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08

 



 植物の世話を終えて屋敷の居間まで戻るとソファに座ってお茶を飲んだ。

 先生本当にどうしちゃったの。いや、どうかしてしまったのは私の方?以前なら先生と一緒に寝ることを拒否なんてしなかった。いやでも先生だって明らかにおかしい。前はあんなスキンシップはなかった。


 あれはペットだと思っている相手にすることじゃない。あれじゃまるで……。

 そこまで考えて感情が爆発する。


「ああああああ……」


 なんだかそわそわして立ち上がって奇声をあげながら部屋の中をぐるぐると歩き回る。ここ最近の悩みがこんな形で吹っ飛んでしまうとは思っていなかった。

 いや、普通に悩み自体は残ってるけど。

 

 ふとお伽話がしまってある本棚が目に入ってなんとなく例の吸血鬼が悪く書かれているお伽話を手に取ってソファに戻って久々に読んだ。


 なんてことないお伽話、相変わらず吸血鬼への偏見は酷い。よく見るハッピーエンド。


「二人は結婚して幸せに……」


 王子様は初めてお姫様を見た時に、所謂一目惚れをしたんだそうだ。お姫様も記憶が戻った時に。

 一目惚れってどんな感覚なんだろう。恋愛の意味での好きってどんな気持ち?家族とどう違うんだろう。


 私は本を閉じて本の表紙を撫でた。


 ……私は先生が好き?うん、好き。でも、この感情って恋愛として?正直あまりに急すぎて気持ちが何も追いついていない。あの行動が不快じゃない事だけは確か。恥ずかしすぎるけど。


 じゃあ先生は?どういう意味であんな、恋人にするような事をしたのだろう。私は生徒と娘とペットを兼用していたはずだけど、どれも恋人扱いをしていいものには当てはまらない。


 先生は凄く綺麗な人だ。本当になんで私みたいなちんちくりんと二人で暮らしてるんだろう。先生が女性から好意を寄せられないなんて事あると思えない。


 何もかもわからない事だらけだ。明日、話を聞いたところでそれらは解明されるんだろうか。お伽話を読んで少し落ち着いた私はお茶を飲んでため息をついた。


 ……でも一つだけ腑に落ちたことがある。



「先生って男の人だったんだなあ……」



 何を当たり前の事をと自分でも思ったが、言葉にすると思ってた以上にしっくりときて。

 まあ、結局何を悩もうがこれからも先生と一緒にいることができるのならそれでいい。何よりも今後は先生と話し合う事ができるんだから。

 わからなくてどうしようもなくなったら先生に聞こう。






 久しぶりに懐かしいお伽話を読んだ私は他のもついでに読もうと立ち上がる。

 すると玄関の方で大きな音がなった。扉を乱暴に開けたような音だったが先生がそんな乱暴な開け方をするとは思えない。


 私は部屋の扉に隠れる様に隙間から玄関の方を覗き込んで驚く。


 そこには大きく息を切らしたラルフさんがいた。


 どうしたんだろう、あんなに息を切らして。もしかして先生に急用だろうか。また嫌な顔をされてしまうだろうが流石に放っておけず扉を開けた。

 それに気が付いたラルフさんが私に駆け寄ってくるのだから驚く。


 そんなに焦った顔をするなんて、そんなに大変な事が起きているんだろうか?一体何が起きて、と考えていると「ノラ!」と呼ばれて私はラルフさんに抱きしめられていた。


「え?」

「すまない、守ってやれなくて、本当にすまない……」


 以前と明らかに違う対応に戸惑う。彼は一体何に謝罪しているのか。まったく話が読めない。


「あ、あのラルフさん一体何の話を?」


 私はラルフさんの身体を少し押して距離を取って問う。距離を取ったことにラルフさんが驚いた顔して少し申し訳なく思うが力が強くて少し痛い。


「……君も記憶を失っているんだな?」

「は、はい何故それを?」

「先生は何故記憶を無くしたのか説明はしてくれたのか?」

「病気の治療の副作用だと、聞いています」


 私は魔力酔いと言われる病に罹ってしまったと先生に聞いている。

 初めて病名を聞いたとき軽い病気に聞こえたのだが重症化すると細胞が停止して最終的には眠るように死に至る。現代ではとても希少な病で治療法も限られていた結果の記憶喪失、そう聞いている。

