5話 空蝉なる者
かなり分かりづらい内容ですが、ゆっくり紐解いていきます。時間は掛かっても終わらせるつもりです。
すみません。寝落ちしました。
この男は私と似ている。しかし、口調や雰囲気はまるで別物だ。私自身とは思えない同一人物。
白髪に揺れる狼の様な目付きと風貌。私が己の姿を見る前に自分自身だと嫌でも映してくる存在。鏡を見ているのに、存在感は全く異なり邪悪。
多くの戦績を積んだ強者の気配と桁違いの魔力量。私を圧倒するほどの威圧と害意。
正直、薄気味悪い存在だ。
「敗北しないだと?…フッ、冗談も言える余裕があるのか?ならその男と一緒に殺してやる。泣き面を拝ませてくれるな?」
ルミナスが私に嫌悪を向けていた理由は何となく分かった気がした。確かにあの人を見下すようで人殺しに快感を抱く嫌悪なる存在。
私はこの男が気に食わない以上に、消してしまいたい敵意に感覚が驚く程に磨がれている。
「っ……このぉ——はっ!」
「ルミナス。お前は少し落ち着くんだ。奴は私を打ち負かした男だ、用心して戦うぞ」
これ以上ルミナスが怒りに飲み込まれるのを見たくなかった。肩を叩き、冷静を取り戻させる。
「ごめんなさいロス様…」
「今は謝るな。奴はこの場で殺す。準備してくれ」
油断を見せてはならない。男は私から目を離さず、下卑た笑みの瞳には殺意がしっかり輝いている。私が生きていることが想定外だったようで、今にでも隙を見て襲う勢い。
私も目を離さない。奴がルミナスに数知れない暴言を吐いたのだから赦すつもりなど毛頭ない。
「でも……ロス様は良いのですか?」
「なんだ急に?」
「彼を殺してしまって?」
「どういう——」
しかし、僅かにルミナスに意識が持ってかれてしまった。一瞬で移動した程に男の間合いに巻き込まれた。
「死ねえーーー‼︎」
剣で防ごうにも間に合わない。私は咄嗟にルミナスを庇い背中を向ける。
背後で大きな金属的な音が鳴る。
「くっ⁉︎お前は何なんだ⁉︎」
「会話は遮らない。あなた、意外とせっかちなのね?」
剣に対抗して大盾で防いでいた。しかも、片手で扱っている。
油断したと後悔する前に男へ剣を振るう。だが、簡単に退がられて回避される。
「その程度で俺を仕留められるとは随分鈍い攻撃だな?所詮は似てるだけの抜け殻だな」
「……知っている口ぶりだな。答えろ、私は誰なんだ?」
「誰……か。お前は俺に殺された筈の雑魚だ。そんなものどうでも良い、という顔をしてるな?だったら答えを吐かせてみせろ!」
会話は通じ合えない。男は闇に染まった力を解放する。
禍々しい妖気はこの場を闇で飲み込み、敵と見做した者へ殺意を振り撒く。
「闇の力か⁉︎やはり私とは違う…」
私が使い熟せない程に膨大な魔力放出。しかも、男にとっては一部にしか過ぎない。出鱈目にも程がある。
「どうした⁉︎この俺に吐かせたいことがあるのだろ?簡単にくたばるなよ。殺してあの世へ送ってやる」
妖気が強過ぎて接近が困難だ。私は砂塵の中を進むようにゆっくり全進する。
非常に勝ち目がないと分かっている。皆無に等しいだろう。それでも、私はこの男から聞き出さなくてはならない。
「何故狙う?お前は人間であるルミナスに執拗になる?」
妖気を放ちながら男は下卑た笑みをする。そして、殺意で希薄な感情が憎しみに滾るほどの嫌悪を口にする。
「俺の女だ。お前の全てを奪い、お前に成り替わり悪事をさせたまでだ。ククククッ!思い出したいんだろ?その女を利用し、お前という力を使って世界を梯子に悪逆を愉しんだ‼︎憐れでずっと愛しい人間が魔王のようになって暴れる無尽蔵の暴虐を見せられ、自らの手で人間まで殺したあの日はとても愉快だったぞ⁉︎俺も気分が良くて遂その女を——」
私が熱意ある人間ではない。かと言って残虐な人間とも言えない。記憶のない私が何を思い、何に感情を震わすこともない。
興味がない。ルミナス以外に私が求める答えはない。
