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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第十章 聖女の動乱

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145話 白銀の反逆者

 聖騎士団長ギデオンが、漆黒の聖剣を引き抜く。

 その殺気だけで、広場の空気が凍りついたようだった。

 腰を抜かしている枢機卿イグナティウスが、這いつくばってギデオンに縋り付く。


「ギ、ギデオン! やってしまえ! この裏切り者を殺せ! わしに剣を向けたのだぞ!」


 ギデオンは冷ややかな目で足元の老人を見下ろした。


「……醜いな」

「え?」

「神の威光を借りてしか吠えられぬ犬め。……貴様の役目は終わった」


 ギデオンが腕を振るう。

 剣閃は見えなかった。

 ただ衝撃波だけでイグナティウスが吹き飛び、広場の端まで転がっていき、気絶した。


「……さて」


 ギデオンはシオンに向き直る。

 邪魔者は消えた。あとは粛正のみ。


「来い、シオン。私が教えた剣と魔法、どこまで通用するか試してやる」


 圧倒的な余裕。

 シオンは震える手を抑え、剣を構えた。

 勝てるはずがない。この人は化け物だ。

 けれど、背中にはリザがいる。


「……リザさん。僕の目になってください」


 シオンが小声で告げる。


「え?」

「僕の力だけでは、あの方には届かない。……あなたの『魔視』で、あの方の隙を見つけてほしいんです。あなたの指示通りに動きます」


 命を預けるという宣言。

 リザは唇を噛み締め、強く頷いた。


「……分かった! 任せて!」


 リザの瞳が茜色に輝く。

魔視マナ・サイト』全開。

 ギデオンの強大なマナの流れ、筋肉の収縮、そして聖剣に纏う「魔力切断」の波動が、情報となってリザの脳に流れ込む。


「来るよ! 右薙ぎ払い!」


 リザの叫びと同時、ギデオンが踏み込んだ。

 シオンは思考するよりも速く、左へ跳ぶ。直後、彼がいた空間を黒い斬撃が切り裂いた。


「ほう」


 ギデオンが眉を上げる。

 回避されたことに驚いたのではない。シオンが「見る前」に動いたことに感心したのだ。


「次は突き! 左肩!」

「はっ!」


 シオンが体を捻る。聖剣が法衣を掠める。

 回避と同時に、シオンは光の刃を放つ。


聖光刃ホーリー・エッジ


「温い」


 ギデオンは剣を一閃させ、魔法を霧散させる。

 だが、その霧散した光の影から、シオンが肉薄していた。


「ここだっ!」


 シオンの剣が、ギデオンの喉元へ走る。

 ギデオンは最小限の動きでそれを弾くが、シオンは止まらない。

 リザのナビゲートに従い、流れるように連撃を繰り出す。


「足元! バックステップ!」

「上! 伏せて!」


 シオンとリザの声が重なる。

 二人の呼吸が完全にシンクロしていた。

 孤独だった少年と少女が、互いを信じ、補い合うことで生まれた奇跡の連携。


「……いいだろう」


 ギデオンの瞳が細められた。

 彼は剣を大上段に構える。

 周囲のマナが、彼の剣に吸い込まれていくような圧迫感。


「リザさん、どこですか! 隙は!」

「……ない! 隙がないよ! 全身が完璧な防御壁みたいになってる!」


 リザが悲鳴を上げる。

 防御の隙がないなら、こじ開けるしかない。


「僕が……作ります!」


 僕には……何も無い。

 ノエルを守るという使命しか。

 誰からも求められず、誰からも認められず、誰からも……見てもらえず。

 今更、変わりたいなんて都合のいいことは言わない。

 言えない。僕は、それだけの罪深い存在だ。

 だけど……この少女を……リザさんを……守りたいってワガママのひとつくらいは……突き通したって、良いだろうッ!!


 僕の心が叫んでるんだ! 僕は今……誰かの……。

 彼女のヒーローになりたいって!!


 シオンは全ての魔力を剣に注ぎ込んだ。

 自身の命すら燃料に変える、決死の一撃。


「おおおおおおッ!!」


 シオンが突っ込む。

 ギデオンの聖剣が振り下ろされる。

 魔法を斬る剣と、魔法を纏った剣の激突。


 パリンッ!!


 砕けたのは、シオンの剣だった。

 魔力ごとかき消され、刀身が半ばから折れ飛ぶ。

 ギデオンの刃が、シオンの肩を深々と切り裂いた。


「ぐ、あッ……!!」

「シオン!!」


 シオンが血飛沫を上げて膝をつく。

 勝負あり。

 だが。


「……む?」


 ギデオンが頬に熱さを感じて手をやった。

 指先に、赤い血が付着している。

 シオンの折れた刃の切っ先が、わずかにギデオンの頬を掠めていたのだ。


「……届いたか」


 ギデオンは、血のついた指を見つめ、低く呟いた。

 無傷で終わるはずだった。

 だが、未熟な弟子と、魔眼の少女の連携が、最強の騎士に一太刀浴びせたのだ。


「……見事だ。だが、これで終わりだ」


 ギデオンは無慈悲に剣を振り上げる。

 シオンは動けない。

 リザがシオンに覆いかぶさる。


「やめてぇぇぇッ!」


 死の刃が振り下ろされる。

 その時。


 ガギィィィィィンッ!!


 重厚な金属音が広場に轟いた。

 ギデオンの聖剣が、何かに阻まれて止まっている。

 それは、ボロボロのコートを纏った男の、鋼鉄のような「拳」だった。

 衝撃波を纏った拳が、聖剣を側面から殴りつけ、軌道を逸らしたのだ。


「……リザを助けてくれて、ありがとう。お前が守ってくれなきゃ間に合わなかった」


 カインが、シオンとリザを背に庇い、ギデオンを睨みつける。

 その瞳は、修羅のように滾っていた。


「ここからは俺の喧嘩だ」

「……あなたは……」


 ――ああ……。かっこいい。僕がなりたいヒーローって……こういう人だ。

 羨ましいな。かっこいいな……。なりたいな……。


 シオンが安堵で意識を失いかける。

 リザがシオンを抱きかかえ、泣きながらカインを見上げた。


「カイン……! ぶちかましてよ!! 私だって……こいつら許せないから!!」

「任せとけ、お姫様」


 カインはニヤリと笑い、そして目の前の天敵に向き直った。

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