47話 金色の陽光9
「……暇だねぇ」
城の中庭で、ジークが大きな欠伸をした。
空は晴れ渡っているが、城内の空気は重く澱んでいる。
王はまた新たな侵略計画を練っており、アトスはその先兵として国境へ派遣されていた。
「暇なら素振りでもしてれば。……目障り」
セレーナがベンチで本を読みながら吐き捨てる。その目つきは鋭く、苛立ちを隠そうともしていない。アトスがいないからだ。
彼が今、またどこかの戦場で手を汚していると思うと、気が気ではないのだ。
「カリカリすんなって。女の子の日か?」
セレーナは顔を赤くして立ち上がる。
「あんたってほんとデリカシーない!!」
「それが売りなんでね。……あ」
ジークはポンと手を叩いた。
「遊びに行かね? 久しぶりに、城下町へ。フレデリカと三人でさ」
「は? 正気? 王女様を連れてなんて、今やったら大問題だよ」
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。それに……あの子も、息が詰まってるだろ」
ジークは視線を上のテラスへ向けた。
そこには、憂いを帯びた表情で空を見上げるフレデリカの姿があった。
「えっ……外へ?」
「そ。アトスがいない間の息抜き。姫様もあんな堅物が毎日隣に居たら気が狂うだろ? むしろよく今まで狂わずにいたもんだぜ」
ジークがやれやれと両手を広げ首を横に振る。
ジークの誘いに、フレデリカは一瞬驚いたが、すぐに微かに微笑んだ。
断る理由などなかった。この城にいると、狂った父の気配に押しつぶされそうになるからだ。
三人は変装し、いつもの抜け穴から街へと出た。
他愛のない散策。店を見て周り、装飾店に冷やかしに行ったり、服を選んだり。
だが、街の空気も以前とは変わっていた。活気はあるが、どこか殺伐としている。
兵士の数が多く、市民の目には監視を恐れるような怯えが混じっていた。
「……変わっちゃったね」
フレデリカが悲しげに呟く。
隣を歩くセレーナは、その呟きを聞き逃さず、フレデリカに冷たい視線を投げた。
「……あんたのお父さんの望み通りだよ。強い国、豊かな国。……皆が笑ってないだけだ」
「セレーナ……」
「気安く呼ばないでください、王女様」
セレーナは冷たく突き放した。
外ではお互い敬語をやめて名前で呼ぶというルールも無視した。
彼女の敵意は、フレデリカ個人に向けられたものではない。
だが、フレデリカが「あのアリステア王の娘」であるという事実は変えられない。
王への憎悪が、どうしても娘への棘となって漏れ出してしまうのだ。
「……ごめんなさい」
フレデリカは俯いた。
その様子を見て、ジークは「あちゃー」という顔をし、強引に話題を変えた。
(こいつ空気読めよ! せっかく連れ出したのに重くすんなよ!)
「ほらほら! あそこの屋台、美味そうな肉売ってるぜ! セレーナ、買ってきてくんね?」
「はあ!? なんで私が……」
「俺、財布忘れた。てへっ」
「……信じられない。この甲斐性なし!」
セレーナはぶつくさと文句を言いながらも、ジークに背中を押されて屋台の方へ歩いていった。
彼女を遠ざけたことを確認し、ジークはフレデリカに向き直った。
「……悪かったな、フレちゃん。あいつ、今ちょっと余裕がないんだ」
(フ……フレちゃん?)
