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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第十章 聖女の動乱

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147話 秩序の鎧

 ドンッ!!


 カインが足元に、爆発的な魔力を叩きつけた。

 それは魔法ではない。制御されずに溢れ出した純粋なエネルギーの奔流だ。

 カインはその反動を利用し、砲弾のようにギデオンへ突っ込んだ。


「……無駄だ」


 聖剣『沈黙』が閃く。最小限の動き。感情の乗らない、機械的な迎撃。

 カインは止まらない。目前で身を屈め、足元に転がっていた装飾過多な剣――気絶した枢機卿イグナティウスが落とした儀礼剣を拾い上げる。


 ガギィンッ!!


 火花が散る。カインは聖剣の一撃を、拾った剣で受け止めていた。


「……魔法士が、剣士の真似事か?」


 ギデオンが眉をひそめる。

 魔法を無効化する鎧と剣を持つ自分に対し、物理で挑むこと自体は合理的だ。だが、付け焼き刃の剣技で聖騎士団長に通じると思ったのか。


「……俺は元騎士だ。剣の心得はある」


 カインは剣を握り直し、切っ先をギデオンに向けた。その構えは、重心が低く、無駄がない。


「それに……俺の剣の師は、『剣聖ジーク』だぞ」


 カインが踏み込む。ただの突きではない。

 足裏で魔力を炸裂させ、その推進力を乗せた超高速の刺突。


「ほう」


 ギデオンが剣を払う。だが、カインは手首を返し、払われた勢いを殺さずに回転斬りへと繋げた。流れるような連撃。


「良い腕だ。言うだけはある」


 ギデオンの瞳に、わずかに戦士としての色が宿る。

 聖剣と儀礼剣が激しく打ち合う。カインは、剣技の技量ではギデオンに劣る。

 だが、特異点から溢れる魔力を身体強化と推進力に変換し、無理やり速度と重さを底上げして食らいついていく。


「だが、借り物だ!」


 ギデオンが剛剣を振るう。カインは受け流そうとするが、重さが違う。

 儀礼剣にヒビが入る。衝撃がカインの腕を駆け抜け、ただでさえボロボロの血管を食い破る。


「ぐっ……!」


 カインの顔が歪む。

 動くたびに体が壊れていく。

 全身から煙が上がっていた。過剰な魔力による体温上昇と、限界を超えた身体強化の代償。皮膚が焼け、血管が悲鳴を上げている。


「貴様のような不確定要素バグは、世界に不要だ」


 ギデオンが剣を構え直す。殺気はない。あるのは、掃除を行うような事務的な義務感のみ。


「20年前……辺境の村で起きた事例と同じだ」


 ギデオンの声は、氷のように冷たく、静かだった。

 それは自身の過去の悲劇を語っているはずなのに、まるで他人の報告書を読み上げているかのように淡々としていた。


「『英雄』と呼ばれた魔法士たちが、魔獣討伐のために広域殲滅魔法を行使した。避難も終わっていない村ごとな。……結果、魔獣は排除されたが、住民は全滅した。私の妻も、娘もな」

「……」

「彼らは言った。『多少の犠牲はあったが、国は守られた』と。……彼らにとって、持たざる者の命はただの数字でしかなかった」


 ギデオンが踏み込む。その剣速は、先ほどまでとは桁違いだった。

 激情ではない。研ぎ澄まされた使命感が、刃を不可視の領域へと加速させる。


「感情で振るわれる力は、世界を歪める。故に私は誓った。『力』はシステムによって管理されねばならないと」

「……ッ!」


 カインは足元の岩盤を魔力で粉砕し、強引に軌道を変えて刃を回避する。だが、ギデオンの剣技はそれを先読みしていた。


 ザシュッ!


 カインの肩が斬り裂かれる。鮮血が舞う。


「個人の感情で世界が書き換えられることなど、あってはならない。……貴様は排除する。それが『秩序』だ」


 ギデオンの猛攻。カインは防戦一方となる。

 剣で受け止めるたびに、衝撃で骨が軋み、肉が裂ける。背中に刻まれた回路が限界を超えて熱を発し、カインの命を削っていく。


 パキィンッ!!


 ついに、カインの持っていた儀礼剣が砕け散った。


「ぐ、ぅ……ッ!」


 カインが膝をつく。限界だ。

 視界が霞む。背中の回路が焼き切れそうだ。武器を失い、満身創痍の状態で、目の前には無傷の聖騎士団長。


「終わりだ、カイン」


 ギデオンがカインを見下ろす。その瞳は、深海のように暗く、静かだった。

 聖剣が高々と振り上げられる。カインにはもう、避ける力も、弾く魔力も残っていない。


(……魔法がなければ……俺はこんなものか……)


 ギデオンの剣が振り下ろされた。


 だが。


 ガギィィィィィンッ!!


 硬質な音が響き、処刑の刃が止まった。

 カインの首を断つ寸前で、何かが割り込んだのだ。


「……む?」


 ギデオンの無表情が、初めて微かに動く。

 目の前には、小さな背中があった。

 震える足で大地を踏みしめ、両手を広げて立ち塞がる少女。


「……コレット……?」


 コレットが、そこにいた。

 彼女の周囲には、青白い光の障壁が展開されている。だが、ただの魔法障壁ではない。

【アズライトの栞】と【水の精霊石の残滓】、そしてルビィと彼女自身の命を削るほどの魔力を注ぎ込んだ、絶対拒絶の盾。


「……退け。娘」


 ギデオンが低い声で告げる。聖剣が障壁に食い込み、ミシミシと音を立てる。

 術式を斬り裂く剣だ。コレットの障壁など、紙同然のはずだった。

 だが、割れない。


「どきません……ッ!!」


 コレットが叫ぶ。鼻から血が流れる。魔力の負荷が限界を超えている。それでも彼女は引かない。


「カインさんは……災害なんかじゃない……!」


 コレットの瞳が、ギデオンを射抜く。そこには、かつての怯える少女の面影はない。


「私の世界に……泥だらけで現れて、私を救ってくれた……たった一人の、英雄です!!」

「……コレット……」


 カインの胸が熱くなる。

 あの日、自分が言った言葉。『俺は英雄なんかじゃない』

 それを否定し、彼女は言った。『これからは、私があなたを守る』と。


「指一本、触れさせません!!」


 コレットの絶叫と共に、アズライトの栞が爆発的な輝きを放った。

 精霊たちの力が集束し、ギデオンの聖剣を押し返す。


「……」


 ギデオンがたじろぎ、わずかに後退する。

 魔法を無効化するはずの男が、少女の「想い」という理屈の通じない力に押されたのだ。

 彼は剣を引き、油断なく構え直した。もはや彼女を、ただの障害物ではなく、排除すべき敵として認識した証だった。


 コレットは肩で息をしながら、振り返らずに背中で語った。


「……カインさん。立ってください」


 その声は震えていたが、力強かった。


「一緒に、リザちゃんを迎えに行くんですよね? 何で勝手に諦めているんですか?」


 カインは、血に濡れた手で地面を掴んだ。

 体の痛みなど、もうどうでもよかった。この小さな背中に守られて、寝ていられるわけがない。


「……信じて待ってたんだよ。お前が助けに来てくれるって」


 カインは立ち上がった。ふらつく足で、コレットの隣に並ぶ。

 ボロボロの二人。だが、その並び立つ姿は、どんな聖騎士よりも気高く見えた。


「遅かったなコレット。お前に見せ場を残す前に俺が倒してしまうところだったぞ」

「これでも大急ぎで来たんです!」

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