だからこそ、ルミナスを知るこの男から明かされる真実を聞きたいと思わなかった。
私以外がルミナスについて口にする事が許せなかった。
気付けば殴り掛かっていた。歪な剣ではなく、純粋な拳による一撃を喰らわせた。たじろぐ訳でもなく、男の頬に微かな傷を与えた程度。
それでも、手応えは感じた。この怒りをぶつけられて満足したのだから。
「私のルミナスを語るな。やはり聞く必要がなかったな」
「それが答えか?なら語るのは殺し合いだけだな」
せっかくの機会を失った。だが後悔はない。
私は剣を構え、深く呼吸する。
「あぁ……白黒つけよう」
「貴様らはこの闇に飲まれて死ね。俺の頬に傷を負わせた業を償え、楽に葬ると思うなよ?俺は容赦しないぞ」
闇の妖気を纏い、乱舞を舞うようにこちらに一心不乱に攻める。
私が先頭に立って防御を行い、完全防御姿勢で威力を殺しながら後退していく。
桁違いだ。私が放った『ウェイクアルカナム』を遥かに上回る威力を蓮撃として放つこの男に隙はなかった。
「っ…⁉︎」
グルームと戦った以上に緊張感が凄まじかった。荒れるハリケーンに殺意が込められた攻撃に反撃に出れない。
「これで終わりじゃないぞ⁉︎闇の刃弾よ散れ『ダークボレェー』‼︎」
銃のように構え、至近距離からの連射。私は防御に徹するも全ての攻撃を弾くことは出来なかった。
「ぐはっ!…っ」
「まだまだぁー‼︎『ディムアルカナム』‼︎」
防御が間に合わない。何とか後ろに退がるも、男の方が圧倒的に瞬発力が速い。
そのまま肉体が斬れ込まれるような連撃の嵐が浴びせられる。殴打された痛みに加え、闇の侵蝕を許してしまった。
「ロス様‼︎」
「来るなルミナス!私は…大丈夫だ……うっ⁉︎」
深い傷を負ってしまった。深く斬り込まれた肩から胸辺りが激痛に意識が削がれる。
単なる傷ではない。闇を纏った攻撃は神聖魔法でなければ解呪する事が出来ない。
ルミナスが倒れた私へ駆け寄る。ダメだと言いたいのだが、連撃を直に受けて痛みで言葉が出ない。
当然、男はルミナスを殺しに掛かる。
「諦めの悪い女だ。『ホラーカイズン』‼︎」
トドメの一撃が放たれる。ルミナスは私に気を取られて男を見ていない。
ダメだ、逃げろルミナス!
カァーンと盾と剣が衝突する音がまた響いた。
「退け女。貴様も死にたいのか?」
「ダメだよ女の子を狙っちゃあ。ルミナスちゃんは大事な保護対象だから手は出させない」
「固有魔法か?何かしらの縛りでその女への危害は阻止されるというんだな⁉︎」
「うーん大体合ってるかな」
あの圧倒的な強さを見せた男はココロの防御力の前に見切りを付けた。
「ではその男を護らないのは縛りに入っていないか、若しくはその女が発端として契約になっているか。ただそいつを殺せば良い話だ」
私に向かって走り出す。身体が動かないが、剣を向けて威嚇する程度の抗いをする。
そんなものは所詮子供騙しにもならない。男は全力で私を殺しに来ているのだから躊躇がなかった。
動けるようになるには数分休む必要がある。間違いなく間に合わない。ココロも私を守護対象としては認識していない。
『対価魔法』の契約本人にはあくまで科さられるのは対価としての保証。私自身が死んだところで奪える契約になっている時点で助ける道理もない。ココロは私を導き、ルミナスを守護するだけ。それ以外には頑なに助けようという素振りすらない。
間違えたな……。もう少し契約内容に慎重になれば良かったかも知れない。
「如何した⁉︎この俺が憎いかぁ⁉︎貴様では勝てんよ。もっと遊んでやる!」
闇の妖気が空を覆い尽くす。生物の概念を覆す畏怖の威圧。絶対強者に平伏す光景を思い浮かべてしまう。
手が震える。そこから肉体が小刻みに震え出す。歯が凍てつく氷湖に浸かったくらいに震えが止まらない。痛みからじゃない心の底から震え上がる恐怖。
これが恐怖か?
