3話 ココロとロス
明けましておめでとうございます。
新しくソファーを購入した直後、爆睡かまして遅れました。
明日はR 18の作品を投稿致します
鎖で全身が串刺しのように拘束された彼女は歓迎する様に笑う。痛みを感じないのか、笑みに狂気を帯びていると錯覚してしまうほどに異常な光景に目を疑った。
しかし、これがこの空間なのだろう。狂気を逸していようが、この空間の正体が分かり、口角が上がる。
絶え間ない愉悦。自ら赴いて正体を知ったその興奮は初めてにしては酷く衝撃的だった。
「くはは!正体はお前だったか。随分と痛め付けられているな?」
驚くほどに心配の言葉が浮かばなかった。素直に口にした言葉に一切の疑念を抱かない。
そんな私に笑みを絶やさずに首を傾げる彼女。
「面白いですか?」
「すまないな。何故か笑いたくなった。これは私の感情なんだな?」
徐々に覚えてくる己の心。私という人物を辿るひとつだけに味わい深い。
繋がれた彼女は私を見下ろす。軽蔑もなく、慈悲や無表情ではなく、ちゃんと表情を作ることができる。
手脚は固定されていて動かせない様だ。
「笑ってしまった事を詫びよう。その鎖、私が解いて自由にしてやる」
鎖は特殊な魔法が掛けられているが、剣で破壊出来ない程でもない。多少粗い破壊になるが、確実に自由の身にさせられる。
「私を解く前に私が誰なのか気になりませんか?」
「ほう?自分から喋るのか?」
「数千年ぶりにお話がしたい。この気持ち、忘却者のあなたなら理解していただけるでしょう」
解放を考えたのだが、その前に彼女が何か言いたげな様子だった。しかも、まだ私が何者かを知らないのに“忘却者”と言った。
「分かった、良いだろう。私が初めての聞き手になってやる」
この者は私を知っている。聞き出すには丁度良いと話を聞くことにした。
彼女は作り笑いで頷き、この地下牢から彼女自身の正体を話す。
「此処はノースという監獄都市。異界から召喚された者、罪を犯した囚人、私の様な不老不死族を収監する場です。嘗て、この世界が誕生した際に最高傑作として私と他3人の不老不死族が造られました。所謂、私は人造人間に等しい種族でしょう。世界の危険人物らを収監し、その命が潰える時まで陽の光を拝むことは出来ない。私も……この地下牢に閉じ込められてからは鎖と壁と血以外は見ていませんが。長い年月、気が狂う様な場所で孤独に縛り付けられていたのは、私の力が脅威でしかないからです。私の魔法は万物を癒す……そんな夢の様な力ではありません。もっと恐ろしく、私の対価でこの監獄都市に終わりなき癒しを与えているのですよ」
私はそんな話を聞いたことがなかった。
不老不死を体現する存在はそもそも認知すらしていない。私は兎も角、ルミナスは知っているのかも怪しい。
「癒し?対価?それってどういう事?」
「少し力についてお話ししましょう。人間魔物精霊悪魔、これらの存在には魔力を与えられ、心核を有しています。魔法を得意とする悪魔、精霊魔法に長けた精霊、魔力を先天的に有する魔物、優れた者や異界の者に発現する人間。私はいずれの種族に属さない概念の様なものです。心核を砕かれれば人間を除き肉体の消滅は免れない。けれど、私にはその心核は存在しないのです」
彼女に魔力源となる心核がない。魔法が扱えないと言えばそれまでだが、不老不死族には秘密があった。
「私の心核はこの大地そのものです。不老不死族はこの大陸に根を生やし、無尽蔵の魔力の恩恵を受け続けられる。そして、私の力は固有魔法は『対価魔法』。私を介して結ばれた対価に魔法が形を変え、生命そのものの概念を捻じ曲げてしまえる力。使い様によってはこの様に、私を地下深くに誰の目に晒されずに幽閉する事で、この監獄都市に生きる者へ絶えず生命の泉を与えるのです」
理解はした。彼女が私の手でどうこう出来る相手ではない。戦おうとしても、今の私では彼女を仮に滅ぼそうと仕掛けたところで意味を成さない。
ただ、彼女の固有魔法について引っ掛かる点があった。
「なるほどな。だがその『対価魔法』、今私とルミナスによって破られたのだな?」
「えっ⁉︎どういう事?」
「気付いたか?彼女は誰の目に晒されずと言った。だが今はどうだ?私とルミナスは彼女を見てしまった。つまり、癒しの力とやらはもう機能しないというわけだ」
