13話 野良猫の枷
事後処理は、呆気ないほど淡々と進んだ。
カインの通報を受けた衛兵隊が倉庫街へなだれ込み、気絶していた『赤蛇』とその手下たちを芋づる式に拘束したのだ。
長年、この街の暗部を牛耳っていた裏ギルドは、たった一夜にして壊滅した。たった二人の少女の手によって。
――そして、夜が明けた。
宿場町リベの路地裏に、朝の光が差し込んでいる。
リザは、廃教会の瓦礫に腰掛け、その光景を眺めていた。
目の前では、解放された子供たちが、カインが置いていった金で買ったパンを夢中で頬張っている。
「……んぐ、おいしい! リザねえちゃんも食べなよ!」
「私はいいからいっぱい食べな」
一番年下の少年に笑いかけ、リザは小さく息を吐いた。
その視線は、子供たちの姿を通して、二年前の記憶をなぞっていた。
リザは一箇所に留まるのが苦手な性分だ。
幼少期から染み付いた、逃げ出したいという本能によるところも大きいが、生まれ持った『魔視』の影響はそれ以上に重かった。
人の嘘や悪意が「色」として見えすぎてしまう。
だから、特定の誰かと深く関わることを避け、風のように街から街へと渡り歩いてきた。この宿場町リベも、ただの通過点のはずだった。
あの日。
路地裏で、痩せこけた泥だらけの少年――今のリーダー格であるトトが、リザの財布を盗もうとした。
リザは当然、すぐに気付いて腕を捻り上げた。いつもなら、小突いて追い払って終わりだ。
だがその時、トトの目を見てしまった。
『……妹が、腹減らして死にそうなんだ』
嘘の色はなかった。
気まぐれでついて行った先には、崩れかけた廃教会と、寄り添って震える数人の子供たちがいた。
親に捨てられた子、流行り病で孤児になった子。社会から弾き出された「ゴミ」として、誰にも見向きもされない命たち。
そこにいる全員が、見た事のない目をしていた。
そして、そこに現れたのが『赤蛇』だった。
彼らは子供たちを拾うふりをして、奴隷として売り飛ばすための「在庫」として管理していたのだ。
『おい、そこの女。お前、いい目をしてるな』
赤蛇は、通りすがりだったリザにも目をつけた。
リザの実力なら、一人で逃げることは容易かった。
風のように去ればいい。見なかったことにして、次の街へ行けばいい。今までそうやって生きてきた。
でも。
トトが、リザの服の裾を掴んで離さなかった。
助けて、とは言わなかった。ただ、必死に震えながら、縋り付いてきた。
気がつけば、リザは赤蛇に啖呵を切っていた。
『この子たちは私の身内だ。手出しするならタダじゃおかないから』
『ほう? なら、場所代を払ってもらおうか』
それが、地獄の始まりだった。
リザは子供たちを守る盾となり、その代償として法外な上納金を背負わされた。スリや空き巣、情報の横流し。
汚い仕事に手を染め、稼いだ金のほとんどを赤蛇に吸い上げられる日々。
何度も逃げようと思った。
夜中にこっそりと荷物をまとめ、寝静まった子供たちの寝顔を見て、「ごめんね」と呟いた夜がいくつもあった。
けれど、その度に足が止まった。自分がいなくなれば、この子たちは明日には売り飛ばされる。その想像が、リザの足をこの街に縫い止めていた。
(……長かったなぁ)
リザは自分の掌を見つめた。カインに掴まれた手首が、まだ少し痛む。
あの男は言った。「俺を利用しようとしたな」と。その通りだ。リザは心が汚れていた。子供たちを守るためなら、他人を犠牲にしてもいいとさえ思っていた。
けれど、カインは怒りながらも助けてくれた。コレットは、一緒に戦ってくれた。
「……ねえ、トト」
リザは、パンを食べ終わった少年に声をかけた。
トトは口の周りを粉だらけにして顔を上げた。
二年前、リザに縋り付いて泣いていた少年は、今では一番背が高くなり、小さい子たちの面倒を甲斐甲斐しく見ている。
「赤蛇は捕まったよ。もう、誰もみんなを攫ったりしない」
「うん。……分かってるよ、ねえちゃん」
トトは真剣な眼差しでリザを見た。その瞳に、依存や甘えの色はない。
「俺たち、もう大丈夫だよ」
「え?」
「ねえちゃんが俺たちを守るために、ずっと無理してたの知ってる。……ホントは、この街を出たがってたのも」
リザは息を飲んだ。
隠していたつもりだった。子供たちの前では、能天気で頼れる姉貴分を演じていたつもりだった。
けれど、彼らは見ていたのだ。
リザが時折、街の防壁の上から、遠くの街道を寂しそうに眺めていたことを。
「行っていいよ、ねえちゃん」
トトが笑った。
それは、守られるだけの弱者の笑みではなく、自立した「家族」の長としての顔だった。
「俺たち、もう自分たちで生きていける。衛兵のおじさんたちも、仕事を紹介してくれるって言ってたし」
「でも……」
「ねえちゃんの人生は、ねえちゃんのもんだろ?」
その言葉は、かつてリザがトトに教えた言葉だった。リザの目頭が熱くなる。
枷だと思っていたものは、いつの間にか、温かい絆に変わっていた。
「……生意気言うようになったじゃん」
リザは涙を誤魔化すように鼻を啜り、立ち上がった。
枷は外れた。いや、子供たちが外してくれたのだ。
なら、行かなくちゃいけない。
風の吹く方へ。もっと広い世界へ。
そして何より、自分自身の目で「面白い」と思えるものを見つけるために。
リザの脳裏に、コレットの後ろ姿が浮かんだ。
(……またね、か……)