「う、ううん。分かってるの。……セレーナは優しいから」
フレデリカは気丈に笑った。
「それに彼女は……」
それに彼女は……アトスのことを好いて、私と同じ心配をしているはずだから、私が許せないんだと思う。
その言葉を発することはなかった。
ジークは横目でフレデリカを見つめる。
「父様のやり方に一番怒っているのは彼女だもの。私の顔を見れば、父様を思い出すのは仕方ないわ」
「……まーね。でも、あいつが怒ってるのは王様に対してだけじゃねぇよ」
ジークは空を見上げた。
「自分自身にも腹が立ってんだ。王の命令を拒否できず、人殺しに加担してる自分にな。……だから、あんな風に誰かに当たり散らさなきゃ、立ってられないんだよ。あいつはまだ、ガキだから」
フレデリカは息を飲んだ。
あの勝ち気なセレーナが、そこまで追い詰められていたなんて。
「アトスも、同じだ」
ジークの声が低くなる。
「あいつは何も言わねぇけど、一番心を削ってる。……姫様、あんたも辛いだろうけど、あいつらのことも分かってやってくれ」
「……うん。分かってる」
フレデリカは拳を握りしめた。
誰も悪くない。みんな、優しくて、真面目なだけだ。狂っているのは時代か、それとも父か。
「ジークは、いつも二人のことを一番に気にかけてるよね。お気楽な感じで振舞ってるけど……ジークもきっと、辛いんでしょ?」
「へっ?」
「えっ?」
「え? あ、あー。辛い、うーん。まあ、なんつーか……。俺は案外そうでもねぇかも」
「え?」
「……割り切れちまうとこが、悪い癖かもなぁ」
フレデリカはジークの言葉の真意を汲めずにいた。
そして同時に、ジークの中には揺るぎない何かがあることも感じ取った。
状況に流されず、自分自身の芯となる部分は絶対に揺るがない。
「ねえジーク」
「んー?」
「これから先……もし……もし、どうしようもなくなったら」
フレデリカは、ジークの目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、年齢に見合わない覚悟の光が宿っていた。
「その時は、私を連れて逃げてくれる?」
「……へっ?」
「アトスやセレーナじゃダメなの。あの二人は……優しすぎる……。けど、いつも掴みどころがなくて、風のようなあなたなら……きっと、私の方も気を楽にしてついていける気がする……」
飄々としていて、どこかこの世界を俯瞰しているような男。
彼なら、しがらみを断ち切ってくれるかもしれない。
「……ま、要するに、根無し草みたいにフラフラしてる俺なら後腐れなく気楽に頼れるってわけね」
ジークは苦笑し、頭を掻いた。
「そ……そこまでの物言いはしてないよ……!」
「気にすんな。別に取り繕わなくたっていいって。俺らの仲だろ?」
「え?」
「フレちゃん。お前はもう俺の友達リストに入ってっから、もしそういうことになったら、その時は任せとけって」
「そ、そのフレちゃんってなに?」
「あだ名よ、あだ名。友達にはあだ名つけるもんだろ? いや、待てよ? 金髪美少女か……ふむ……友達っつーより、妹属性もありか……うん。いや、そっちの方がしっくり来るまであるな。そうしよう。俺シスコンだったし」
「し、しす? なに? それ?」
「シスコン。大賢者みたいな高尚な存在さ。覚えときな。いつか役に立つぜ」
「???」
「フレちゃんって今何歳だっけ」
「19……だけど……」
「俺が25だから……まあ、もうちょい若い方がロリ妹感出て好きなんだが、年下には変わりねぇし、童顔だからパッと見16くらいには見えるし、細かいこと気にしなきゃ妹っつー事でいけるわな。合法的に美少女が妹になるって訳か……いや、アリだな。よし、お前今から俺の妹な」
「さっきから何を言ってるの……?」
ジークはフレデリカの頭にポンと手を置き、動物を撫でるようにぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
無礼な振る舞い。
だが、その掌は大きくて、温かかった。
「分かんなくていいんだよ! まあその時は、守ってやっから安心しな! 約束だ!」
それは、軽い口調で交わされた、しかしフレデリカにとっては、無性に安心できた。
「あ、もしそうなったらお兄ちゃんって呼んでな。それだけはマジで頼むわ」
「え? う、うん……?」
「……お待たせ。ほら、肉」
セレーナが不機嫌そうに戻ってきた。
手には串焼きが三本。
セレーナはバツが悪そうに横目でチラチラとフレデリカを見る。
「……セレ……。……えっと……なに、かな?」
「……フレデリカ……さっきは……ごめん。言いすぎた」
「……ううん! お肉、おいしいねセレーナ!」
ジークはそんなふたりを見て肉を頬張りながらニカッと笑った。
「やっぱ、肉って最強だよな!」
「あんた、宿舎に戻ったらちゃんとお金払ってもらうから」
「……細かいこと気にすんなよ! そんなんじゃ彼氏出来ねぇぜ!」
「食い逃げしようとすんな! 絶対払ってもらうからな!」
セレーナとジークの子供のようなやり取りを見て、フレデリカは笑う。
今この時間だけは、あの時に戻ったような気がした。




