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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第三章 【追憶編】黄金の姫

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52話 金色の陽光14

 鳥のさえずりが聞こえる。

 木の葉が擦れ合う音と、湿った土の匂い。

 アトスは重い瞼を開けた。

 見慣れない木の天井。

 粗末だが、手入れの行き届いた小屋の中だった。


「……起きたか」


 声の方を向くと、部屋の隅で膝を抱えて座るセレーナがいた。

 その服は煤と血で汚れ、瞳は泣き腫らして赤くなっている。

 だが、その表情は能面のように無機質だった。


「ここは……」

「……ジークが昔使ってた、『秘密基地』ってとこだよ。聞いたことない?」

「秘密基地……?」

「私も起きたらここに運ばれてた。昔……一回、ジークに自慢されてここに連れてこられたことがあるから、すぐ分かった」


 セレーナは視線を床に落としたまま言った。


「『男にはみんな、誰しも秘密基地への願望があんだよ! ロマンだ!』って訳の分からないこと言ってたけど」


 アトスは体を起こした。

 傷は塞がっている。

 暴走の反動で倦怠感はあるが、動けないほどではない。

 小屋の中を見渡す。

 ジークの姿はない。


「……ジークは?」

「知らない」


 セレーナは短く吐き捨てた。


「あいつは自由なやつだから。私らをここに運んで、どっか行ったんじゃない」

「……そうか」


 アトスは壁に背を預けた。

 ジークらしい、と思った。

 一番辛い役回りを演じ、泥を被り、そして礼も言わせずに姿を消す。

 あの男はきっと、自分の顔を見るのが辛かったのではなく、自分に合わせる顔がないと思ったのだろう。

 親友を刺した感触と罪悪感を、その手に残したまま。


「……」


 二人の間に、重苦しい沈黙が流れる。

 言葉を発することさえ罪に感じるような、鉛色の空気。

 まるで、魂の一部を、自分の身体の半分をごっそりと抉り取られてしまったかのような、埋めようのない喪失感。


「……私、あんたが嫌いになった」


 沈黙を破り、セレーナが言った。その声は震えていた。


「……」

「……あんたのこと、好きだった」


 過去形。

 それは、決別の言葉だった。


「……でも、あんたのせいで……フレデリカを埋葬してあげることすら出来なかった……」


 セレーナが顔を上げ、その瞳から大粒の涙が溢れ出す。

 城を崩壊させ、王女の亡骸を奈落の底へ落としたのは、紛れもなくアトスの暴走だ。

 墓標すら作れない。花を手向けることすら許されない。


「私、あんたのこと一生許さないから」

「……ああ。許さなくていい。許さないでくれ」


 アトスは肯定した。

 許されてはいけない。

 自分は守れなかっただけでなく、彼女の眠る場所さえ奪ったのだから。


「……あんたを、絶対超えて……いつかあんたを殺しに行くから」


 それは、生きる目的を失った彼女が、辛うじて自身を繋ぎ止めるための呪い。

 復讐という名の、歪な生きる希望。


「……そうか」


 アトスは静かに頷いた。

 もしその憎しみが彼女を生かすのなら、甘んじて受け入れよう。

 それが、生き残ってしまった咎人の義務だ。


「……」


 再び、沈黙。

 やがて、セレーナが立ち上がった。ふらつく足で扉へ向かう。


「……アトス」


 ノブに手をかけ、背中越しに呼んだ。


「……何だ?」

「……フレデリカのこと……一生忘れないでね。……私も……忘れないから」


 セレーナが振り返る。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、無理やりに作った笑顔を浮かべて。

 その笑顔が、アトスの脳裏にある記憶を呼び覚ました。


『人は、死んでも誰かの心に残り続けられるんです』


 いつか、城のテラスでフレデリカが言っていた言葉。


『未練や悔恨ではなく、思い出という形で。……だから、私がいつか死んでしまった時は……思い出の中で、私をずっと生かして下さい』


 あの日、彼女は笑ってそう言った。

 まるで、今日のこの結末を予期していたかのように。


(……ああ。覚えている)


 痛みも、後悔も、そして愛おしさも。全てを抱えて生きていく。

 それが、俺への罰。


「……じゃあね。さよなら」


 セレーナが告げる。

「またね」とは言わない。


「……ああ。またな」


 アトスは、あえてそう返した。

 いつか殺しに来るその日まで。あるいは、遠い未来で。

 セレーナは震える唇を噛み締め、扉を開いた。


「……さよなら」


 そう言って、セレーナは秘密基地を出ていった。

 扉が閉まる音が、決定的な終わりの鐘のように響いた。


 アトスは一人、小屋に残された。誰もいない。何も残っていない。

 彼はふらりと立ち上がり、外へと出た。

 夜だった。

 森の木々の隙間から、満月が見える。

 冷たく、美しく、世界を照らす月。

 アトスはその光を見上げ、目を細めた。月明かりに照らされた、あの金色の髪。

 陽光のように輝き、自分を導いてくれた少女の笑顔。


「……フレデリカ」


 その名を呼んでも、答える声はない。

 だが、胸の奥の痛みだけが、彼女が確かにそこにいたことを教えてくれている。

 アトスは歩き出した。

 行く当てはない。

 ただ、この痛みが消えるまで。

 あるいは、命が尽きるその時まで。

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