簡単に説明した。
「それは間違いないでしょう。あなたの言葉どおり、私の姿を見た者が現れた以上、『対価魔法』による生命の泉の機能は消失します。契約は破棄され、生命の泉は途絶えます」
「当然の結果だな。死を捻じ曲げる程の力だ。重い制約によって成り立たなければ効果は得られないだろうからな。お前の力が消えた今、この監獄の邪魔者は排除出来るな」
そうと分かれば剣で鎖を破壊し、彼女を解放した。力を失った様に血が滴る地面へ倒れ込む。
「大丈夫⁉︎っ…あなた様は少しは配慮というものを…!」
彼女へ駆け寄ったルミナスは私に怒りを向ける。私が強引に解いたのだから、怒るのは当然なのは受け入れよう。
「別に解放しなくて良かったのだぞ?その肉体は不老不死、勝手に再生するから何も心配するな」
「大丈夫なわけが……えっ?立てるの?大丈夫なの?」
倒れていた彼女は自分の力で起き上がる。そして、私の方へ近付いて手を差し出してきた。
「忘却者。私はあなたと契約がしたい」
「何のつもりだ?」
「記憶を失ったあなたにその記憶を教える事は出来ません。不老不死族の秩序に則り、あなたが何者かを口にする事は禁忌。それは最初にお伝えしましょう」
やはり知っていた。だが、私に関する情報を握っているのにも関わらず、喋る事を許されていないのが癪に障る。
「じゃあまた縛り付けるか?この鎖を乱暴に糸結びし、この女を地中へと埋めれば良いか?」
脅してみるが、如何やら意味を成さないらしい。薄ら笑いで首を傾げる。
「あなたはそんな事はしない。私の力が必要だからでしょう?」
「……そうだ」
彼女は使える。『対価魔法』とやらは使い方次第では私の記憶を取り戻せる魔法となるかも知れない。それに、あの癒しの力が使える者が側にいればルミナスを死なせずに済む。
私の記憶さえ戻す為なら彼女達を利用するのが都合が良い。
「悪い契約はしません。ただひとつ、私が提示した対価を受け入れれば望む力を授けましょう。私と契約すれば取り消しは出来ません。破れば対価を支払って頂きます」
『対価魔法』の恐ろしさを前以て言ってくれるのは有り難い。無闇に契約を結ぶのは危険なのは百も承知だ。
「先ず聞きたい。記憶の辿りとルミナスの生存、これを契約として結べるか?」
「っ‼︎」
「よろしいのですか?そんなものを契約にしてしまって」
彼女は疑問の表情をする。そんな程度と言われると心外だな。
しかし、私にとってルミナスは私を知る唯一の人物。死なれては困る。私の記憶を知る彼女に協力を仰ぎ、道標として私を導いてくれる契約が出来るのなら良かったのだが、彼女は物足りなさそうだった。
「なら別のものも提示出来るか?」
「構いませんよ?対価を支払えるのなら」
対価を余程重いものにしたいのか、それとも何か目論みがあるのか…。
この女は魔物グルームと比べるまでもなく異質で思考が読めない。強請る対価への笑顔に似合わぬ執着。
実に興味深い。こいつを従えたいと強欲に望む。
「では私について来い。不老不死族のお前は私のすべてを見届けろ。これで満足か?」
ルミナスと同様に求める存在。私にとって記憶を知る者という認識より、彼女に私の全てをその目で見て欲しいと望んだ。
「何故ですか?」
「私はこの世界の知識だけ知っているつもりだった。だが、お前の存在は聞いたことがなかった。これでは私は本当に何も知らない人間でしかない。お前を連れて行けば記憶が戻るだけでなく、お前の事も良く知れると思ったからだ。強情だが、私に力を貸してくれ」
私は手を差し伸べた。すると、彼女は幼く笑った。
「こんな私にあなた方の顛末を見送れと?本気で思われるのですね。本当に……あなたは傲慢ですね。契約は成立としましょう。あなたが天に召されるその時まで、その対価は払う事なく恩恵を与え続けましょう。しかしこの世を旅立った際にはそれ相応の対価を要求致します。存分に私の力を使ってくれると期待しています」
ゆっくりと手と手が近付く。その最中、彼女は契約成立となった。
「勿論だとも。死んでからの対価なら幾らでも払おう。お前の好きにしろ」
「では交渉成立ですね」
焦るルミナスを横目に私と彼女は契約を結んだ。堅い握手を交わし、彼女は満面な笑みを作った。
