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【完結】咎人とアズライト〜国を捨てた魔法士は、記憶を失う転生者と旅をする〜  作者: 文月ナオ
第七章 少女たちと精霊

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99話 金色の陽光と咎人

「フレデリカ」


 その名が持つ意味は、この二人の間には、あまりにも複雑すぎた。

 風が止まったように感じた。

 目の前の少女――エレナは、その名を告げると、寂しげに、けれどどこか懐かしむような瞳で微笑んでいる。

 まるで遠い過去の日々を思い出しているかのように。


 金色の髪に、銀色の瞳。

 15歳ほどの可憐な姿。

 だが、その名はあまりにも重い。カインが、まだアトスと呼ばれていた頃の記憶。

 彼が守りきれず、失ったと嘆き、その罪を背負い続けている、亡国ヴァニタスの王女の名前。


(まさか……)


 コレットの言葉は、それ以上続かなかった。あまりにも重い事実に、思考が追いつかない。

 エレナは――フレデリカは、コレットの驚きを「名前が変わっていたことへの驚き」だと受け取ったのか、困ったように小首を傾げた。


「驚かせてごめんなさいね。でも、あなたには本当のことを伝えておきたくて」

「せ……先輩……違……」

「ここでお別れだけど、縁があったらまた会いましょう。ジークも、きっとあなたみたいな子なら気に入ると思うわ」


 エレナは穏やかに別れを告げようとしていた。コレットは喉の奥が熱くなり、言葉が出てこない。

 言えない。あなたのことを、ずっと想い続けている人が、すぐ近くにいるなんて。

 言いたい。教えてあげたい。カインに、アトスに会ってあげて下さいと言いたい。

 でも何故か言葉を発することができない。


 その時だった。

 森の奥、木々がざわめき、誰かが近づいてくる気配がした。


「カイン! 待ってよー! ここなんかぽよぽよして歩きづらいんだよ〜!」


 甲高い、甘えるような少女の声。聞き覚えのある、元気な声だ。


「だから気をつけて歩けと言ってるだろ。そんなに飛び跳ねるようにしているから足を傷めて普通に歩けなくなるんだろうが」


 続いて聞こえてきたのは、低く、少し不機嫌そうな男の声。

 その声を聞いた瞬間、コレットの心臓が激しく脈打った。


「だって楽しいじゃん!」

「はぁ……。お前な……」


 二つの影が、光の粒子が舞う茂みを掻き分けてこちらへと近づいてくる。

 エレナが、きょとんとしてその方角を見た。


「カイン? ……あれ? コレット、あなたの会いたい人って確かカインよね? 迎えに来たのかしら?」


(ふふ。この純粋で優しいあなたが懐いている人だもの。どんな人かしら)


 エレナは興味深そうに微笑んだ。


「カインという人と少しお話してから、ジークのところに帰ろうかな?」


 エレナが立ち上がり、スカートの裾を払い整える。

 そして王女のような立ち姿で、もうすぐ出てくるであろうカインを待つ。


 そして、茂みが大きく揺れ、その人物たちが姿を現した。


「やっと開けた場所に出たか……。全く、変な森だ」


 土埃にまみれたシャツを払いながら木々の間から出てくる黒髪の男。

 その鋭い眼光と、常に眉間に寄せられた皺。


 エレナの笑顔が、凍りついた。


 時が止まる。

 世界から音が消え、色彩が抜け落ちていくような錯覚。


 目の前にいる男。歳を重ね、やつれ、雰囲気はずいぶんと変わっている。

 けれど、間違えるはずがなかった。骨格。立ち姿。歩き方の癖。

 そして何より、魂に刻み込まれたその気配。

 魂が覚えている愛おしい記憶。


「――――アトス」


 声にならなかった。エレナは瞳を大きく見開き、その場から動けずにいた。

 カインの顔を、ただ驚愕と信じられないという表情で見つめたまま、彫像のように固まってしまう。


「うわぁっ! カイン! 見てよこれ! すっごいキラキラ!」


 そんなエレナの硬直など露知らず、後ろから飛び出してきたリザが、極彩色に戻った森の風景に歓声を上げた。

 そして、テーブルの前にいる人物を見つけ、パァッと表情を輝かせる。


「コレット!?」


 リザは地面を蹴って駆け寄り、勢いよくコレットに抱きついた。


「コレットー! もう、心配したよ! 無事だったんだね!」

「り……リザちゃん……!?」


 リザの体温と衝撃で、コレットは我に返った。リザは再会を喜び、コレットの頬に自分の頬をすり寄せている。

 だが、コレットの視線は、リザ越しに立ち尽くすカインへと向いていた。


 カインは、リザの背後で足を止めていた。

 彼の視線は、コレットやリザではなく、その奥――テーブルの向こうで立ち尽くす、一人の少女に釘付けになっていた。


 カインの動きが止まる。

 呼吸の仕方を忘れたように、肩が強張る。


 金色の髪。

 銀色の瞳。

 風になびき、精霊の光に照らされてキラキラと輝く、金色の陽光のようなその出で立ち。


 記憶の中にある姿よりも幼いが、その立ち振る舞い、憂いを帯びた横顔。

 忘れるはずがない。15年前、燃え落ちる城の中で、自分が守りきれずに死なせてしまったはずの、主君。


「……フレデリカ……様……?」


 カインの口から、無意識にその名が零れ落ちた。

 それは、亡霊を見るような恐怖と、信じられない奇跡への縋るような響きを含んでいた。

「カイン」という仮面が剥がれ落ち、ただの「アトス」に戻った瞬間だった。

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