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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第三章 【追憶編】黄金の姫

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45話 金色の陽光7

 その夜、王城の中庭には冷たい風が吹いていた。

 昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったベンチに、二つの影が並んで座っていた。

 ジークと、セレーナだ。

 二人は言葉もなく、ただ暗い空を見上げていたが、沈黙を破ったのはセレーナの方だった。


「……私、おかしくなっちゃったのかな」


 ポツリと、独り言のように漏らす。


「なんで?」


 ジークは驚きもせず、興味なさげにただ淡々と聞き返した。


「……人を殺すことを、なんとも思わなくなってきた」


 セレーナは自分の掌を見つめた。

 そこには血も煤もついていない。

 だが、彼女の目には、焼き尽くした無数の命がこびりついているように見えた。


「殺す相手が悪人や国の敵なら、そうでいいと思う。でも……私たちが殺しているのは、悪人でもなく敵意もない、ただ国を守ろうとしてる善人だ」


 家族を守るために武器を取った兵士。故郷を守ろうとした将軍。

 彼らを虫けらのように焼き殺し、何とも思わない自分。

 その乖離かいりが、彼女を苛んでいた。


「おかしくなったかも、なんて思えるならお前はまだ正気だろ」


 ジークは夜空を見上げたまま言った。


「ほんとに狂っちまったら、自分がおかしいなんて思わなくなっちまうからな」

「……国王みたいに?」

「おいおい、どこで誰が聞いてるかわかんねぇんだぞ」


 ジークが苦笑して嗜める。不敬罪で首が飛ぶ発言だ。

 だが、セレーナはふふっと自嘲気味に笑った。


「聞かれたっていい。どうせ……あんたかアトスしか、私を殺せないんだから」

「……」

「ジーク。……死んだらさ、楽になるのかな?」

「つまんねぇこと聞くなよ」

「私、別に死んでもいいや」


 投げやりな言葉。

 だが、それは虚勢ではなく、心の底から溢れ出た本音だった。


「お前、それ本気で言ってんのか?」

「もう、疲れた」


 セレーナは膝を抱えた。


「私の魔法で生きていた人間が真っ黒になって、消えていくのを見るのが。……ねぇ、知ってる? みんなね、燃やされながら……私を見るんだ」


 彼女の声が震え出した。


「私を、見つめる。許さないって目をしながら」

「……」

「毎日、殺した人が夢に出る。その人が焼かれた熱さと、痛みと、私への憎しみが……私の全身に突き刺さるように、私の全身の肉を抉るように、痛いんだ」


 幻痛。あるいは、呪い。

 彼女の魂は、すでに限界を超えて悲鳴を上げている。


「ジーク……私を殺してよ」


 セレーナは縋るような目で隣の男を見た。


「やだね」


 ジークは即答した。


「どうして? ジークなら殺せるじゃん」

「お前は友達だから。殺さねぇ。てか、俺は誰も殺さねぇし」


 剣聖と呼ばれながら、戦場で誰一人殺さずに無力化し続けている男。

 その甘さを、かつては笑ったこともあった。

 だが今は、その甘さが眩しく、羨ましかった。


「……」

「お前って、生まれ変わりとか信じる系?」


 唐突な問いに、セレーナは涙を拭うのも忘れて顔を上げた。


「は……? なに急に……」

「俺は信じるぜ。昔はそういうスピリチュアル系のことは胡散くせーと思って信じてなかったんだけどよ」


 ジークはニカッと笑った。


(てか、俺が実際そうだしなぁ……)


 そんな内心を隠し、彼は語り始めた。

 まるで、遠い昔に見た夢の話でもするように。


「例えばよ、この世界とは別の世界があったとする。そこにはさ、殺すことは罪だと捉える世界も存在する」

「……?」

「まあ、時代によってもルールは変わるんだけどさ。俺が生きてた世界の時代じゃ、人を殺すことはダメなことなんだ。なんなら、傷つけることさえすげー罪だ」


 ジークの瞳が、どこか遠くを見ている。


「物理的に傷つける以外の方法もあったから、優しい世界ってわけではなかったけどよ。それでも、この国よりは少しだけ生きやすかった」


 セレーナは黙って聞いていた。

 人を殺してはいけない世界。傷つけることすら罪になる世界。

 今の彼女にとって、それは御伽噺おとぎばなしの楽園のように聞こえた。


「お前もいつか、そういう世界に行けるといいな。……でも、それは今じゃねぇ」

「……俺がいた世界って……なんの話してんの?」

「ははっ。まあ、ただの俺の妄想」


 ジークは肩をすくめた。


「まあ、とにかく、死にたくなってもよ、死ぬ時は死ぬんだから、とりあえずそれまでは生きてみろや。そんで死んだ時、もし生まれ変わることを選べるなら、優しい世界をお願いしてみろ」

「あんたの妄想の国は? 優しい世界じゃないの?」

「別に優しくはねぇよ。でもまあ、ここと比べればそう悪くもなかったんだなと今は思うぜ」


 ジークは悪戯っぽく笑った。


「お前の極太メンタルなら、案外フィットするかもな」

「その国はなんて名前なの?」

「日本」

「ニホン? 変なの」

「うっせ」


 軽口を叩き合う。ほんの少しだけ、いつもの空気が戻ってきた。


「……ま。もし死んだら……その時は神様にお願いでもしてみるかな。ニホンね。覚えとく」

「おう。俺のオススメは2020年代後半だ。ゲームっていうおもしれー機械があってな。2020年代後半ならそれ以前の時代のほとんどのゲームを楽しめるから神ってるぜ。時代もお願いできるならその時代がいいぜ。特に俺のオススメのゲーム機は……」


 ジークはその後も意味の分からない単語を口に出していた。

 話のほとんどを理解は出来なかったが、ジークが楽しそうに話すなら、きっと楽しいものなのだろう。

 セレーナは夜空を見上げた。

 星が綺麗だ。

 殺した人々の目はまだ消えない。痛みも消えない。

 けれど、隣にいる友人の突拍子もない妄想話のおかげで、押しつぶされそうだった重荷が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

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