仲間となったで認識は合っているのだろう。序でに気になっていた事を指摘してみる。
「…いい加減、その貼り付けた様な笑みはやめてくれたまえ。表情を作るのは上手いが、人からすれば好印象には思われないぞ?」
「初対面の相手には笑顔で接するのが良いと思われたのですが……そっか、もうこの監獄の人柱ではなくなったのですから、好きに行動して良いのですよね?」
「ん?私に付いて行くのだぞ?それは守って貰うぞ」
彼女は何か思い詰めた様な表情を見せる。そして、私の胸に指を数回押し付ける。
「名前欲しい。あなたに付けて欲しい」
距離感を間違えた様に強請ってきた。
これにルミナスが昂揚して彼女を引き剥がしてしまう。
「ダメダメダメッ!自分で考えなさいよ‼︎」
嫉妬を剥き出して私の前に出る。相手が恐ろしい相手なのに武器もなく立つ度胸は凄いと褒める。
私は彼女へ契約を除いた接触は極力避けた。訳は当然で、彼女の得体の知れない力を見抜いていたからだ。
「もぉ〜ルミナスちゃんは私を卑下するの〜?」
「さっきの態度だって演技なのは分かってるのよ⁉︎この人を誑かそうだってそうはさせない!名前は自分で付ければ良いの‼︎」
ルミナスは私の事が絡むと感情を吐き出す。記憶にして2日共にしたが、何となく私関係で喜怒哀楽が激しい女だった。
そう言えば、まだ私に名前がない。これは良い機会だから黙らせる方法に使おう。
「ならルミナス、お前が私に名を付けろ」
「ええっ⁉︎私が…?」
「嫌か?」
「……付ける!」
少し考えて答えた。
だが、ルミナスはとても面倒な女だった。
その間、出来る事をした。
「………」
「もう1時間経ったぞ?」
「待って!あなた様の名前は一生ものになるんだから真剣に考えてるの。えっと…キャベル…違うわ。キャロット……ダサい。キャワン…これは絶対にない」
私と彼女でルミナスを冷ややかな心で見ていた。
あ、から名前を考え、口にして名前に対する文句を言う。修道院の様な身なりからしてかなり名前に拘るのかと思ったが、流石にこれは拘り過ぎだ。
退屈凌ぎもないこの気味の悪い空間で過ごすのは精神的に疲れる。私と彼女は暇を持て余さないように絶えず会話をし続ける。
「早く外に出たいな〜。外の景色見て、外のご飯食べて、外で色んな人に出会いたいな〜」
彼女も痺れを切らしていた。あの異様な空間には居たとは思えない程に本来の性格は砕けていた。私も偶にルミナスに急かす茶々を入れ、彼女との会話に和んでいた。
「私も食べた事はあるが、記憶を失った私になってからはまだ何も口にしていない。お前と同じく食事は楽しみだな」
「でしょ〜⁉︎あー人間と同じ服を着て買い物してご飯が食べれるならこれ以上楽しみな事がない!あなたも共感してくれて嬉しいわ」
「そうだな。しかし、本当に良かったのかココロ。こんな単直な名前で?」
「私はあなたと一緒。けれど、人の心には触れて来れなかったから良いの!こんな暗い所じゃあ、あの契約だから誰とも出会えなかったから。寂しかった。これからは心を持ってこの世界の人間とお喋りしたい!」
私は彼女に“ココロ”と名付けた。私に心当たりのある思い付いた言葉をただ名付けただけ。
それをとても気に入り、そこからはココロが非常に面白い女だと再認識させられた。
人間との接触が数千年なかっただけに、彼女の心は非常に人との交流を望んでいた。あんな仕打ちをされていたというのに、ココロは寛大に人間を許すと微笑んだ。
しかし、不老不死族と言えども人間と変わらずか……。私も早く記憶を戻さないとならないな。
「それにしても演技は上手いのだな?芸達者…ん?違うか…」
「褒めてるの?嬉しいなぁ。ねえあなたの名前、早く呼んでみたい!名前、名前、名前名前名前名前ぇ〜♪」
まるで動物の求愛行動の様に一定の動きで跳ねる仕草は愛くるしかった。ルミナスにはない魅力に思わず頭を撫でてしまう。
「ふぇっ?」
「そういえば、あいつもこんな感じにはしゃいでいたな。ははは、小動物みたいに人懐っこいあいつは今どうして………ん?今のは何だ?」
ココロと何かを重ねてしまった。私の記憶にはない何かが何気もない仕草で思い起こされた。
