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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第二章 紅蓮の魔女と狂気の研究者

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20話 美魔女のカルテ

 中央診療所の特別室は、薬品と羊皮紙の匂いで満ちていた。

 豪奢な調度品が並ぶ広い部屋だが、その至る所に書類の山が築かれ、床には脱ぎ捨てられた白衣や空のポーション瓶が転がっている。天才の部屋特有の、秩序ある混沌だ。


「……そこに座れ」


 部屋の主であるセレーナは、革張りの椅子を指差した。

 コレットは言われるがままに腰を下ろす。

 緊張で背筋が伸びる。目の前にいるのは、一撃で泥人形の群れを灰にした、規格外の魔法士だ。


「服を脱げ」

「えっ!?」

「診察だ。魔力の巡りを見る。さっさとしろ」


 セレーナは不機嫌そうに眼鏡の位置を直し、コレットの胸元――アズライトの栞に手を伸ばした。

 長い指先が、ひび割れた結晶に触れる。


「……なるほどな。即席にしちゃ悪くない仕事だ。だが、限界が近い」


 セレーナは引き出しから取り出した小さなハンマーで、躊躇なく栞を叩き割った。


「あっ!」

「騒ぐな。新しい器に入れ替えるだけだ」


 パリン、と音を立てて樹脂が砕け散る。

 中から現れた青い花「アズライト」は、魔力の影響で枯れることなく、瑞々しい輝きを放っていた。

 セレーナはその花をピンセットで摘み上げ、試験管のようなガラス容器に移し替えた。そして、手元のフラスコから透明な液体を注ぎ込む。


「……これを作ったのは誰だ?」


 作業をしながら、セレーナが問うた。


「え?」

「お前じゃないだろう。素人には無理だ。……樹脂を結晶化させて固める際に、微細な魔力回路を組み込んである。かなり手慣れた奴の仕事だ」


(まあ、十中八九あいつだろうけどな)


 セレーナの目が光る。

 ただの冒険者や三流魔法士にできる芸当ではないと見抜いているのだ。


「あ……カインさん、です」

「カイン?」

「はい。私と一緒に旅をしてくれている、とても凄い魔法士さんです」


 コレットは誇らしげに答えた。セレーナの手が、一瞬だけ止まる。


「……カイン、か。なるほど、今はそう名乗っているのか」

「えっ?」


 セレーナは記憶の糸を手繰るような顔をした。

 この術式の組み方、無駄を削ぎ落とした機能美、特に、あえて「樹脂」という安価な素材を選びながら、最大限の効果を引き出している点など、妙に鼻につく合理主義だ。


「どんな男だ」

「えっと……黒髪で、背が高くて。口は悪いですけど、とても優しい人です。あと……魔法を使う時、呪文を唱えません」

「…………優しい……? ……ほう?」


 セレーナの口元が、三日月形に歪んだ。


「優しい……か……くっくっくっ……」

「……???」


 セレーナは液体を満たした容器に栓をし、軽く振った。

 青い光が液体全体に広がり、以前よりも強く、澄んだ輝きを放ち始める。


「お前、名は?」

「あ……コレット、です」

「コレットか。……私はセレーナだ」


 セレーナは完成した新しい「栞」を、コレットの首にかけた。

 ひやりとした感触。

 だが、以前のものより遥かに魔力の通りが良い。体内の奔流が、スムーズに吸い上げられ、循環していく感覚がある。


「セレーナ……さん、ですか?」


 コレットは小首を傾げた。その反応に、セレーナの眼鏡の奥の瞳が、値踏みするように細められる。


「……お前、私のことを知らんのか?」

「えっと……すみません……」


 コレットは申し訳なさそうに縮こまった。

 街の人々やリザの話から「すごい人」だとは聞いていたが、具体的に何をした人なのか、いまいち顔も名前も一致していなかったのだ。


「は……」


 セレーナは乾いた笑い声を漏らし、天井を仰いだ。


「傑作だな。この大陸で私の名を知らん奴がいるとは。……どこの田舎から来た?」

「えっと……遠くの、田舎です」

「ま、いい。無知は罪じゃない。無知は可能性だ。私は……お前が羨ましいよ」


 セレーナが少し遠い目をするのをコレットは見逃さなかった。


(この人……初対面なのにどうして信用できるのか不思議だったけど……なんとなくカインさんに似てるんだ……)


 セレーナは椅子に深々と座り直し、足を組んだ。


「さて、その栞は『増幅器アンプ』兼『安定剤スタビライザー』だ。お前の垂れ流す魔力を吸って、純度を高めて循環させる。これまでの物より遥かに扱いやすく、馴染みもいいだろう。」

「あ……ありがとうございます!」

「礼には及ばん」


 セレーナは机の上の書類――山積みのカルテを指先で弾いた。


「さて、コレット。そのカインとかいう男は、お前に魔力制御を教えたと思うんだが、具体的に何を教えた?」

「えっ? あ、えっと……蓋をしろとか、現象になれとか……」

「フン、相変わらず……いや、随分と感覚的な教え方だな」


「そのやり方はお前には合わん。そいつは『抑え込む』タイプだが、お前は『溢れさせる』タイプだ。無理に止めれば壊れる」


「じゃあ、どうすれば……」

「燃やし尽くせ」


 セレーナは短く告げた。


「出し惜しみするな。制御できないなら、全部使い切れ。空になるまで吐き出せば、新しいマナが入ってくる。それを繰り返して、器そのものをデカくしろ」


 それは、カインの「最小限の力で最大の結果を出す」スタイルとは真逆の、「最大出力でねじ伏せる」セレーナ流の魔術理論だった。


「私が教えてやる。私は研究者だ。研究者は……磨けば光る原石が大好物だ。……光栄に思えよ?」


 セレーナはニヤリと笑った。

 その迫力に、コレットは思わず背筋を伸ばした。

 カインとは違う、強引で、でも頼もしい導き手だった。

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