か手がかりは?」

「ええ。実は、その小説の中に気になる記述がありましてね」


 ヴィクターは小説の最新刊を開いた。


「その剣士が、この街を訪れた際のエピソードです。彼は『学術都市の地下にある開かずの扉』に挑戦したそうです。……『ここに俺の探し物がある』と言って」


 ヴィクターは一枚の地図を広げた。


「場所は『第零区画』。この学術都市の地下深くに封印された、旧時代の研究施設です。……彼が探していたもの。それはもしかしたら転生者関する研究資料かもしれません。もしかすると、魂の研究資料かも」


 第零区画。

 その響きに、セレーナが顔をしかめた。


「……あそこは立入禁止区域だぞ。大昔に廃棄された実験場で、有毒なマナが充満しているとかで封鎖されているはずだ」


 だが、セレーナはすぐにニヤリと笑った。


「ヴィクターの話と照らし合わせて薄々は感じていたが、ジークは転生者なんだろう? このふざけた小説の主人公も間違いなくジークだ」


 セレーナの視線が、カインを射抜く。

 隠しても無駄だと言いたげな目。

 カインは小さく頷いた。


「……ああ、そうだ。あいつは転生者だと、あいつ自身の口から聞いた」

「ならば、奴から情報を聞き出すのが一番手っ取り早い。歴史の文献なんかよりも、あいつは転生者としては生きた辞書のようなもんなんだ。ただ、今頃どこにいるのかも分からん。だからまずは、あいつが目指した場所を探るのがいい」


 セレーナの提案は合理的だった。

 ジークの足跡を追うことが、結果としてコレットの救済に繋がる可能性がある。


「面白そうじゃん!」


 リザが身を乗り出す。カインが釘を刺すが、リザはニカッと笑った。


「分かってるって。でも、行かなきゃ始まらないでしょ?」


 全員の視線がカインに集まる。

 カインは溜息を吐き、腰の剣を確かめた。


「……明日の夜だ。警備の目を盗んで侵入する」


 方針は決まった。

 ジークが何を追い求め、何を残したのか。

 その答えが、地下の闇の中に眠っている。


          ◇


 だが、彼らはまだ気付いていなかった。

 その動きを、街の影から監視している視線があることに。


「……ふん。ネズミが嗅ぎ回っているな」


 研究所の屋根の上。

 夜闇に溶け込むように、一人の男が立っていた。

 白衣の上に黒いコートを羽織り、片目には機械仕掛けの義眼モノクルを嵌めている。

 アカデミー評議会の過激派、マッドサイエンティストの『ガリレオ』。


「異界の波長を持つ娘に、規格外の魔力を持つ男。……実に興味深いサンプルだ」


 ガリレオの義眼が、不気味に回転した。


「第零区画か。……ちょうどいい。あそこの実験体キメラたちの餌になってもらおうか」


 男は歪んだ笑みを浮かべ、闇の中へと消えていった。

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