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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第一章 咎人と転生者

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4話 世界の違い

 湿った音がして、巨大な猪の魔獣が地に伏した。


 カインが指先を弾くのと同時だった。眉間に穿たれた親指ほどの風穴が、この怪物を即死させた唯一の傷跡だ。


「……ふぅ」


 カインは短く息を吐き、ポケットに手を突っ込んだ。

 魔獣の死骸から立ち上る黒い粒子――コレットの魔力に当てられた影響――が、風に溶けて消えていく。


「すごい……」


 後ろで見ていたコレットが、呆然と呟いた。

 この数日、カインは幾度となく襲い来る魔獣を退けてきた。

 どれも村の狩人なら逃げ出すレベルの相手だが、カインにかかれば路傍の石を退けるのと変わらない。


「カインさんは、どうしてそんなに強いんですか?」


 純粋な畏敬の念。だが、カインはつまらなそうに鼻を鳴らしただけだった。


「強いことに意味はない。その理由を知ることにも意味はない」

「え……?」

「石ころより鉄が硬いのと同じだ。ただの性質だ。硬いからといって、偉いわけでも正しいわけでもない」


 カインはそれ以上語らず、魔獣の牙を慣れた手つきで切り取り始めた。


 コレットは小首を傾げた。

 彼女の故郷――メモリア大陸では、力ある者は尊敬され、国を守る英雄として讃えられていた。

 だが、この男の背中には、そんな誇らしさは微塵もない。

 あるのは、錆びついた剣のような重苦しさだけだ。


          ◇


 日が落ち、街道を外れた森の中で野営を張った。

 爆ぜる焚き火の音が、静寂を際立たせている。

 コレットは手慣れない様子で干し肉を齧り、カインは酒瓶を傾けていた。


 会話はない。

 この数日、二人の間にあるのは必要最低限の言葉だけだった。

「休むぞ」「魔力を抑えろ」「水はあるか」。

 カインはコレットの事情を深く聞こうとしないし、コレットもまた、カインの過去に踏み込もうとはしなかった。


「……何も聞かないんだな」


 不意に、カインが口を開いた。揺らめく炎を見つめたまま、独り言のように。


「お前も、俺のことは何も知らんはずだ。不審じゃないのか」

「不審だなんて……。助けていただいたのに」


 コレットは膝を抱え、小さく笑った。


「それに、私だって……これまで誰にも、何も話してきませんでしたから。聞かれたくないことがあるのは、お互い様です」


 ――転生者であること。


 魔力を垂れ流していること。誰にも言えず、孤独に抱え込んできた秘密。それを知られたくない気持ちは、誰よりも理解しているつもりだった。


「……そうか」


 カインは短く答え、再び酒を煽った。

 沈黙が落ちる。

 パチ、と薪が爆ぜ、火の粉が舞い上がった。


 コレットは、その火の粉を目で追いながら、迷った末に口を開いた。


「でも……知りたいです。本音は」

「……」

「カインさんのこと。……少しだけ、教えてくれませんか」


 カインは目を瞑った。


「何が知りたい。武勇伝なら語るようなものはないぞ」

「いえ、そんな大それたことじゃなくて……その」


 コレットはカインの顔をじっと見つめた。

 精悍だが、どこか草臥れた横顔。深みのある青灰色の瞳。


「カインさんって、お幾つなんですか?」

「……は?」


 カインが素っ頓狂な声を上げた。

 予想外の質問だったらしい。毒気を抜かれたような顔をしている。


「なんだその質問は……」

「単純な興味です。見た目はお若い気もしますけど、雰囲気はずいぶん……その、落ち着いていらっしゃるので」

「…………三十八だ」

「さ、三十八……」


 コレットは目を丸くした。

 てっきり三十前後かと思っていたのだろう。思ったより、ずっと「おじさん」だった。


「……なんだその目は」

「い、いえ! もっとお若く見えますね、魔法がお上手だからでしょうか」

「若作りしているつもりはない」


 カインは不機嫌そうにそっぽを向いたが、その耳が僅かに赤いような気もする。

 コレットは少しだけ、心の緊張が解けるのを感じた。この最強の魔法士も、中身はただの人間なのだ。


「じゃあ……昔は何をされていたんですか?」


 勢いに乗って、もう一歩踏み込む。


「どうしてあの時、あんな森の中に? 村人でもないのに」


 カインの持つ水筒の手が止まった。一瞬の間の後、彼は淡々と答えた。


「……たまたまだ。通りがかった時、妙なノイズを感じた。職業病のようなもんだ」


 カインの視線が、鋭くコレットを射抜く。


「それより、解せないのはそっちだ。なぜ、あの森の奥にお前の魔力の残滓があった? 村とは離れた場所だ。何をしに行っていた」


 問い返され、コレットは言葉に詰まった。

 あの森。カインが行き倒れていた場所であり、コレットが彼を見つけた場所。

 そこは、彼女にとっての「秘密基地」であり、「実験場」だった。


「……隠れて、練習をしていました」


 コレットは俯き、胸元のペンダント――アズライトの栞を指先でなぞった。


「両親が病気になる前から、この世界の魔法の指南書を読みながら。

 家で祈ると村の人に怪しまれると思って……誰もいない森の奥で、こっそり『治癒魔法』を試していたんです。前世の感覚を思い出そうとして、何度も、何度も」


 結果は無惨だった。

 魔法は発動せず、漏れ出た魔力が森を汚染し、強力な魔獣を呼び寄せただけ。

 カインが感知した「ノイズ」とは、彼女の必死の祈りの残骸だったのだ。


「結局……だめでしたけど」


 自嘲気味に笑うコレット。


「お前の魔力は、恐らくこの世界のマナとは似て非なるものだ。この世界の魔法体系では、お前の魔法を発現するまでには至らないのかもしれない。だから」


 カインはそこで言葉を区切り、焚き火に薪をくべた。


「お前に才能がないとか努力が足りないとか、そういう話で済ませられる問題では無いのかもな」


 コレットが目を丸くしてキョトンとした。


「カインさんは…優しいんですね…」


 彼女の表情が、見る見るうちに和らいでいく。

 自分の失敗を「無能のせい」ではなく「世界の違い」だと言い切ってくれたこと。それが、どれほど彼女の心を軽くしたか。

 カインの不器用な慰めは、確かに彼女に届いていた。


 カインは照れ隠しのように、視線を焚き火に戻す。


「寝ろ。明日は早い」

「……はい。おやすみなさい、カインさん」


 コレットは毛布にくるまり、横になった。

 背中に感じる焚き火の温かさと、カインが守ってくれているという安心感。

 罪悪感は消えない。けれど、一人では押しつぶされそうだった夜が、少しだけ怖くなくなっていた。

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