148話 砕かれる理
カインが地面を蹴る。身体の耐えられる限界まで魔力を爆発させ、彼の身体を極限まで加速させる。
全身から血が噴き出すが、カインは止まらない。
「無駄だ!」
ギデオンが聖剣を振るう。だが、その軌道上に、光の粒子が舞った。
『させない!』
ルビィの声と共に、コレットが【アズライトの栞】を掲げる。
「精霊魔法――『風の回廊』!」
ギデオンの剣閃に対し、風の精霊たちが局所的に気圧を操作し、見えない壁を作り出す。
聖剣は魔力を斬るが、それによって生じた「風そのもの(物理現象)」までは消せない。
刃がわずかに逸れる。
「……ぬ!?」
ギデオンの懐に、カインが潜り込む。
コレットがカインの背中に手をかざす。
【水の精霊石】の記憶を宿した栞が輝き、カインの体内で暴れ回る特異点のエネルギーを、一瞬だけ整流・循環させる。
それは、壊れた回路の代わりとなる、コレットとルビィによる「外部補助回路」。
「う、オォォォォォッ!!」
カインの右腕に、かつてない密度の魔力が収束する。
術式ではない。純粋な破壊の塊。
「貴様らァァァッ!!」
ギデオンが咆哮し、鎧の出力を最大にする。
『対魔断絶の法衣』が黒い光を放ち、あらゆる魔力を拒絶する鉄壁となる。
個人の想いなど通じない。システムによる絶対防御。
だが、カインは拳を引かなかった。
「……理屈で語れる魔法は、もう卒業したんでな」
カインが踏み込む。その一歩が、広場の石畳を粉砕する。
「守るために切り捨てるのが『秩序』だと言うなら……そんな理ごと、俺が砕く!!」
カインの拳が、ギデオンの聖剣ごと、胸の鎧を撃ち抜いた。
ドゴォォォォォォォォン!!!
閃光。
そして、世界が割れるような衝撃音。
ギデオンの目が見開かれる。
絶対のはずの聖剣に亀裂が走り、断絶の鎧が飴細工のように砕け散っていく。
「馬鹿、な……。魔法無効化を……力技で……!?」
「言っただろう。……お前をぶっ飛ばしにきたと」
カインが拳を振り抜く。
ギデオンの巨体が、砲弾のように吹き飛ばされた。彼は広場の噴水塔に激突し、瓦礫の中に沈んだ。
「はぁ……はぁ……ッ」
カインはその場に膝をついた。右腕の感覚がない。骨が砕け、筋肉が断裂している。
背中の回路も限界だ。意識が飛びそうになる。
「カインさん!」
コレットが駆け寄り、カインを支える。ルビィが心配そうにカインの顔を覗き込む。
「……終わった、のか……?」
カインが顔を上げる。
瓦礫の山から、ギデオンがふらりと立ち上がった。
鎧は砕け、聖剣も折れている。満身創痍だ。
だが、その瞳から戦意は消えていた。
「……見事だ」
ギデオンは折れた剣を捨て、力なく笑った。
「システムが……個人の想いに負けたか。……皮肉だな」
ギデオンはその場に崩れ落ちた。秩序の怪物は倒れた。
広場に静寂が戻る――はずだった。
ズズズズズ……ッ!!
不吉な地鳴りが、都市全体を揺るがした。
「……なんだ!?」
カインが振り返る。振動源は、白亜の塔の地下。シオンの妹、ノエルがいる場所だ。
「……馬鹿な。制御装置が……!」
倒れていたギデオンが顔色を変える。
彼が倒れたことで、地下の聖樹システムを管理していた術式が解除され、暴走を始めたのだ。
「ま、ずい……! 聖樹が……飢えている……! このままでは、都市の魔力を全て吸い尽くして……自爆するぞ!」
「……なんだと!?」
カインが空を見上げる。
都市を覆っていた結界が、赤黒く変色し始めていた。聖樹が、ノエルだけでなく、この都市に生きる全ての生命を燃料として喰らい尽くそうとしている。
「……コレット。行こう……」
カインは立ち上がろうとして、よろめいた。足が動かない。
「カインさん! 無理です! もう体が……!」
「……俺が行かなきゃ、誰が止める」
カインはコレットの手を借りて、無理やり体を起こした。
「これを片付けて、帰ろう」
「……そうですね……」
コレットは肩を貸し、カインを支えた。
二人は揺れる広場を後にし、暴走する地下深くへと向かう。




