41話 金色の陽光3
「進軍せよ。我が国の繁栄と、恒久の平和のために」
玉座の間で、国王アリステアの声が響き渡った。
その目は、かつての賢王としての輝きを失い、どこか熱に浮かされたような欲望の色を帯びていた。
隣国の小国、ガリアへの侵攻命令。
理由は「国境付近での不穏な動き」とされたが、実態は一方的な領土拡大だった。
ガリアには豊かな鉱脈がある。
それが王の狙いであることは、誰の目にも明らかだった。
「……御意」
アトスは跪き、頭を垂れた。
騎士にとって、王命は絶対だ。
だが、その拳は白くなるほど強く握りしめられていた。
◇
戦場は、悲劇的なほど一方的だった。
ヴァニタス軍は数千の騎士団を率いていたが、彼らは剣を抜くことさえなかった。
ただの後ろで見ているだけの「飾り」だ。戦場に立ったのは、たった三人。それだけで十分すぎた。
セレーナが素手を振るう。
上空から降り注ぐ炎の雨が、敵の弓兵部隊を一瞬で消し炭に変える。
悲鳴すら上がらない。
ただ、圧倒的な熱量が命を蒸発させていく。その横顔に、勝利の笑みはない。
「……ねえ、これ、本当に必要なの?」
セレーナが、燃え上がる敵陣を見つめながら呟いた。
「相手は降伏しようとしてた。鉱脈が欲しいなら、交渉で済んだはずだよ。こんな……虐殺みたいなことしなくたって」
「セレーナ」
ジークの呼びかけに、セレーナはハッとする。
「……今は戦闘中だぜ。気ぃ抜くな。余計なことは考えんな」
ジークが戦場を疾走し、放たれた魔法の矢や砲撃を、彼は剣一本で斬り落とし、無効化していく。
彼が通った後には、武器を破壊され、戦意を喪失した兵士たちが転がっている。
だが、怪我人はあれどそこに死者はいない。
「やりたくなくても、やらなきゃいけねぇ時だってある。俺たちはそういう世界で、そんな国で生きてんだ。……少しは大人になれ」
セレーナの隣に戻ってきたジークの声にも、いつもの軽さはない。
国のため。民のため。そう教えられてきた。
だが、自分たちが領土を広げれば広げるほど、世界中に「ヴァニタスへの恐怖」が種まかれていく。
「大人になるって、何? 無駄な殺しをすること? それに対して何も思わなくなること? ……なら私は、ずっと子供のままでいいよ」
「……そうしていられねぇから言ってんだろ。ほんとにガキだなお前は」
そう言い放つジークの瞳には、幾つもの景色が宿っているように見えた。
「撃て! 撃ち続けろ! あの男を止めろ!」
敵将の絶叫と共に、無数の魔法と矢がアトスに集中する。
だが、それらは全て、アトスの半径数メートルで音もなく消滅した。
『術式乖離』の結界。
魔法を無効化する絶対の盾。
物理的な攻撃も、風魔法による障壁で弾き返される。
(やめてくれ)
「ヴァニタスの為に、ここで死ね」
アトスは淡々と告げ、指先を向けた。城門に向かって、とてつもない規模の風の塊を放つ。
(立ち向かわないでくれ)
ドォォォォンッ!!
轟音と共に、無数の騎士の身体が舞い散る落ち葉のように軽々と空に浮かび上がり、鋼鉄の門がひしゃげ、吹き飛んだ。
(目の前に立たれたら殺さなければいけなくなる)
たった一撃。それで勝負は決した。
(もう俺の前に立たないでくれ)
「……化け物だ」
「勝てるわけがない……」
「悪魔だ、あいつらはヴァニタスの悪魔だ……! 人間じゃない………!!」
敵兵たちが武器を捨て、逃げ惑う。
アトスは立ち尽くし、その光景を見つめていた。
これは戦争ではない。
ただの蹂躙だ。
自分たちの力は、戦術や戦略といった概念を無意味にし、命のやり取りさえも「作業」に変えてしまった。
「……帰るぞ……」
アトスが背を向ける。
セレーナが駆け寄り、その袖を掴んだ。
「待ってよアトス! あんたもおかしいと思ってるんでしょ? こんな意味のない……このままじゃ、私たちの国は……」
「王の決めたことだ」
アトスはセレーナの手を振り払うことなく、前を見据えたまま言った。
「疑うことは、国を裏切るのと同義だ。俺たちは与えられた役割を、ただ歯車のようにこなしていればいい」
冷徹な言葉。
騎士としての模範解答。
だが、セレーナは見ていた。
(……ならどうして、血が滴るほど拳を握ってんの……)
アトスの掌から、赤い雫が滴り落ちている。爪が食い込むほど握りしめられた拳。
彼が一番、この理不尽な殺戮に心を痛めているのだ。
主君の命令と、自身の正義感の板挟みになって、心を殺して「兵器」に徹しようとしている。
「……分かったよ。帰ろう、アトス」
セレーナは何も言わず、ただ彼の隣に並んだ。
ジークもまた、静かに剣を納める。
勝利の凱歌が聞こえる。
だが、それは彼らには、破滅への序曲のようにしか聞こえなかった。
◇
王城へ戻る道中。
城のテラスから、フレデリカ王女がこちらを見ているのが見えた。
明るく、いつも笑顔で太陽のような存在の彼女は、いつも決まってその時だけは手を振ることも、笑いかけることもなく。
ただ、悲しげな銀色の瞳で、血と煤にまみれた英雄たちの帰還を見つめている。
(……姫様)
アトスは胸が締め付けられる思いがした。
――彼女だけは気付いている。
この勝利が、決して誇れるものではないことを。
そして、この国が、取り返しのつかない方向へ進んでいることを。




