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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第十章 聖女の動乱

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150話 夜明け

「……ノエル……!」


 シオンは腕の中の妹を抱きしめ、涙を流した。

 少女の胸は、微かに、けれど確かに上下している。呪縛から解き放たれた命の鼓動。


「よかった……本当によかった……」


 リザがへたり込み、安堵の息を吐く。

 だが、感傷に浸る時間は残されていなかった。


 ゴゴゴゴゴゴ……!!


 地底から響く地鳴りが、轟音へと変わる。

 魔力供給を断たれた聖樹が枯死し、急速に炭化していく。それを支柱としていた地下空間、そしてその上に立つ白亜の塔が、バランスを失って崩落を始めたのだ。


「まずいぞ! ここが潰れる! 脱出だ!」


 ザックが叫ぶ。天井から巨大な瓦礫が降り注ぐ。


「アトス!」


 セレーナがカインの腕を引く。

 だが、カインの足は動かなかった。特異点の力を使いすぎた代償で、全身の細胞が悲鳴を上げ、神経が焼き切れている。


「……悪い。……足が、動かん」


 カインが自嘲気味に笑う。瓦礫の一つが、カインの頭上へ落下してくる。


「――させませんッ!」


 コレットが飛び出し、【アズライトの栞】を掲げた。

 即座に展開された防壁が、岩塊を弾き飛ばす。


「私が運びます! 先生、反対側をお願いします!」

「ええ!」


 コレットとセレーナがカインを左右から支え、引きずるようにして走り出す。

 シオンもノエルを抱きかかえ、リザの手を引いて駆け出した。


「こっちだ! 俺たちが掘った脱出坑道がある!」


 ザックが先導する。

 迷路のような地下通路を、瓦礫を避けながら疾走する。

 背後で、聖樹の間が完全に崩落し、土砂に埋もれていく音が聞こえる。轟音と粉塵が、すぐ後ろまで迫っている。


「くっ……!」


 逃げる先でも、天井が崩れ、退路を塞ごうとする。

 カインが反射的に手をかざそうとした。最後の力を振り絞り、道を開こうとして――。


「だめです!!」


 コレットが叫び、カインの手を押さえつけた。

 その瞳は、叱責するように、けれど慈愛に満ちていた。


「カインさんは休んでて! ……ここは、私が!」


 コレットが前に出る。彼女の背中から、桜色の光――ルビィが飛び出した。


「みんなー!! お願い、私たちを守って!」

『まかせてー!』


 ルビィの声と共に、無数の光の精霊たちが集まり、頭上に輝くドーム状の結界を展開した。

 降り注ぐ岩塊が、光の盾に弾かれる。ただ防ぐだけではない。精霊たちが瓦礫を押し返し、強引に道を作り出していく。


「……はは……こりゃ……いいな……」


 カインが力なく笑う。

 かつて守られるだけだった少女に、今は自分が守られている。

 彼女は今、英雄を守る盾となり、道を切り開く希望となっている。


「出口だ! 光が見えるぞ!」


 ザックの声。前方に、地上へと続く梯子と、微かな外光が見えた。


「急げ! 一気に抜けるぞ!」


 一行は最後の力を振り絞り、梯子を駆け上がった。

 全員が地上へ飛び出した直後。


 ズズズ……ドォォォォォォン!!!


 背後で、聖教自治区の象徴であった「白亜の塔」が、土煙を上げて崩れ落ちた。

 美しい巨塔は瓦礫の山となり、歪んだ秩序の終わりを告げる墓標となった。


「はぁ……はぁ……」


 全員がその場に倒れ込む。傷だらけで、血まみれで、息も絶え絶えだ。

 だが、生きていた。

 空を見上げると、厚い雲が割れ、東の空から朝日が差し込んできていた。

 夜が明ける。長い長い、戦いの夜が。


「……ん……」


 シオンの腕の中で、小さな声がした。

 ノエルが、うっすらと目を開けたのだ。


「……おにい、ちゃん……?」

「ノエル……!」


 シオンの声が裏返る。


「……ここ、どこ? ……お兄ちゃん、泣いてるの?」


 ノエルが弱々しく手を伸ばし、シオンの頬に触れた。その手は温かかった。


「……ごめん。ごめんね、ノエル……! 遅くなって、ごめん……!」


 シオンは妹を抱きしめ、子供のように泣きじゃくった。

 騎士としての仮面も、強がりも捨てて。ただの兄として。


「……よかったね、シオン」


 リザが優しく微笑み、シオンの頭を撫でた。

 その光景を、カインは薄れゆく意識の中で見つめていた。


(……守れた、か)


 リザの笑顔。コレットの無事。そして、この国の未来。

 代償は大きかったが、得たものもまた、大きい。


「……カインさん?」


 コレットが心配そうに顔を覗き込む。朝日に照らされた彼女の顔は、女神のように美しかった。


「……ああ。……ちょっとだけ、眠いな」


 カインは目を閉じた。

 泥のように重い疲労感が、心地よい眠りへと誘う。その手は、コレットの手をしっかりと握ったままだった。


 聖教自治区に、新しい朝が訪れる。

 それは、彼らの旅の、一つの終わりと始まりを告げる朝だった。

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