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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第十章 聖女の動乱

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149話 聖樹の慟哭

 ズズズズズ……ッ!!


 地底から響く不吉な振動が、聖都全体を激しく揺さぶっていた。

 ギデオンが倒れたことで制御を失った「聖樹」が、飢餓状態に陥り、都市そのものを喰らおうと暴走を始めたのだ。

 空を覆っていた結界が赤黒く変色し、地面の至る所から巨大な樹の根が噴出してくる。


「……ッ、ノエル……!」


 広場の端。

 リザの腕の中で気を失っていたシオンが、弾かれたように目を開けた。

 傷だらけの体。血は止まっていない。だが、彼はリザの制止を振り切り、ふらつきながら立ち上がった。


「シオン! 無理だよ、そんな体じゃ!」

「行かなくちゃ……。ノエルが……呼んでる……!」


 兄としての本能が、肉体の限界を凌駕していた。彼は足を引きずりながら、カインたちの元へ駆け寄る。


「……地下だ! ノエルの装置が暴走している!」


 シオンの悲痛な叫び。

 妹を救わなければならない。だが、地下への入り口は暴れ狂う樹の根によって塞がれつつあった。


「行くぞ。……道は俺がこじ開ける」


 カインがふらつきながら立ち上がる。

 全身血まみれで、立っているのが不思議なほどの重傷だ。背中の排出口ベントからは、まだ煙が上がっている。


「だめです!」


 コレットがカインの体を支える。


「これ以上力を使ったら、カインさんの体が壊れちゃいます!」

「みんなを死なせる訳には行かない」


 カインが腕を振るおうとした時、横から小さな手が伸びてきた。リザだ。

 彼女はカインの手をギュッと握り、真っ直ぐに見上げた。


「カインは休んでて。……道案内なら、私がやるから」

「リザ……?」

「私の『魔視マナ・サイト』なら、この暴走したマナの隙間が見える。ねぇ! シオン! 私を抱えて走れる?」


 リザがシオンを振り返る。シオンは痛みに顔を歪めながらも、力強く頷いた。


「もちろん!」

「よし! コレットはカインをお願い! みんな、私についてきて!」


 リザの瞳が茜色に輝く。

 混沌とした瓦礫と根の迷路の中に、一本の「安全なライン」が鮮明に浮かび上がる。


「こっち! 右の隙間!」


 リザの指示に従い、シオンが先陣を切る。カインはコレットに肩を借り、歯を食いしばって後に続いた。


          ◇


 地下施設。そこは地獄と化していた。

 暴走した聖樹の根が部屋中をのた打ち回り、あらゆるものを破壊している。


「キリがないな」


 先行していたセレーナとザックたちは、部屋の隅で防戦一方だった。セレーナが炎で根を焼き払い、ザックが大剣で叩き切るが、再生速度が早すぎる。


「先生! ザックさん!」


 コレットの声が響く。


「おお、来たか! ……カイン! お前その体……!」


 セレーナがカインの惨状を見て息を呑む。だが、カインはニヤリと笑った。


「……死にぞこないさ。それより、状況は?」

「最悪だぜ! あの中央の『聖櫃』……ノエルちゃんが取り込まれかけているぜ!!」


 ザックがガラスケースを指さす。

 部屋の中央。

 ガラスケースはひび割れ、聖樹の根がノエルの体に直接絡みつき、急速に生命力を吸い上げている。

 少女の顔は土気色になり、もはや虫の息だ。


「ノエル!!」


 シオンが悲鳴を上げて飛び出そうとする。

 だが、巨大な根が壁となって立ちはだかる。


「どけぇぇぇッ!!」


 シオンが神聖術を放つが、根は再生し、さらに数を増して襲いかかる。物理も魔法も、圧倒的な質量で押し潰そうとしてくる。


「……俺がやる」


 カインが前に出た。

 最後の力を振り絞り、特異点を解放しようとする。この広大な地下空間ごと、聖樹を消滅させる一撃。それを使えば、カインの命も尽きるかもしれない。


「お前はいつもそうだな」


 セレーナがカインの前に立った。

 彼女は懐から数本の魔力ポーションを取り出し、一気に飲み干す。致死量に近いドーピング。


「いつもそうして、一人でなんでもしようとする」


 セレーナは手首に巻いていた、古びた髪紐を解いた。

 それは15年前、親友から贈られた大切な宝物。彼女は慣れた手つきで赤い髪を束ね、ポニーテールにする。


「今ここには……私がいるんだから、頼れバカ」

「セレーナ……」

「……それとも……私って、そんなに頼りないかな? アトス」


 振り返ったセレーナの表情は、どこかあどけなく、15年前の少女のようだった。

 彼女は前を向き、全魔力を解放する。


「私の……全てを……。……ううん。足りない」


 相手は暴走する聖樹。都市の魔力を吸い上げた怪物だ。一人の魔女の命を燃やしても、止められるかどうか。


 セレーナのポニーテールが揺れる。彼女は目を閉じ、心の中で呼びかけた。


(ねぇ……フレデリカ。少しだけ、力を貸してくれない?)