嘗て、この手で誰かを愛でていたという事実。やはりというべきか、複雑な感情を抱く。
懐かしい。愛くるしい。何かに囁かれる様な衝動。私の中にある感情とも言える記憶がそうさせたのだ。
「完全には消えていませんね。その肉体にある記憶があなたの行動に結び付けてるの。今感じている感情、心が感じるものをしっかり知る必要がある。決して他人事と思わないこと、良いですね?」
先程の砕けた態度から凛々しさを出し、私の胸に指を突き付ける。
「あ…あぁ」
「心は大事。どんな事になろうとも、いつもあなたを導くのは心なのよ。記憶を取り戻したい自我を有しているなら、心が感じ取ったものに身を委ねる事も大事。同時に、あなたはそれ以上に複雑な経緯があるから、委ね過ぎないことも念頭においておくこと!」
「悪いな。私を導けと言ったばかりに…」
ルミナスと違ってココロは卑下する事も嫌悪する事もなく対等に接してくれる。私をたった契約した人間として導いてくれる。
契約がそうさせた?いや、ココロは最初から私を導くつもりだったのかも知れない。
私が謝ろうとすると、今度は胸に手を置いて歯を見せて笑う。
「導くよ。あなたに興味が湧いたのは事実。この世界の全てを知りたいの。あなたとは境遇は違えど世界や人間の本質なんて全く知ったつもりはない。暗闇の中だけの世界が全てとは認めない。あなたを誘った甲斐があって良かった!」
「…なるほどな。お前、最初から私に来て欲しいから妙な気配を発したのだろ?牢獄の奴等は気付いていなかった様だが、私にだけ知らせる術を持ってるのだな」
「『対価魔法』だって応用よ。数千年ただ鎖に繋がられていたと思われたら心外よ。まっ!外に出たらしたい事させてよ?友達…恋人…婚約者!人間の人生を経験するのも悪くない」
「はははっ、面白いな本当に。そうなれば、ココロの番いを探さなくてはだな」
「番い⁉︎えっ⁉︎待って……子供産める様にしなくちゃ!でも、不老不死族は子供なんて産めないと思うし、そもそも生殖機能を備えてないからどうしよう…」
「魔法で肉体を作り変えてみたらどうだ?」
「そこまで私自身を弄れる魔法ではないよ。代償が伴う力で簡単に私は変えられない。制約が厳しいのよ」
どうやら都合勝手に魔法を使えないらしい。対価を差し出さなければならないから、恐らくココロにとっての代償は計り知れないものになるに違いない。それとも、自身への魔法行使は無効化若しくは適応外の可能性も浮上する。
しかし、ルミナスはまだ名前が決まらないな?騎士団や監獄にいた敵が迫って来てもそろそろ可笑しくないのだが。
いや、本当に敵が来ないな。もう此処に来て3時間経ってる。幾ら木っ端微塵に肉塊にしたとはいえ、ココロの生命の泉があれば………
待てよ。ココロはこの監獄都市と契約をしていた。私が破ったのが代償に『対価魔法』が発動するというのならどうなるのだ?
そう考え込むが、遂にルミナスが閃いた様に跳ねた。
「これよぉー‼︎決めたわ‼︎」
「うおっ⁉︎…驚かすなルミナス」
思わず睨んでしまった。
頬を触り、落ち着かない様子でルミナスは照れ臭そうに笑う。
「えへへ、御免なさい。あなた様の名前で良いのが決まって嬉しくてつい…」
「そ、そうか…。なら私の名前はなんだ?」
ようやく私に名が刻まれる。胸に期待を膨らませ、私は手を広げて受け入れる。
ルミナスなら私に記憶を思い出させてくれる名をくれる筈だ。そう期待してしまう。
記憶に残る名を呼ばれれば思い出すかも知れない。
「あなた様は………“ロス”よ」
時間が止まった。
そんな虚無とも思える一瞬が異常に長く感じられた。
私はこの時以上に失意を覚えた事はなかったと言えるほどに、期待を裏切られた気分に堕とされた。
「………」
私は言葉を失ってしまった。記憶を失った私への皮肉を謳っての名前だと言うのなら、それは嘲笑するべきだったのだろうか。本気で考えたと言うものなら、私自身が否定するのも烏滸がましい。
「ねえカッコ良いでしょ?ロス様」
仕方がない。私はそう甘んじて受け入れるしかない。
「……ありがとうルミナス。素敵な名をくれて……」
「良かったわ!ロス様に気に入られて‼︎」
私は何か得られたのだろう。失意と裏切られたという落胆の感情の中、“ロス”という名を心に刻んだ。




