表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第三章 【追憶編】黄金の姫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/161

37話 出航

 翌朝。

 一行は馬車に揺られ、オダイ・ジニを後にした。

 街の人々には告げず、夜明けと共にひっそりと発った。

 英雄としての歓送迎会など、カインもセレーナも真っ平御免だったからだ。


「……あーあ。もうちょっと温泉入ってたかったな」


 馬車の窓から遠ざかる白亜の街を見つめ、リザが残念そうに呟いた。


「また来ようよ。みんなで」


 コレットがそう言って微笑む。

 向かいの席では、カインが腕を組んで目を閉じたまま、揺れに身を任せていた。

 体力の回復に努めているのだ。

 その隣で、セレーナが脚を組み、羊皮紙の書類に目を通していた。


「港に着いたら、余計な動きはするなよ。私の顔パスで乗るんだ。特に、お前のその人相の悪さで怪しまれたら面倒だ」

「誰の人相が悪い」


 カインは片目だけ開けて抗議したが、セレーナは鼻で笑って無視した。

 二人のその遠慮のないやり取りを、コレットは少し羨ましそうに、リザはニヤついて観察していた。


          ◇


 半日ほどで、潮の香りが漂ってきた。

 港町『ポルト・ロッサ』。

 大陸西岸に位置する貿易の拠点で、無数の船が行き交う活気ある街だ。


「うわぁ……海!」


 コレットが歓声を上げる。

 内陸の村しか知らない彼女にとって、海を見るのは初めての経験だった。

 水平線の彼方まで続く青。その広大さに、心が洗われるようだ。


 彼女たちが向かったのは、港の一等地に停泊している巨大な客船だった。

 白く塗装された船体には、金色の装飾が施されている。


「『海原の貴婦人』号だ。学術都市アレクサンドラ行きの定期便だが、今回は特別室を押さえてある」

「へぇ、豪華だね。さすが紅蓮の魔女様、太っ腹!」


 リザが口笛を吹く。

 セレーナはタラップを上がりながら、衛兵に一枚のプレートを見せた。

 衛兵は直立不動で敬礼し、最敬礼で道を開ける。


「どうぞお通りください、セレーナ様! 出航の準備は整っております!」


 顔パスどころか、VIP待遇だ。

 カインは溜息を吐き、荷物を担いで後に続いた。

 目立つのを嫌う彼にとって、セレーナとの旅は別の意味で神経を使う。


 船室は、最上階のスイートだった。

 広々としたリビングに、ふかふかのベッド。窓からは一面のオーシャンビュー。

 貧乏旅行を続けてきたカインたちには、眩しすぎるほどの贅沢だ。


「……落ち着かんな」


 カインは革張りのソファに深く沈み込んだ。

 魔力欠乏の倦怠感はまだ抜けない。柔らかいクッションが、重い体を優しく受け止める。


「慣れろ。アレクサンドラまでは三日の船旅だ。その間、お前はここで大人しく寝ていろ」


 セレーナはワインボトルを開け、グラスに注いだ。


「コレット、リザ。お前たちは好きにしていい。甲板に出るのも自由だが、はしゃぎすぎて船から落ちるなよ」

「大丈夫だって! 行こうコレット!」

「うん!」


 二人は荷物を置くと、すぐさま部屋を飛び出していった。

 嵐のような元気さだ。

 残されたのは、カインとセレーナ、そして波の音だけ。


「……平和だな」


 カインが呟く。

 セレーナはグラスを傾け、窓の外へ視線を投げた。


「ああ。……ここには泥人形も、腐った術師もいないしな」


 船が動き出した。

 低い汽笛の音が響き、岸壁がゆっくりと離れていく。

 カインは窓の外を流れる景色を見つめた。


 ――どこまでも続く雄大な海。


 この船は、海を越えて新しい目的地、学術都市アレクサンドラへと向かう。

 だが、どれだけ遠くへ行こうとも、コレットの本当の故郷――「メモリア大陸」には決して辿り着くことはない。


(……帰る場所のない旅、か)


 カインは目を細めた。それは、国を捨てて彷徨う自分自身とも重なる。


「セレーナ」


 カインがセレーナを呼んだ。


「何だ」

「……今夜、あいつらに、お前の口から話してくれ。あのことを」

「何故私が? 自分で話さないのか?」

「……そういうのは苦手だ。頼む」


 カインはセレーナを見た。

 カインの瞳は真剣だった。

 昨晩の会話。『隠し事は信頼を殺す』

 カインが自分なりに出した結論がそれだった。


「まあ、私は構わんが」

「助かる」


 カインは視線を窓に向けた。

 いつかは知られるべき過去だ。

 それが今夜だというなら、運命に身を任せるのも悪くない。

 話を聞いたあと、二人が自分をどう思おうと。


 セレーナは微かに笑い、部屋を出て行った。

 波音だけが残る部屋で、カインは深く息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