24話 魔女の流儀
中央診療所の地下、調合室。
巨大な錬金釜が唸りを上げ、ドロドロとした紫色の液体が煮えたぎっている。
熱気と薬品の臭いが充満する中、コレットは釜の縁に手をかけ、脂汗を流していた。
「温いぞ! もっと出力上げろ!」
セレーナの怒号が飛ぶ。
彼女は机の上で複雑な術式を展開し、薬液の成分を調整しながら、同時にコレットに指示を出していた。
「制御なんぞ考えるな! お前の中にある泥水を、全部この釜にぶちまけるつもりで押し込め!」
「は、はいっ……!」
コレットは歯を食いしばる。カインの教えは「蓋をしろ」「現象になれ」だった。
それは、暴れる力を御するための、繊細な手綱さばきだ。
だが、セレーナの流儀は違う。
「燃やし尽くせ」
溢れるなら、枯れるまで出し切れ。器が小さいなら、中身を循環させて無理やり広げろ。
それは、あまりに乱暴で、しかしコレットの膨大すぎる魔力に合致した最適解だった。
「う、うあぁぁぁっ!!」
コレットが絶叫する。体内の奥底から、熱い奔流が駆け巡る。
今まで「出してはいけない」と恐れていた堰を、自ら破壊する感覚。
恐怖はある。だが、それ以上に――
(助けるんだ……!)
目の前の釜の中にあるのは、街の人々を救うための解呪薬の原液だ。
自分の力が、呪いではなく、誰かの命を繋ぐ薬になる。その事実が、コレットの背中を押していた。
ボウッ!
コレットの手から、目に見えるほどの魔力の奔流が噴き出した。
釜の液体が激しく泡立ち、紫色から透明な黄金色へと変色していく。
「……いいぞ。その調子だ」
セレーナがニヤリと笑った。眼鏡の奥の瞳が、冷静に計器を読んでいる。
「循環してるな。出した分だけ、外から新しいマナが入ってきてる。……お前、やっぱり原石だ」
呆れたような、けれど敬意を含んだ言葉。コレットは無我夢中だった。
視界が白む。意識が飛びそうだ。
ふと、胸元が熱くなった気がした。
「……あっ」
コレットが視線を落とすと、そこには信じられない光景があった。
胸元の「アズライトの栞」。
いつも赤く濁って警告を発していたその結晶が、今は見たこともないほど透き通った、深い青色に輝いていたのだ。
「これまで見た事ないくらい……青い……」
「純粋な魔力の証だ。お前が迷いなく、一点の曇りもなく力を振るっている証明だよ」
セレーナが作業の手を止めずに言った。
「あいつは、教えるのが苦手だからな。お前に教えるべき方向性と真逆のことを教えてもおかしくは無い。まあ……それも間違いではないんだが」
「あいつ……カインさんのことですか?」
コレットは栞を握りしめた。温かい。
カインはいないけれど、この光が彼と繋がっている気がした。
「……セレーナさん」
「何だ?」
「カインさんって、どんな人なんですか?」
「なぜ私にそんなことを聞く?」
ふと、聞いてみたくなった。
この人は、カインのことを知っている口ぶりだったから。
きっと知っているんだ。カインの過去も。
セレーナは手を止め、少し遠い目をした。
「……まあいい。あいつは知っての通り不器用な男だ。口は悪いし、愛想もない。自分ですべて背負い込んで、泥をかぶるのが趣味の馬鹿な奴だ。お前があいつのことを優しいと言った時は別人かと疑ったよ」
悪口のように聞こえるが、その声色はひどく優しい。
「だが、嘘はつかん。あいつが『やる』と言ったらやるし、『守る』と言ったらテコでも動かん。……世界を敵に回しても、たった一人を守り抜くような男だ」
セレーナはコレットを見て、ふっと笑った。
「大事にしてやれよ。あいつみたいなのは、もう二度と現れない絶滅危惧種だ。良くも悪くもな」
コレットは胸が熱くなった。
やっぱり、この人は知っているのだ。カインの強さも、優しさも、孤独も。
そして、そんな人が今、自分のために戦ってくれている。
「……よし、完成だ」
セレーナが釜の火を止めた。
中には、キラキラと輝く黄金色の液体が満たされている。これで、数百人の命が繋がる。
「ありがとうございます、セレーナさん! 私、急いでこれを……」
「待て」
走り出そうとしたコレットを、セレーナが呼び止めた。
「薬の配給は下の者にやらせる。お前はここに残れ」
「え? でも、カインさんが……」
「あいつなら死なん。それより、お前だ」
セレーナは歩み寄り、コレットの胸元――青く輝くアズライトの栞を指差した。
「今の感覚、忘れるなよ。お前には『治す』才能がある」
「才能……?」
「ああ。だが、ただ祈るだけじゃダメだ。イメージが足りない。構造の理解が足りない」
セレーナの瞳が、鋭く光った。
「お前が両親を救えなかったのは、魔力が足りなかったからじゃない。『人体の構造』と『修復のプロセス』を知らなかったからだ」
コレットは息を飲んだ。
痛いところを突かれた気がした。
ただ漠然と「治って」と願うだけでは、魔法は発動しない。
カインも言っていた。「建築だ」と。
「私が教えてやる。人体の仕組み、魔力の通し方、そして壊れた組織の繋ぎ方を」
セレーナは白衣を翻した。
「戦う力はないかもしれん。だが、死にかけた奴を死の淵から引きずり戻す力なら、私が叩き込んでやる。……どうする? やるか?」
それは、紅蓮の魔女からの、正式な弟子入りの誘いだった。
カインが「守る」ための盾をくれたなら、この人は「救う」ための剣をくれる。
コレットは拳を握りしめた。もう、無力なままではいたくない。
大切な人が傷ついた時、ただ泣いて見ているだけの自分とは決別したい。
「……お願いします。教えてください……先生!」
コレットは深く頭を下げた。
アズライトの栞が、決意に応えるように強く青い光を放った。




