9話 不協和音のアンサンブル
廃墟を出て、敵のアジトである倉庫街へ向かう道中。
カインは歩きながら、隣のリザに短く問うた。
「敵の戦力は」
「……下っ端が十人くらい。剣とかナイフを持ってるゴロツキだよ。でも、一番ヤバいのはボスだね」
リザは顔をしかめ、忌々しげに言った。
「『赤蛇』……あいつ、魔法士なんだ」
「ほう」
「火魔法の使い手だよ。気に入らない奴を燃やして笑ってるようなイカレ野郎さ。私たちが逆らえないのも、その魔法があるから。数で勝っても、あいつが出てきたら黒焦げにされる」
「なるほどな」
裏社会に流れたはぐれ魔法士か、あるいは才能がありながら正規の教育を受けられなかった独学の亜流か。
どちらにせよ、まともな魔法士ならこんな掃き溜めで小娘を脅したりはしない。三流だ。
「あの、カインさん……戦力って、どういうことですか?」
背後から、コレットが恐る恐る尋ねてきた。
「私、戦えません。魔法もまともに使えないし、剣だって握ったこともないです。足手まといになるだけじゃ……」
「そうだよ! おじさん、話聞いてた!? 相手は魔法士なんだよ?」
リザも横から噛み付いた。
「このお姉さん、魔力だけはデタラメに多いけど、中身は素人以下だよ。歩く魔力爆弾みたいなもんじゃない! こんなの連れて行ったら、敵に見つかって丸焼きにされて即終了だよ!」
カインは足を止め、振り返った。
その目は、駄々をこねる子供を見るように冷ややかだ。
「相手が魔法士なら、尚更こいつが適任だ」
「え?」
「コレット。お前の魔力制御はどうなっている」
カインの問いに、コレットはビクリと肩を揺らした。
「あ、はい。今は『アズライトの栞』のおかげで、なんとか抑え込めています。でも、気を抜くとすぐに漏れ出して……」
「なら、漏らせ」
「はい?」
コレットは耳を疑った。カインは無表情のまま続ける。
「抑えるな。蓋を外せ。今ここで、全力で垂れ流してみろ」
「え、ええっ!? でも、そんなことしたら……さっきカインさん『死ぬぞ』って止めたじゃないですか! 魔獣が来て大変なことに……」
「俺は『魔獣が来る』とは一言も言っていないぞ」
カインは平然と言い放った。
「え……?」
「『そんなことをすれば死ぬぞ』と言っただけだ。お前の仮定の話に合わせてやったに過ぎん」
(おじさん性格悪っ……)
「ここは街中だ。防壁もある。そもそも大型の魔獣は入って来れんし、来たとしても衛兵が動く。来るのはせいぜいドブネズミくらいだ」
悪びれもせず言い切るカインに、コレットは口をパクパクさせた。
この男、本当に性格が悪い。
「おい泥棒猫。お前のその『目』、飾りじゃないなら実況しろ」
「はぁ? 実況って……」
「コレットが魔力を解放した時、周囲のマナがどう動くか。お前にしか見えない景色を言葉にしろ」
リザは不満げに唇を尖らせたが、カインの威圧に押され、渋々コレットに向き直った。
「……分かったよ。ほらお姉さん、やってみなよ」
「う、うん……」
コレットは深呼吸をし、胸元の栞を握りしめた。
カインに言われた通り、必死に閉じていた「蓋」を、恐る恐る緩める。
内側から溢れ出そうとする奔流。それを、意を決して解放する。
ドッ、と空気が重くなった。目には見えないが、肌にまとわりつくような不快な圧迫感。
「うわっ……!」
リザが顔をしかめ、手で顔を覆った。
「どうだ」
「うわぁ……やっぱり色は綺麗だね。昨日見た時と同じ、透き通ったアズライトみたいな色。……でも!」
リザは悲鳴のような声を上げた。
「動きが最悪! 何これ、気持ち悪い! その綺麗な色が、周りのマナを食い荒らして、ぐちゃぐちゃに混ぜ返してる! 美しい絵の具で塗りたくった泥沼みたい!」
「……なるほどな」
カインは満足げに頷いた。
予想通りだ。コレットの異質な魔力は、この世界の整然としたマナの法則を乱す「ノイズ」として機能する。
見た目は美しく、しかしその性質は他の魔法を阻害する劇薬。
「コレット、そのまま維持しろ」
「くっ、うぅ……っ!」
コレットは脂汗を流して耐える。出すこと自体は簡単だが、それを「出し続ける」のは、叫び続けるのと同じで体力を消耗する。
「リザ。敵の魔法士が術式を組もうとした時、このノイズがどう影響する?」
「え……? そりゃあ、これだけ場が荒れてたら、構成式なんて組めないよ。積み木をしてる横で地面を揺らしてるようなもんだし」
(どうやら、魔法の知識もそれなりにあるようだな。目を活かすため学んだのか、それとも……)
リザはハッとして、カインを見た。
「……まさか、これを武器にするつもり?」
「魔法使い殺し(メイジ・キラー)。それがこいつの役目だ」
カインはニヤリと笑った。
「敵の感知結界、迎撃術式、通信魔法。それら全てを、こいつの垂れ流す『雑音』で無力化する。お前たちは、姿を隠す必要すらない。台風の目が歩いていくようなもんだ」
リザは呆気に取られ、そして震えるコレットを見た。
ただの足手まといだと思っていた少女が、歩く対魔法兵器に見えてくる。
「……エグいこと考えるね、おじさん」
「効率的と言え。あとおじさんではない」
カインはコレットに近づき、その肩を叩いた。
「よし、止めろ」
合図と共に、コレットはその場に膝をついた。肩で息をする彼女を見下ろし、告げる。
「本番では、リザの指示に従え。リザが『出せ』と言ったら出し、『止めろ』と言ったら止める。お前は蛇口だ。リザがひねる」
「私が……蛇口……」
「そうだ。思考はいらん。ただの現象になれ」
コレットは悔しげに唇を噛んだが、同時に安堵もしていた。
戦えなくていい。誰かを傷つけなくていい。ただ「そこにいる」だけで役に立てるなら。
「泥棒猫。お前はコレットの制御弁だ」
カインの視線がリザに向く。
「お前の『目』で敵の術式構成を見抜き、発動の直前にコレットに合図を出せ。タイミングが命だ。早すぎれば警戒されるし、遅すぎれば焼かれる」
「……失敗したら?」
「全員死ぬな」
カインは事もなげに言った。
「俺は手を出さんと言ったはずだ。死にたくなければ、二人で息を合わせろ」
無責任で、理不尽な命令。
だが、リザの瞳には、先ほどまでの諦め色はなかった。
勝機が見えたからだ。このバケモノじみた「雑音」と、自分の「目」があれば、格上の魔法使い相手でも主導権を握れる。
「……分かったよ。やるしかないんでしょ」
リザはコレットの手を取り、立たせた。
「お姉さん、聞こえた? 私の言う通りにしてね。タイミングがズレたら、お姉さんを置いて逃げるから」
「……う、うん……頑張る」
コレットは蒼白な顔で、けれど力強く頷いた。
ちぐはぐな二人。
だが、その手と手は、生き残るためにしっかりと握られていた。
「よし。講義終了だ」




