50話 金色の陽光12
「なんだ!?」
「謁見の間の方だ! 急ぐぞ!」
廊下から、無数の足音と騎士たちの怒号が響いてくる。
異変を察知し、城中の兵士が殺到しているのだ。
「……まずいな」
ジークが舌打ちし、剣を抜いた。
その背中は、いつもの飄々としたものではなく、覚悟を決めた男のものだった。
「俺が足止めする! お前らはフレちゃんを頼むぞ!」
ジークはアトスとセレーナを背に、廊下へと飛び出していった。
キンッ、と金属音が響き、怒号が遠ざかる。
(……ああ)
フレデリカの意識が、少しずつ闇に沈んでいく中で、彼女はジークの背中を見送った。
(ジークにお別れを言えなかった……。お兄ちゃんって……呼んであげたかったのに……)
いつも軽口を叩いて、でも誰よりも全てを見通していて、優しい、兄のような人。
彼ならきっと、一人でも大丈夫だ。
そう信じるしかない。
「……セレーナ」
フレデリカは、傍らで泣きじゃくる赤い髪の親友に視線を移した。
「セレーナ……いっぱい……辛い目に合わせてしまってごめんなさい」
「そんなのいいから……! 謝らないでよ……!」
「みんなはあなたを勝ち気な人だって言うけど……私は知ってるよ……」
フレデリカは震える手を伸ばし、セレーナの頬に触れた。
「あなたは……ただの優しい普通の女の子だって……」
涙が、指先を濡らす。
「あなたのその美しい赤い髪……。鍛錬の邪魔になるから切ろうかなと相談してきた時、私はその髪を切って欲しくなくて、髪紐をプレゼントした」
「……うん……覚えてる……」
「その髪紐……ずぅっっと……。……使ってくれてたもんね……」
セレーナは、ほどけた髪を握りしめ、ボロボロと涙をこぼした。
「今も……この手に持ってるよ。ポニーテールを解いたのは……ここにフレデリカを迎えに来る決意をしたからだよ」
セレーナは泣き笑いのような顔を作った。
「あなたが綺麗って言ってくれた私の髪は……私の自慢になった。だから……この髪を靡かせて、颯爽と迎えに来るつもりだったのに……っ」
フレデリカが震える手で、セレーナの赤い髪を梳く。
柔らかく、温かい。
「……あぁ……やっぱり……綺麗……」
「………フレデリカ……私ね……ずっと……言いたかったけど、言えなかったことがあるんだ」
セレーナはフレデリカの手を両手で包み込んだ。
「……なに……?」
「……大好きだよ」
万感の思いを込めた、愛の言葉。
フレデリカは、涙を流し、ふわりと笑った。
「……えへ。知ってた」
「……へへ……バレてたか」
二人は笑い合った。
王女と騎士ではなく、ただの親友として。
「……私も……これからもずっと、大好き。セレーナ」
ゴフッ。
フレデリカが血を吐いた。
命の灯火が、今まさに消えようとしている。
「フレデリカ様!」
「フレデリカ!」
アトスとセレーナが悲痛な声を上げた。
フレデリカは、霞む視界でアトスを見つめた。
大好きな、黒髪の騎士。
「……ねえアトス……アトスだけは……最後まで私を呼び捨てでちゃんと呼んでくれなかったね」
「……!」
アトスは言葉を詰まらせた。
主従の壁。
それを越えてしまえば、もう戻れないと知っていたから。
「……私ね……気付いてたよ。それがきっと……私への『答え』なんだろうなぁって……」
「……なにを……」
「……私は……あなたのことを愛しています……」
フレデリカの声が、囁きに変わる。
「あなたが私を見つけてくれた、あの日から」
アトスの目が見開かれた。
アトスの脳裏に、ホットミルクを飲むあの日のフレデリカの横顔が浮かぶ。
「届かなくていい……叶わなくていい……ただ、最後に一度だけ……」
フレデリカは、アトスの頬に手を添えた。
「私の名前を、ちゃんと呼び捨てで……呼んで欲しい」
「……最後なんかじゃない……!」
「………あなたを修羅に落として……ごめんなさい……アトス……貴方に心からの感謝を……」
アトス。
最愛の人の名を呼び、彼女は微笑んだ。
「私の人生に、色を付けてくれてありがとう……」
フレデリカの手が、ストンと落ちる。
アトスの頬から、温もりが消えた。
「……フレデリカ……? フレデリカ……!!」
アトスは彼女の体を揺すった。
だが、返事はない。
銀色の瞳は閉じられ、もう二度と開くことはない。
呼び捨てのその名前も、彼女には届かなかった。
「あ、ああああああああっ!!」
アトスの絶叫が、燃え盛る玉座の間に響き渡った。
アトスという男が壊れた瞬間だった。