私はこの男にますます勝てないと思い知らされる。
「……動け。でなければルミナスが死ぬ」
自らを鼓舞し、己の信念で恐怖を上書きする。
「その女に執着するか?なら遠慮はしないぞ。お前はもう一度殺す!」
疲弊する肉体がどれぐらい保つのか。執念に乏しい私の存在意義、私の全てを知るルミナスの為にこの場での死は望まない。
生きてこの男を倒す。
「来い空蝉!全身全霊お前を葬り去ってやる‼︎」
人間とは実に奇想天外の生き物だ。
思考を繰り返し、過ちを繰り返し、己の生き様をそうやって刻んでいく。言語を発し、望みを欲し、生死に畏怖する。
完成された生き物でありながら、生物の中で感情というものに支配され、肉体が呼応して力を発揮する。私も例外ではなかった。
強い意思があれば、この恐怖に打ち勝てる。そんな気さえする。
歪な剣に魔力を注ぎ込む。切れ味のない武器をより殺傷力のある剣へと昇華するには、魔力操作で魔力で剣を覆う。一時的とは言え、剣と同等の切断を望める。
「はぁぁっーーー‼︎」
『ウェイクアルカナム』で果敢に剣を振るう。だが、男は余裕の笑みで嘲笑う。
「フハハハ!如何した⁉︎切れ味を増しただけでは倒せないぞ‼︎」
「くっ!はぁぁっ‼︎」
幾ら攻撃しようとも簡単に往なされ、私の動きまで把握しているかの如く簡単にあしらってくる。
私は熱い人間なのか?似合わない程の声量と気合いで戦うなど冷静さを掻いているとしかならない。ルミナスが死ぬ事への抵抗が私に正気を失わせる。
記憶にあるものだけでは到底この男に傷を与えることすら難易度が恐ろしく高い。
何か出来ることはあるか?私がこの男に勝る何かを引き出せれば。
男の動きを良く観察し、防御に徹しながらその動きの全てを視界と感覚で追う。一切無駄のない動きとはいかないが、私以上に秀でる実力者の動きは不規則で掴み難い。
しかし、打ち合いを続けているうちに見抜ける様になってきた。次第に適応し、動きすら模倣して自身の型として作り上げる。
劣るなら誰かのものを補えば良い。私自身に足りないのは記憶と技術、感情そのもの。それら全てを知る権利のある私は他者の存在を自らに複写する。
ただ複写、模倣では勝てない。同一人物になりたいのではない。
ロスという私の存在意義を確立する為、己にしかない欠片を繋ぎ、自らに取り込む。
「動きが変わった⁉︎…何をした⁉︎」
「さぁな?私はお前に勝つ為に成長するだけだ」
「殺されるというのにか⁉︎」
「確かにそうだ。だが私が死ぬとは限らない。こうしてお前に——」
遂に追い付く。私の存在意義を誰かに認めて貰う為に。
「——勝てる可能性がある!」
またひとつ傷を負い、私が防御なしで攻める事を良いことに男は攻めに身体の重心が傾く。男は勝利を確信した。
「消え去れ!俺の亡霊よ‼︎」
その一瞬の隙が私が撃ち込める最大出力の一撃を放つ。
「『ラストショット』‼︎」
一点に集中した刺突。一瞬にして最大好機の隙で空いた胸元へぶち込んだ。
魔力の爆発が起き、私の勝利が確定………
「嘘……」
ルミナスの絶望する声が聞こえる。声色が私の耳に微かに聞こえ、剣先の感触が何も当たっていない事を察する。
魔力が足りなかった。単なる刺突では何もできない剣では傷を与えることすら出来なかった。虚しく突き当たる剣は力さえ入らない。
「惜しかったな?魔力さえ残していれば無事にはいられまい。だが、本気を出した敬意を評して殺してやろう」
あぁそうか。私は負けたのか…。
次の瞬間、私の肉体に凄まじい衝撃と共に血飛沫が舞う。
私は人間らしい恐怖を知った。
あぁ…死にたくない。
私は……死ぬのか?他人事のように、自分事には何処か思えない私がいる。
「フハハハッ‼︎これが俺の力だ!最強の魔法…最強の肉体、正しく俺こそがこの世で1番最強だ‼︎」
豪語するとおり、男は私の記憶の中では最も強かった。ルミナスを守れず、私という存在の解明すら出来ずにその声が遠のいていく。
内臓は損傷し、回復手段もない。おまけに魔法も使えず、身体強化に近い類で出血を免れているだけで全身はボロボロだ。
情けない最期だ。
終わりを目前に私は力なく笑みを浮かべた。
ロスが倒れた瞬間、なにふり構わず駆け寄る者がいた。
「ねえ起きてください‼︎ロス様ァッ!お願い!死なないで‼︎」
最悪なことに、ルミナスが駆け寄る先には男がいる。冷静さを最も欠いた恥ずべき行為を前に男は歪な剣を構える。
「みっともない。貴様自身が1番この状況を理解していないとはな?つくづく未練たらしい女だ」
吐き捨てて『ダークボレー』を放つ。
「ロス様‼︎」
ルミナスは彼が倒れることに酷く心を打ちひしがれてしまった。情緒が安定せず、愛する者の名を何度も叫ぶ姿は無防備で危険だ。防御魔法も防御姿勢も取らず、ただひたすらに駆け寄るその姿にココロは動くしかない。