 もう会えない、最愛の親友。

 けれど、何故か今なら届く気がした。


(もし、私の声が聞こえてたら……ほんの少しだけ、私に力を貸して。お願い)


 セレーナは自身の頬が火傷するほどの炎魔法を、最大出力で展開する。命を削る紅蓮の炎。


          ◇


 場所は変わり、遠く離れた街道。

 ガタゴトと揺れる馬車の中で、ジークは盛大にぼやいていた。


「はぁ〜……不眠不休で探したのに、結局精霊王に会うどころか、妖精郷にすら行けねぇんだもんなぁ……」

「動機が不純すぎるのよ。邪すぎて、見透かされて拒絶されただけでしょ」


 隣に座るエレナが呆れたようにツッコミを入れる。

 その時。


 キィィィ………ン……。


 耳鳴りのような、けれど懐かしい波動がエレナの胸を打った。


「!!」


 エレナがハッとして顔を上げる。そして、両手を組み、祈り始めた。


「えっ! 怖っ! なに!? いきなり何!? やば!! えっ!?」


 ジークがビクリとのけ反る。突然無言で祈り出した相棒の奇行に、流石の英雄も困惑気味だ。


「う、うっさいわね! ちょっと黙っててよ!」


 エレナは頬を赤らめ、ジークを一喝する。

 そしてまた、静かに祈る。


 ――聞こえた気がした。

 懐かしい声。

 大好きな人が……私に「助けて」って言った声が。


(……届いて。私の魔力いのち


          ◇


 地下施設。セレーナの炎が、爆発的に膨れ上がった。


「……!」


 セレーナは目を見開く。

 自分の中の魔力ではない。どこか遠くから、温かくて優しい光が流れ込んでくる。金色に輝く、懐かしい魔力。


「……これなら、いける……!」


 セレーナは手を大きく突き出した。


「コレット! 私の全魔力を出すから! 精霊魔法で、あいつの動きを『固定』して!」

「はいっ!」

『ほいほいさー!』


 コレットが【アズライトの栞】を掲げる。ルビィが光となってセレーナの杖に宿る。

 炎と水。相反する二つの属性を、師弟の絆と、遠く離れた親友の祈りで強制的に融合させる。


「――合成魔法『氷炎のクリスタル・コフィン』!!」


 セレーナとコレットが同時に放つ。

 絶対零度の氷と、焼き尽くす炎が螺旋を描き、暴れる聖樹の根を包み込んだ。熱膨張と収縮の檻。

 聖樹の動きが、一瞬だけピタリと止まる。


「今だ!」


 カインが叫ぶ。道が開いた。


「行こう、シオン!」


 リザがシオンの手を引く。彼女の『魔視』が、聖櫃に絡みつく根の「魔力供給点(急所)」を捉えていた。


「あそこ! あの赤い光の筋を断ち切って!」

「はいッ!!」


 シオンが飛ぶ。

 傷だらけの体で、リザに導かれ、迷いなく聖櫃へと肉薄する。

 折れた剣に、ありったけの祈りと魔力を込める。


「返してもらうぞ……僕の大切な妹を!!」


 一閃。

 光の刃が、ノエルを縛る呪いの根を両断した。


 パリーン!!


 ガラスが砕け散り、聖櫃が機能停止する。

 シオンは崩れ落ちてくるノエルを、しっかりと腕の中に抱き止めた。


「……ノエル……!」


 少女の胸が、微かに、けれど確かに上下している。生きている。

 魔力の供給が断たれた聖樹が、断末魔のような震動を上げ、急速に枯死していく。


「……やったな」


 カインはその場に膝をつき、安堵の息を吐いた。視界が暗転する。限界だった。


「カインさん!」


 コレットが慌てて支える。その手から、温かい治癒の魔力が流れ込んでくる。


「……死なせません。絶対に」


 コレットが泣きそうな顔で、けれど力強く宣言する。

 コレットも、カインも、セレーナも、リザも、シオンも、ザックも。

 全員がボロボロで、けれど、誰一人欠けることなく、彼らはこの死地を乗り越えた。

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