25話 核心
地下水道の最奥。
罠だらけの回廊を抜けた先に、重厚な鉄扉がそびえ立っていた。
ここが、街中の魔力が吸い込まれる最終到達点だ。
「……ここか」
カインは眉間に皺を寄せた。
扉の隙間から、腐臭にも似た濃密な魔力が漏れ出している。
「リザ、目はどうだ」
カインは隣の少女に問いかけた。
リザは瞬きを繰り返し、目をこすった。魔力閃光の後遺症で、視界はまだ白い霧がかかったままだ。
ぼんやりとカインの輪郭が分かる程度で、自慢の『魔視』は機能していない。
「ごめん。変わってない。よく見えないや。『魔視』も……使えない」
リザは悔しげに唇を噛んだ。
壁の向こうの魔力も見えない。罠の有無も分からない。今の彼女は、ただの無力な子供だった。
「……そうか」
カインは短く答え、リザの前に立った。
「ここで待っていてもいいんだぞ。中に入れば十中八九戦闘になる」
「嫌だよ」
リザがカインの服の裾をギュッと握った。
「置いてかないでよ。……私、何も見えないけど、足手まといにはならないようにするから」
「……」
「ここまで連れてきたのはカインでしょ? 最後まで責任取ってよ」
強がりだ。
震える手と、不安げに泳ぐ瞳がそれを物語っている。
だが、一人で暗闇に残される恐怖よりも、カインの背中を見失うことの方を恐れているようにも見えた。
カインは短く息を吐き、頭をかいた。
止めても聞かないだろう。この少女の頑固さは、誰かに似てきた気がする。
「なら、離れるなよ」
カインは右手を扉にかざした。
物理的な錠前と、魔法的な封印。その両方が施されている。解除などしない。
『風杭』
音もなく放たれた衝撃波が、鍵穴ごと扉の蝶番を粉砕した。
重厚な鉄扉が、砂上の楼閣のように内側へと崩れ落ちる。
「行くぞ」
「うん」
カインはリザの手を引き、暗闇へと踏み入った。
◇
扉の向こうは、円形の広大な空間だった。
かつての貯水槽か、あるいは地下聖堂か。その中央に、巨大な魔法陣が描かれている。
中心には、人の頭ほどもある黒い水晶が浮き、周囲には数人の治療師たちが倒れ伏していた。
彼らの腕には管が繋がれ、生命力が強制的に吸い上げられている。
その傍らに、一人の男が立っていた。
黒いローブを纏い、痩せこけた背中を丸めている。
「……安定しない。なぜだ。数値は足りているはずなのに」
男――バルザックは、侵入者に気付いてすらいない。ただひたすらに、手元の羊皮紙と水晶を見比べ、ぶつぶつと呟いている。
「不純物か? いや、触媒の不足……やはりあの女に買い占められたのが痛い。代用素材では結合が……」
カインは無言で近づいた。
カインの放つ異様な気配に、ようやくバルザックが反応する。
ゆっくりと振り返った顔は、病的に青白く、目の下には濃い隈があった。
感情の抜け落ちた、うつろな目。
「……誰だ、君たちは」
バルザックは、まるで迷い込んできた客に問うように静かに言った。
「重要な実験中なんだ。見学なら後にしてもらえるかな」
「実験だと?」
カインの声が低くなる。
足元に転がる治療師たち。彼らは痙攣し、今にも命が尽きようとしている。
「これのどこが実験だ。虐殺の途中の間違いじゃないのか?」
「人聞きが悪いな。彼らは崇高な医学の礎だよ」
バルザックは悪びれもせず、倒れた男の一人を靴先で突いた。
「私の命を救う『賢者の石』……その完成のためなら、凡人の命など取るに足らない安い対価だ」
「……」
カインの瞳から、光が消えた。
怒鳴りもしない。激昂もしない。ただ、静かにバルザックだけを捉えていた。
「リザ。俺の後ろにいろ」
カインがリザを背中に庇う。
バルザックは興味なさげに杖を取り上げた。
「君が楔を壊したのか。……道理で……まともに機能しないはずだ。迷惑なことだ。再調整にどれだけの手間がかかると思っている」
バルザックが杖を振るう。
詠唱はない。
この部屋全体が、あらかじめ術式を組み込まれた「迎撃要塞」なのだ。
床の魔法陣が赤く輝き、無数の火球がカインたちを取り囲むように出現する。
「排除する。……検体としても使えそうにない」
淡々とした殺害宣言。
カインはポケットから手を出し、静かに構えた。
「サンプルになどならん」
カインの周囲を、見えない風が渦巻く。




