29話 開戦の炎
「殺しちゃだめです! カインさんッ!」
コレットの悲痛な叫びが、崩落した地下霊廟に木霊した。
だが、その声はカインには届かない。
彼の瞳は虚無に染まり、目の前の全てを「排除すべき障害」としてしか認識していなかった。
「……ア……ァ……」
カインがゆっくりと顔を向けた。
視線の先には、バルザックを庇うように立ち塞がったコレットがいる。
かつて守ると誓った少女。だが今の彼にとって、彼女はただのマナの塊――異物でしかない。
カインが腕を振るった。
慈悲も躊躇いもなく。
漆黒の魔力弾が、コレットの小さな体を消し飛ばそうと迫る。
「カインさ――」
コレットが息を飲んだ、その瞬間。
ゴオォォォォッ!!!
紅蓮の炎が渦を巻いて割って入った。
カインの闇を焼き払い、熱波がコレットを包み込むように守る。
炎の壁の向こうに、セレーナの背中があった。
「……おい」
地を這うような、低いドスの効いた声。
セレーナは燃え盛る炎越しに、かつての戦友を睨みつけていた。
その瞳には、カインの暴走を止める冷静さと、それ以上に激しい「怒り」が燃えている。
「……私の可愛い弟子になにをしている? 殺すぞ」
――殺気。それはカインの放つ虚無とは違う、意志を持った鋭利な刃のような圧力だった。
セレーナは指先を弾き、バルザックの上に積み重なっていた瓦礫を爆風で吹き飛ばした。
「!?」
瓦礫の下から、半死半生のバルザックが転がり出る。セレーナは彼を一瞥もせず、背後のコレットに命じた。
「コレット。あいつを治療しろ」
セレーナが顎で示した先には、血溜まりの中で動かなくなっているリザがいた。
「それと、そこのゴミもだ。生かす価値はないが、死なれたら情報が取れん。まとめて部屋の隅に引きずっていけ」
「は、はいっ!」
「急げよ」
セレーナの一喝に、コレットは弾かれたように走り出した。
リザの元へ駆け寄り、その傷口に手をかざす。
リザの傷はみるみる回復していく。
「コレット……この治癒魔法……」
「私もね。少しは役に立てるようになったよリザちゃん」
背後で、再び爆発音が響いた。
カインが動いたのだ。
漆黒の瘴気を纏い、セレーナへ向かって歩みを進める。
その足元から、影が棘のように伸びて襲いかかる。
「昔から、行儀が悪いのは変わらんな……アトス」
セレーナは不快げに眉を寄せ、炎の壁を展開して影を焼き払った。
かつて「三強」として並び立った二人。
だが今、カインは理性を失った怪物と化している。
「つまらん感情に呑まれて、傷つけちゃいけない人間も判別できなくなったか」
セレーナの両手に、太陽のような高密度の火球が生成される。
カインは答えない。
ただ、虚ろな瞳でセレーナを見据え、その周囲に無数の風刃を展開した。
「加減はせんぞ。殺しても文句は受け付けんからな」
セレーナがニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
「コレット……あの人って味方ってことでいいんだよね……」
「う、うん……多分……」




