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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第四章 魂の追求者

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55話 魔女の食卓

「ただいま。……おや、随分と賑やかだね」


 夜になり、セレーナの夫――ヴィクターが帰宅した。銀縁眼鏡をかけた、穏やかそうな壮年の男性だ。

 アカデミーのローブではなく、仕立ての良いジャケットを着こなしている。

 その雰囲気は、魔法士というよりは老舗書店の店主のようだ。


「お帰り、ヴィクター」


 セレーナがアイシャを抱いたまま出迎える。

 ヴィクターは妻の頬に軽くキスをし、娘の頭を撫でてから、カインたちに向き直った。


「初めまして。妻から連絡は受けていますよ。……君がカイン君ですね?」

「……ああ。世話になる」


 カインは立ち上がり、握手に応じた。

 ヴィクターの手は、剣ダコ一つない学者の手だ。

 だが、その握手には芯の通った力強さがあった。

 そして何より、カインの顔を見ても、その奥にある「アトス」の影に怯える様子が微塵もない。


「噂は聞いていますよ。『紅蓮の魔女』の戦友にして、最強の騎士。いや、魔法士……と言った方が適切かな? とにかく……会えて光栄です」

「……買いかぶりだ」


 カインが苦笑すると、ヴィクターは人の良さそうな笑顔を深めた。


「妻の友人は、私の友人です。どうぞ、我が家だと思ってくつろいでください」


 その夜の食卓は、カインたちの旅路の中で最も豪華で、賑やかなものとなった。

 テーブルには、ヴィクターが買ってきた高級ワインと、セレーナの使い魔たちが作った豪勢な料理が並んでいる。


「わぁ……! これ、全部食べていいんですか?」


 コレットが目を輝かせる。

 ローストチキン、魚介のスープ、彩り豊かなサラダ。どれも絶品だ。


「遠慮するな。今日は祝いだ」


 セレーナがワインを開けながら言った。


「祝い?」

「ああ。無事な再会と、新しい門出のな」


 セレーナはカインのグラスに波々と注いだ。


「飲め。魔力回復には栄養と休息、そして何より『楽しみ』が必要だ」

「……頂きます」


 カインがボソリと呟く。

 カインはグラスを掲げた。乾杯の音が響く。

 リザは子供用の葡萄ジュースを飲みながら、アイシャと競うようにチキンを頬張っている。


「おいしい! ねえアイシャちゃん、これセレーナ様が作ったの?」

「ううん、使い魔さんが作ったんだよ。ママは料理ヘタだから!」

「こら、アイシャ。余計なことを言うな」


 セレーナが娘の口を塞ぐ。

 ヴィクターが声を上げて笑い、コレットもつられて吹き出す。

 平和だ。

 泥と血にまみれた戦場が嘘のような、温かい団欒。


「……ヴィクターさんは、先生……じゃなくて、セレーナさんとどこで知り合ったんですか?」


 食後、お茶を飲みながらコレットが尋ねた。

 誰もが気になる疑問だ。

 最強の魔女と、穏やかな学者。接点が見えない。


「図書館ですよ」


 ヴィクターは懐かしそうに目を細めた。


「私が古代文字の解読に行き詰まっていた時、彼女が通りかかって……『貸せ、邪魔だ』と言って、一瞬で翻訳してくれたんです」

「……強引だな……」


 カインが呆れると、セレーナはそっぽを向いた。


「間違った解釈でウンウン唸ってるのが目障りだったんだ」

「ふふ。その強引さに、私は惹かれたんです。……彼女は、誰よりも知識に対して誠実でしたから」


 ヴィクターはセレーナの手をそっと握った。

 セレーナは「よせ」と言いつつも、振り払おうとはしない。

 その姿を見て、カインは再び胸の奥が温かくなるのを感じた。

 セレーナがこうして誰かに愛され、愛する場所を見つけている。

 それは、カインにとってとても大きな救いだった。


「……カイン君」


 ヴィクターが、眼鏡の奥から真剣な眼差しを向けた。


「明日から、君の治療を始めます。地下のマナプールを使えば、一週間ほどで全快するでしょう」


 ヴィクターの視線が、カインの胸元――見えない何かが、彼の力を抑え込んでいる場所へと注がれる。

 学術都市の教授である彼には、カインの魔力が単に枯渇しているだけでなく、何らかの歪な状態で均衡を保っていることが感じ取れるのだろう。


「……君のその体、随分と無理をさせているようだ」

「自業自得だ」

「かもしれませんね。ですが、ここでは肩の荷を下ろしてください。……君がまた、大切なものを守れるようになるまで」


 ヴィクターは穏やかに、しかし力強く言った。

 深入りはしない。

 だが、全てを察した上での配慮。


「……感謝する」


 カインは小さく頷き、残った酒を飲み干した。

 ここには、敵はいない。

 あるのはただ、温かい時間だけ。


「……ごちそうさまでした」


 カインの呟きは、誰にも聞こえないほど小さかったが、セレーナだけはグラス越しに満足げに微笑んでいた。

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