『ダークボレー』の全弾を全て弾き、大盾でルミナスの前に出る。
「ダメだよルミナスちゃん。私は君を護らないといけない誓約なんだから」
溜息を吐くも、その表情は変わらぬ笑みを浮かべていた。男の強さを前にしても余裕を崩さず、男はココロに興味を向ける。
「本当に何者だ貴様」
「私?不老不死族の名はココロ。貴方は?」
「……名はない。そもそも、そんな名をルミナスから頂戴した覚えがないからな」
男に名はない。特に不便も感じず、男にとってはどうでも良い。
「へぇー呼び辛そう」
「そんな事はないぞ。俺にはそんなものがなくても、確かな強者としての生きる意味がある。お前はどうだ?」
問いを投げる。ココロが何を生き甲斐にしているのかに興味を示す。
ココロは首を傾げて考えるも、すぐに答えを出す。
「ロスが私に面白いものを見せてくれるから?」
外に出る理由で最も単純明快。彼女が答える中で最も外の世界に期待しているものだった。
「フッ…フハハハッ!お前面白いな⁉︎他人に委ねる願望とは愚かで滑稽だ!俺の攻撃を弾くほどの強者なのに残念だ……本当に」
男は高らかに笑う。そしてココロを睨み付ける。
「じゃあ私を殺してみる?無理だろうけど」
「ほざけ!」
倒れたロスに目もくれず、ココロに襲い掛かる。他人に委ねる望みを拒絶し、男は猛攻する。
「良いよ?付き合ってあげる。けど勝てないよ」
煽り、注意を引いている間にルミナスへ視線を配る。行けと信号のような瞬きをし、一身に攻撃を受ける。
時間稼ぎとも言える。ココロは人間でありたいという意識から彼等に立ち直る時間を作ったのだ。
ルミナスは倒れたロスに漸く触れることが叶い、大粒の涙を流して抱きしめる。
「御免なさい…!私が貴方を苦しめたばっかりに。貴方は私を守ろうと、私をずっと気にかけてくれてたのに私は……」
息をするが応答はない。最早答えられる状態ではなく、魔力が枯渇したロスは暫し意識を取り戻さない。
ルミナスを護る。彼の異常な執着に近しい感情で動いた肉体は応えることはない。
だが、ルミナスは彼にあるものを託していた。
「ロス様。貴方に全て委ね、今はもぬけの殻同然です。その御力、私に返していただきます」
泣き止み、彼の胸に両手を置く。純光な魔法陣が輝き始め、ルミナスから落ちた涙が魔法陣に触れる。
異なる塗り潰された黒い魔法陣に染め上がり、魔法陣から漏れる彼女に吸い込まれていく。
「あぁ……貴方はずっと私を護る人間でいてください。その代わり、貴方が倒れた時は私が全て終わらせますので。時間だけは、私にお返し下さいませ」
か弱い己を演じ、ロスに全てを任せていた。自分は弱者に徹することでロスを傍に置き、身の安全を確保した。
だが、男が出現したことはあまりにも予想外だった。
嘗てルミナスはこの男に仕えていた。分かりやすく言い換えれば、従わざる得なかった。
魔物である男はルミナスの潜在能力の高さに目を付け、女の身である彼女ではなくロスの肉体を奪われ、その力を悪用された挙句にロスから魂が離れ、魂のみで顕現してしまった。
武器もその際に引き継がれ、能力値と記憶の全てを男に継承され、ロスには殆ど何も残らなかった。そんな彼にルミナスは自身の力の源を継承した。
ロスと男は確かに戦った。激戦の末にどう収束したかは男にしか分からない。
荒野で起きた記憶の前後を失い、どの様にして継承したかを思い出せないが、自身が何を託したのかだけが明確になっている。
記憶を失う直前、ルミナスはロスの肉体に魔法を施し、自身の力を継承することで生来の肉体が持つ強さと基本的な世界の記憶だけは取り戻した。
肝心な力と彼の記憶は取り戻せなかった。ずっと罪悪感に苛まされ、地下牢で彼に謝り続けていた。
倒せば力が戻るわけではない。ロスと男は既に別個体としてこの世界に1人の生命を持つ者として生きる。倒したところでロスに力が還元されることはない。
だが記憶は僅かに取り戻せる。ルミナスは頑なに拒み、委ねたロスに全てを託して弱者を振る舞った。
男は自ら魂を肉体に置き換え、魔法によって肉体を魔力で構築している。
つまり、今の男は肉体が魂そのものであり、全ての攻撃は致命傷となり得る。魔法は特に絶大的な効果を発揮し、魔法使いが天敵となる。
ルミナスは男の状態を知っていた。だが、失ったロスに自身の持つ全てを委ねてしまった結果、本来の力のごく一部しか引き出せないでいた。
それを今、ルミナスは一時的に返して貰う形で力を奪うのではなく継承する。
「——サン———」
忌み嫌うように言葉を口にした。優しく彼の頬に口付けし、その力を取り戻す。




