39話 金色の陽光1
――十五年前。ヴァニタス王国、騎士団演習場。
突き抜けるような青空の下、爆音が轟いた。模擬戦のレベルを超えた熱波が、演習場の地面をガラス状に溶解させる。
「っと、危ねっ!!」
軽い声と共に、一人の男がバックステップで炎を躱した。
ジークだ。
茶髪を適当に流し、軽装の革鎧を身につけた彼は、手にした長剣をぶらぶらと遊ばせながら笑っている。
「セレーナ、マジで殺す気か? 訓練でその火力はナシじゃん」
「はぁ? 避けるほうが悪いに決まってるじゃん」
対峙するのは、燃えるような赤髪をポニーテールに結った少女――セレーナだ。
まだあどけなさは残るが、その身に纏う魔力はすでに騎士団長クラスを凌駕している。
若くして「三強」の一角に数えられる天才少女。
彼女は不満げに頬を膨らませ、素手をジークに向けた。
杖などの媒体はない。
彼女にとって、己の肉体こそが最強の杖だ。
「ジークが大人しく燃えてくれれば終わる話でしょ。チョロチョロ動かないでよね」
「無理言うなよ。俺はまだ死にたくないんだわ」
ジークは苦笑するが、その瞳に油断はない。
セレーナの魔法は、直撃すればドラゴンさえ消し炭にする威力だ。
それを涼しい顔で捌けるのは、この国でも――いや、世界でも彼くらいだろう。
「口減らずだね。……次は黒焦げにしてやるから覚悟しなよ」
セレーナの掌に、圧縮されたマナが渦巻く。
詠唱はない。
思考速度で構築された術式が、紅蓮の槍となってジークに迫る。
「『炎槍』!」
速い。そして重い。
だが、ジークは剣の腹でその切っ先を軽く叩いた。キンッ、という硬質な音と共に、魔法が物理的に軌道を逸らされ、空中で霧散する。
マナを持たぬ剣聖。理不尽なまでの「魔法殺し」の剣技。
「……相変わらず、デタラメな剣だ」
その様子を、木陰で腕を組んで眺めている男がいた。
黒髪の青年、アトス。
整った顔立ちには若々しい鋭さがある。
身につけているのは、王室近衛騎士の白い制服だ。
「お、アトス! サボりか?」
ジークが手を振る。アトスは肩をすくめ、木陰から歩み出た。
「休憩だ。……それよりジーク、また隊長に怒られるぞ。装備の手入れをサボって飲みに行こうとしていただろう」
「げっ、バレてた? いやー、昨日の酒がまだ残っててさぁ」
「アトス!」
セレーナが駆け寄ってきた。
ポニーテールが揺れる。
その表情は、ジークに見せるふてぶてしさとは違い、ライバルへの対抗心と、少しの甘えが混じっている。
「見てた? 今の魔法、構成速度を0.2秒縮めたんだよ」
「ああ、悪くなかった。杖なしでその精度なら文句はない。……だが、着弾点のイメージが甘い。ジークには完全に読まれていたぞ」
「むぅ……」
セレーナは唇を尖らせた。
「やっぱアトスにはバレるかぁ。……悔しいけど、まだあんたたち『怪物』の領域には半歩届かないってことね」
彼女は生意気そうに腕を組んだが、その瞳は燃えていた。
今はまだ、一段劣るかもしれない。
だが、すぐに追いつき、追い越してみせるという自負。
それが、若き日の彼女の輝きだった。
「ま、焦るなよお嬢ちゃん。俺たちは逃げないからさっ?」
「誰がお嬢ちゃんだ! 子供扱いすんな!」
セレーナがジークの脛を軽く蹴る。
ジークが大袈裟に痛がり、アトスが呆れたように溜息をつく。
平和だった。
三人が揃い、笑い合い、ただ明日が来ることを疑わなかった日々。
「アトスー!」
遠くから、鈴のような声がした。
演習場の入り口で、フードを被った小柄な影が手を振っている。
陽光を浴びて輝く金色の髪と、銀色の瞳が、フードの隙間から覗いていた。
「見つかったか」
アトスは苦笑し、二人に向き直った。
「行くぞ。姫様のワガママに付き合うのも、俺たちの仕事だ」
「アトス。お前愛されすぎでは?」
ジークがニヤつきながらアトスの腕に自分の肘を当てる。
セレーナは少し不機嫌そうにそれを見ている。
三人が歩み寄ると、少女――フレデリカ王女は満面の笑みで駆け寄ってきた。
「遅いよアトス! 待ちくたびれちゃった」
「申し訳ありません。……と言いたいところですが、また抜け出したんですか?」
「だって、お城のお勉強つまんないんだもん。それより、今日はどこに行く?」
フレデリカはアトスの腕に抱きつき、キラキラした瞳で見上げている。
王女としての威厳など欠片もない、年頃の少女の顔。
アトスは困ったように眉を下げながらも、その腕を振り払おうとはしなかった。
「……市場で新作の菓子が出たそうです」
「ほんと!? やったぁ! 行こう行こう!」
はしゃぐ王女と、それに振り回される騎士たち。
まだ誰も「咎」を背負わず、ただ眩しい太陽の下を歩いていた、始まりの季節。




