44話 金色の陽光6
「東方の小国、ルクシオンが我が国の商人を不当に拘束したそうだ」
王座の間で、アリステア王が地図を指差した。
その目は熱に浮かされたようにギラギラと輝いている。
ルクシオンは山岳地帯にある小国だ。特産品である香木を巡り、以前から交渉が続いていた場所でもある。
拘束の事実などない。交渉を有利に進めるための、ヴァニタス側の言いがかりだ。
「これは国家に対する侮辱だ。……アトス、ジーク、セレーナ。直ちに出撃し、彼らに礼儀というものを教えてやれ」
「……御意」
アトスは頭を垂れた。
反論は許されない。王の言葉は絶対であり、騎士である彼らは剣だ。
剣が主を選り好みすることはできない。
隣でジークが小さく息を吐き、セレーナが無表情のまま床を見つめていた。
◇
ルクシオンの防衛線は、堅牢な山岳要塞だった。
だが、それもまた、彼らの前では無意味だった。
「……悪いけど、通らせてもらうよ」
ジークが戦場を疾走する。
彼に向かって放たれる無数の矢と魔法。だが、ジークは剣一本でそれらを全て叩き落とし、敵陣の只中へと飛び込んだ。
「うわぁぁっ!?」
「な、なんだコイツ! 剣が見えねぇ!」
ジークの剣閃が走るたびに、敵兵の剣が折れ、槍が弾き飛ばされる。
彼は殺さない。
鎧の隙間を突き、手首や足首の腱を狙い、あるいは柄で兜を殴りつけて気絶させる。
無力化。それが、彼が選んだ、せめてもの抵抗だった。
(騎士は、覚悟を持ってる。殺す覚悟と殺される覚悟。けど、突然謂れのねぇ理不尽な理由で侵略されちゃ、そんな覚悟は持てずにこの場に来るやつも大勢いる。殺す覚悟が出来てねぇやつを、俺は殺せねぇ)
ジークは倒れ伏す兵士たちを見下ろし、乾いた笑みを浮かべた。
殺さなかった。今日も、手は汚していない。
だが、戦意を喪失し、恐怖に引き攣った兵士たちの顔を見るたびに、胸の奥が冷たく重くなるのを感じた。
生かしたのではない。彼らの心を殺したのだ。
一方、空を焦がす熱波の中心に、セレーナがいた。
「……燃え尽きて。せめて、痛みを感じる前に」
彼女が素手を振るう。
山肌に展開していた敵の弓兵部隊が、紅蓮の炎に包まれる。
悲鳴が上がる。肉が焼ける臭いが風に乗って漂ってくる。
「……脆い……」
セレーナは呟いた。
最初の頃は、手が震えた。人を殺す感触に、夜も眠れなかった。
だが、今はどうだ。指先一つで数十人の命を奪っても、心臓の鼓動は一定のリズムを刻んでいる。
慣れてしまったのだ。圧倒的な暴力を行使することに。命がただの数字として消えていく光景に。
「……何故、立ち向かうの」
セレーナは無感情に次弾を装填した。
恐怖を感じる暇もないほど、速く、確実に殺す。
それが彼女なりの慈悲であり、自己防衛だった。
心が壊れる前に、感情を焼き尽くしてしまえばいい。
そして、本陣への道を歩くアトス。
彼の前には、敵の将軍と精鋭部隊が立ち塞がっていた。
「ここを通すわけにはいかん! 我らの国を、貴様らのような侵略者に渡してたまるか!」
将軍が叫び、魔剣を構える。
その瞳には、祖国を守ろうとする気高い意志が宿っていた。
アトスは足を止めた。
(……逃げてくれ)
心の中で願う。
貴方たちは正しい。間違っているのは俺たちだ。
だから、これ以上立ち塞がらないでくれ。俺に、貴方たちを殺させないでくれ。
だが、彼らは退かない。退けないのだ。
背後には守るべき家族がいるから。守るべき国があるから。
「……すまない」
アトスは右手を掲げた。
せめてその覚悟に敬意を評すように、全霊の魔力を練り上げる。
『風杭』
無数の空気の杭が、将軍たちを貫いた。
一瞬の静寂。そして、ドサリと倒れる音。
アトスは彼らの死に顔を見ることなく、通り過ぎた。
振り返れば、そこに在ったはずの「正義」が、自分の手によって泥にまみれているのが見えるだろう。
戦いが終わる。
ヴァニタスの旗が、また一つの国の上に翻る。
勝利の歓声はない。
三人は無言のまま、焼け焦げた戦場に立ち尽くしていた。
強すぎる力は、彼らから「戦う意味」すらも奪い去り、ただ空虚な義務感だけを残していく。
魂が摩耗する音だけが、ただ虚しく響いた。




