98話 萌芽の季節
「さあさあ! 悪い空気は全部吹き飛んだわ! これより、スーパーハイパーお茶会を開催しまーす!」
ルビィが高らかに宣言した。
どこからともなく現れたのは、木苺のタルト、ハチミツのシフォンケーキ、そして香り高い紅茶の数々。
森の精霊たちが、感謝の印として用意してくれた宴だ。
「ふふ、やっぱりここのお菓子は最高ね」
エレナが切り株に腰掛け、優雅に紅茶を啜る。彼女の表情も、再会した時よりずっと柔らかく、晴れやかだった。
コレットはルビィと並んで座り、甘いケーキを頬張る。
栞の魔力も落ち着き、体には心地よい疲労感と充実感があった。
「美味しい……。これ、カインさんやリザちゃんにも食べさせてあげたいな」
コレットは甘いクリームを頬張りながら、森の外で待っているはずの仲間たちを思った。
きっとリザは、「うわー! 美味しそう!」と猫のような瞳をキラキラと輝かせて喜んでくれるだろう。
カインは、眉間に皺を寄せながらも、「悪くない」と言って食べてくれるはずだ。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
ふと、ルビィがコレットの膝の上で空を見上げた。
「……そろそろ、コレットもエレナも、帰りたいよね?」
その言葉に、コレットの手が止まる。
空には、プリズマリア特有の柔らかな光が満ちているが、いつまでもここに留まることはできない。
外には、戻るべき場所と、待っている人がいる。
「……そう、だね」
コレットはカップを置き、隣に座るエレナを見た。彼女は静かに微笑んでいる。
「先輩とは、ここでお別れですか?」
コレットの声が、少し寂しげに響いた。
短い間だったけれど、一緒に死線を潜り抜け、背中を預け合った大切な相棒。
「……いつでも会えるわよ。会おうと思えばね」
エレナは優しく答えた。そして、改まったようにコレットに向き直る。
その銀色の瞳が、真剣な光を帯びていた。
「それとね、コレット。私あなたに言わなくちゃいけないことがあるの」
「えっ……?」
エレナの纏う空気が、ふわりと変わった。
快活で頼れる先輩魔法士の顔から、どこか儚げで、けれど芯の強い女性の顔へ。
「私の本当の名前、エレナじゃないの。それは、私が生きるために用意された嘘の名前。……私の本当の名前、あなたには知って欲しいんだ」
エレナがそっと手を伸ばし、コレットの頬に触れた。その手は温かく、少しだけ震えているようにも感じられた。
「先輩……」
「私の本当の名前はね。……フレデリカっていうの」
時が、止まった気がした。
「……フレ……デリカ……」
コレットはその名前を、口の中で反芻する。
聞き覚えがあった。いや、ただの聞き覚えではない。
覚えていた。強く、強烈に。
カインの過去を知る上で、絶対に忘れてはならない名前だったから。
カインが、まだアトスと呼ばれていた頃の、大切な仲間であり、失ったと嘆いていた女性の名前。
コレットは目の前の少女を凝視した。
金色の髪に、銀色の瞳。
見た目は自分より幼い15歳前後だが、彼女は自分を33歳だと言っていた。
セレーナは言っていた。15年前、フレデリカは18歳だったと。
「……? コレット?」
同じ名前の別人。そう思うこともできたはずだ。フレデリカは死んだと聞かされた。
世界は広い。偶然の一致かもしれない。
だが、コレットの直感が、アズライトの栞が、そうではないと告げていた。
この人が纏う空気、風貌、気品。
直接会ったこともないのに、心が、この人は本物だと告げた。




