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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第二章 紅蓮の魔女と狂気の研究者

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16話 白亜の街と、黒い熱

 重厚な城門をくぐると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 オダイ・ジニは「白亜の街」の名の通り、全ての建物が白い石灰岩で造られた美しい都市だ。

 道路は広く、整備された水路には清らかな水が流れている。

 だが、その白さが、今は死装束のように寒々しく見えた。


 通りを歩く人々は皆、口元を布で覆い、互いに距離を取って足早にすれ違う。

 活気はない。聞こえてくるのは、どこかの家から漏れる咳き込む音と、神に祈るすすり泣きだけだ。


「……うわぁ。ヤッバいね。ここ」


 リザが顔をしかめ、手で鼻を覆った。


「街全体がドロドロだよ」

「ドロドロ?」


 コレットが不安げに尋ねる。


「マナの色だよ。空気が澱んでる。……腐った沼地みたいな色だ」


 リザの『魔視』には、物理的な風景とは別の、絶望的な色彩が見えているらしい。

 カインは無言で周囲を見渡す。

 病原菌は見えないが、死の気配は肌で感じる。長居すべき場所ではない。


「目的地は」


 カインが短く問う。リザは地図を広げた。


「えっと、魔道具の材料なら『中央通り』の錬金薬局だね。一番大きな店がある」

「行くぞ。買ってすぐ出る」


 カインは迷わず歩き出した。

 コレットは胸元の栞をそっと押さえた。表面に入った亀裂は、まだ広がってはいない。

 だが、この「指標」が壊れれば、今の自分の魔力状態を目で確認できなくなる。それは、目隠しをして綱渡りをするようなものだ。

 一刻も早く直さなければならない。


          ◇


「……悪いな……在庫切れだ」


 錬金薬局の店主は、疲労困憊の顔で首を振った。

 棚は空っぽだ。薬草も、魔石も、触媒となる貴金属も、すべて消えている。


「そんな……。栞を直すには『液状化銀』と『竜の琥珀』が必要なんです。少しもありませんか?」


 コレットが食い下がるが、店主は力なく笑った。


「ないよ。全部『徴収』された」

「徴収?」

「中央診療所だ。『紅蓮の魔女』様が、流行り病の特効薬を作るために街中のあらゆる商品の在庫をかき集めたんだよ。……文句があるなら、あの人に言ってくれ」


 店主は奥へ引っ込んでしまった。

 カインはカウンターを指で叩いた。


「……マズイな」


 嫌な予感は的中した。

 必要な材料は、よりによって一番会いたくない女の手元にある。


「どうするの、おじさん? 他の店を当たる?」

「無駄だ。ここが最大手なら、他も根こそぎ持っていかれている」

「だよね〜」


 カインは店の外へ出て、街の中心を見上げた。

 小高い丘の上に、神殿のような巨大な建物が見える。中央診療所だ。

 そこから立ち上る赤い煙のような魔力光――セレーナの気配を、カインの肌はビリビリと感じていた。


「……行くしかないか」


 カインは覚悟を決めた。

 顔を合わせずに盗み出すか、あるいは変装して交渉するか。

 どちらにせよ、虎穴に入らなければ虎子は得られない。


 三人は中央広場へと向かった。

 診療所に近づくにつれ、道端に座り込む病人の数が増えていく。

 高熱に浮かされ、肌に黒い斑点が浮き出た人々。看護師たちが走り回り、必死に看病しているが、追いついていない。


「うぅ……水……」


 足元で、子供が呻いた。

 コレットがハッとして駆け寄ろうとする。


「待て」


 カインがその腕を掴んで止めた。


「触るな。感染る可能性がある」

「でも、この子……! 私、治癒魔法が使えるようになりました。試させてください!」

「無理だ。今のままじゃ殺すことになる」


 カインは冷徹に告げた。


「お前の制御はまだ未熟だ。栞という『計器』を見ながらでなければ、出力の調整もままならん。そんな状態で、他人の体内にある病巣だけを魔力で叩く? 今の未熟なお前が? ……患者ごと燃やす気か」


 コレットは息を飲んだ。

 胸元の栞を見る。白く濁り、明滅も弱々しい。

 この状態では、自分の魔力が今どうなっているのか、正確なフィードバックが得られない。

 助けたいという思いだけでは、技術不足を埋められない。


「……ねえ、おじさん」


 不意に、リザが真剣な声で呼んだ。

 彼女は「魔視」で、苦しむ子供をじっと凝視している。


「これ、病気じゃないよ」

「なに?」

「ウイルスとか、毒じゃない。……これ、『呪い』だ」


 リザの言葉に、カインの目が鋭くなった。


「どういうことだ」

「見えるんだよ。この子の体に、黒いヒルみたいなマナがへばりついてる。それが生命力を吸い取って、熱に変えてる」


 リザは広場を見渡した。

 そこかしこに横たわる病人たち。その全員に、同じ「黒いヒル」が見える。


「街全体が、巨大な『吸血術式』の中にいるみたいだ。……これは自然発生したものじゃない。誰かが意図的に撒いた、悪意ある魔術だよ」


 人為的な災厄。

 その言葉が落ちた瞬間、診療所の扉が開き、怒号が響いた。


「奥へ運べ!」


 燃えるような赤髪を靡かせ、白衣のようなローブを纏った女が現れた。

 眼鏡の奥に光る鋭い眼光。圧倒的な存在感。

 『三強』の一角、セレーナだ。

 彼女は担架で運ばれてきた重症患者に駆け寄り、その額に乱暴に手をかざした。


「チッ、進行が早すぎる。……魔力が足りてないな。マナポーションが必要か」


 男顔負けの荒っぽい口調。

 だが、その手つきは的確で、何より必死だった。

 カインは建物の影に身を隠し、その姿を見つめた。


(……相変わらずだな)


 変わっていない。

 口は悪いが、誰より熱く、目の前の命に執着する女。

 だが、そのセレーナでさえ、この「黒い熱」には手を焼いているようだった。彼女の炎は物理的な浄化には強いが、呪いのような搦手は専門外だ。


「……カインさん」


 コレットが服の裾を引いた。

 彼女の視線は、セレーナではなく、苦しむ人々に向いている。

 何もできない悔しさと、誰かがこの街を食い物にしていることへの怒り。


「私……許せません……」


 彼女は言った。

 助けたいとは言わなかった。だが、その瞳は明確に、この理不尽な災厄と戦う意志を宿していた。


「……そうだな」


 カインは小さく吐き捨て、セレーナの目が届かない裏口へと足を向けた。

 薬師の街を蝕む悪意。

 それと対峙するには、まずは足場を固めなければならない。


(……胸糞悪い)


 カインの瞳の奥に、静かな怒りの色が灯る。

 人為的な呪い。誰かがほくそ笑んでいる気配がする。

 それは、カインが最も嫌う「命の冒涜」の臭いだった。

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