45話 金色の陽光7
その夜、王城の中庭には冷たい風が吹いていた。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったベンチに、二つの影が並んで座っていた。
ジークと、セレーナだ。
二人は言葉もなく、ただ暗い空を見上げていたが、沈黙を破ったのはセレーナの方だった。
「……私、おかしくなっちゃったのかな」
ポツリと、独り言のように漏らす。
「なんで?」
ジークは驚きもせず、興味なさげにただ淡々と聞き返した。
「……人を殺すことを、なんとも思わなくなってきた」
セレーナは自分の掌を見つめた。
そこには血も煤もついていない。
だが、彼女の目には、焼き尽くした無数の命がこびりついているように見えた。
「殺す相手が悪人や国の敵なら、そうでいいと思う。でも……私たちが殺しているのは、悪人でもなく敵意もない、ただ国を守ろうとしてる善人だ」
家族を守るために武器を取った兵士。故郷を守ろうとした将軍。
彼らを虫けらのように焼き殺し、何とも思わない自分。
その乖離が、彼女を苛んでいた。
「おかしくなったかも、なんて思えるならお前はまだ正気だろ」
ジークは夜空を見上げたまま言った。
「ほんとに狂っちまったら、自分がおかしいなんて思わなくなっちまうからな」
「……国王みたいに?」
「おいおい、どこで誰が聞いてるかわかんねぇんだぞ」
ジークが苦笑して嗜める。不敬罪で首が飛ぶ発言だ。
だが、セレーナはふふっと自嘲気味に笑った。
「聞かれたっていい。どうせ……あんたかアトスしか、私を殺せないんだから」
「……」
「ジーク。……死んだらさ、楽になるのかな?」
「つまんねぇこと聞くなよ」
「私、別に死んでもいいや」
投げやりな言葉。
だが、それは虚勢ではなく、心の底から溢れ出た本音だった。
「お前、それ本気で言ってんのか?」
「もう、疲れた」
セレーナは膝を抱えた。
「私の魔法で生きていた人間が真っ黒になって、消えていくのを見るのが。……ねぇ、知ってる? みんなね、燃やされながら……私を見るんだ」
彼女の声が震え出した。
「私を、見つめる。許さないって目をしながら」
「……」
「毎日、殺した人が夢に出る。その人が焼かれた熱さと、痛みと、私への憎しみが……私の全身に突き刺さるように、私の全身の肉を抉るように、痛いんだ」
幻痛。あるいは、呪い。
彼女の魂は、すでに限界を超えて悲鳴を上げている。
「ジーク……私を殺してよ」
セレーナは縋るような目で隣の男を見た。
「やだね」
ジークは即答した。
「どうして? ジークなら殺せるじゃん」
「お前は友達だから。殺さねぇ。てか、俺は誰も殺さねぇし」
剣聖と呼ばれながら、戦場で誰一人殺さずに無力化し続けている男。
その甘さを、かつては笑ったこともあった。
だが今は、その甘さが眩しく、羨ましかった。
「……」
「お前って、生まれ変わりとか信じる系?」
唐突な問いに、セレーナは涙を拭うのも忘れて顔を上げた。
「は……? なに急に……」
「俺は信じるぜ。昔はそういうスピリチュアル系のことは胡散くせーと思って信じてなかったんだけどよ」
ジークはニカッと笑った。
(てか、俺が実際そうだしなぁ……)
そんな内心を隠し、彼は語り始めた。
まるで、遠い昔に見た夢の話でもするように。
「例えばよ、この世界とは別の世界があったとする。そこにはさ、殺すことは罪だと捉える世界も存在する」
「……?」
「まあ、時代によってもルールは変わるんだけどさ。俺が生きてた世界の時代じゃ、人を殺すことはダメなことなんだ。なんなら、傷つけることさえすげー罪だ」
ジークの瞳が、どこか遠くを見ている。
「物理的に傷つける以外の方法もあったから、優しい世界ってわけではなかったけどよ。それでも、この国よりは少しだけ生きやすかった」
セレーナは黙って聞いていた。
人を殺してはいけない世界。傷つけることすら罪になる世界。
今の彼女にとって、それは御伽噺の楽園のように聞こえた。
「お前もいつか、そういう世界に行けるといいな。……でも、それは今じゃねぇ」
「……俺がいた世界って……なんの話してんの?」
「ははっ。まあ、ただの俺の妄想」
ジークは肩をすくめた。
「まあ、とにかく、死にたくなってもよ、死ぬ時は死ぬんだから、とりあえずそれまでは生きてみろや。そんで死んだ時、もし生まれ変わることを選べるなら、優しい世界をお願いしてみろ」
「あんたの妄想の国は? 優しい世界じゃないの?」
「別に優しくはねぇよ。でもまあ、ここと比べればそう悪くもなかったんだなと今は思うぜ」
ジークは悪戯っぽく笑った。
「お前の極太メンタルなら、案外フィットするかもな」
「その国はなんて名前なの?」
「日本」
「ニホン? 変なの」
「うっせ」
軽口を叩き合う。ほんの少しだけ、いつもの空気が戻ってきた。
「……ま。もし死んだら……その時は神様にお願いでもしてみるかな。ニホンね。覚えとく」
「おう。俺のオススメは2020年代後半だ。ゲームっていうおもしれー機械があってな。2020年代後半ならそれ以前の時代のほとんどのゲームを楽しめるから神ってるぜ。時代もお願いできるならその時代がいいぜ。特に俺のオススメのゲーム機は……」
ジークはその後も意味の分からない単語を口に出していた。
話のほとんどを理解は出来なかったが、ジークが楽しそうに話すなら、きっと楽しいものなのだろう。
セレーナは夜空を見上げた。
星が綺麗だ。
殺した人々の目はまだ消えない。痛みも消えない。
けれど、隣にいる友人の突拍子もない妄想話のおかげで、押しつぶされそうだった重荷が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。