 私の言葉と齟齬がなかったのだろう。ラルフさんは頷いた。


 しかしなんだろうラルフさんずっと様子がおかしい。なんだかずっと苛立ってる?白い肌には脂汗が滲んでいた。吸血鬼特有の白い肌もまるで病人のようだ。


「先生に僕たちの関係は教えてもらったのか?」

「……関係?」


 関係って何だろう。君も、という事はラルフさんも記憶を失っていたのだろうか。私とラルフさんは記憶を失う前は知り合いだったと。


 聞き返した私にラルフさんは少し顔を歪めた。おそらく怒っているのは私にじゃなくて何も教えていない先生にだろうけど。

 ……なんてタイミングの悪いときに来てしまったのだろう。明日、は困るからせめて明後日からなら話し合いも終えてただろうに。


 ラルフさんは言葉を詰まらせていた。先ほどまで白かった肌が耳まで色付いているのをみて目を見開く。




「……記憶を失う前の僕たちは……その、将来を誓い合った……」




「え?え?」


「そ、それは今はいい!今は君の事だ」


 何もよくない。将来を誓い合った?私とラルフさんが?何故?


 しかし考える間もくれずラルフさんは再度私に詰め寄って目線を合わせえると両腕を掴み思いもよらぬ事を言った。





「君の、吸血鬼化の事だ」






 ……え?

 吸血鬼化?この人は何の話をして……


「私、人間ですよ?ラルフさん何を」

「君は魔力酔いという病に罹った、当然処置をしたが結局細胞の機能が停止して植物人間のようになってしまった」


「唯一残された治療法は一つだけ、それが吸血鬼化だった」

「記憶を失ってしまったのは……君の身体が負荷に耐えきれなかったのか、それとも、先生か?」


 その発言にラルフさんの手を掴んで違うと首を振る。先生が私の記憶を消した?まるで先生がよくない事をしたかのように言う。

 しかし私のその行動にラルフさんはやはり苛立ったように顔を歪めて反論した。


「……なら君、昔と姿が変わっていない事に気が付いているのか?最後に僕が見た姿と何一つ変わっていない、先生は君がその事実に気が付かないように魔法をかけているのに?」


 言われて、ふと顔に触れる。

 あれ……そういえば私が記憶を失ってからもう十年近くが経とうとしてる。二十は超えてもう三十に近づいてるんじゃないだろうか。

 それなのに確かに私は歳を取っていない。多分十代後半のまま、これは私が吸血鬼になっているから?


「……すまないノラ、混乱させてしまって」


「それに不確かな事で、先生を悪く言ってしまって」


 そう言われてラルフさんの顔を見た。相変わらず美しい人だ。

 以前は理不尽な真似をされたがそう謝罪されて誠実な人かもしれないと思った。もしかしたら彼も記憶を失った事で変わってしまっていたのかもしれない。


 謝罪を受けて、少し落ち着く。私が落ち着いたのを見てラルフさんもまた、少し落ち着いた様子を見せた。


「ちゃんと説明させてくれ、君はまだ、吸血鬼になっていない」

「え」

「混乱するよな、すまない」

「君の身体では負荷に耐えられないと思ったから時間をかけて変える事にしたんだ、けど途中で中断されてしまって……」


 そういってラルフさんが拳を握る。途中で中断なんて何があったんだろう。


「僕は、一、二年の記憶が無くなっていて……記憶が戻った時、ノラの吸血鬼化が中途半端だった事に気が付いて飛び出してきたんだけど、性急すぎたな、ノラが無事なのはわかっていたのに」


「……すまない、本当に言い訳ばかりで」

 そう言って泣かないように表情を歪めたこの人に私は何も言えなかった。


「とにかく、今のノラは中途半端なんだ、おそらく僕の吸血鬼化の魔法の引継ぎを、先生がしたんだと思う」


 ラルフさんの表情がまた怖くなる。さっきの泣かないようにしている顔じゃなくて、先生に対する敵意を感じた。


 なんだか、少し怖い。さっきからラルフさんは感情がころころ変わっているし、抑えきれていないように見える。何に苛立っているのだろう。


「あの、吸血鬼化の魔法って?」


「……吸血鬼化の魔法は眷属をつくる魔法で、服従の証明のために首から吸血するんだ」


 眷属?服従?よくはわからないがそのためにラルフさんは私の血を吸って、引継ぎをしたという事は先生も?でも中途半端って、先生がわざとそうしたと?なんのために。

 ラルフさんはそれに苛立ったの?それとも……


「なんでラルフさんはそんなに怒って?」


「怖がらせてしまったのならすまない、けど嫌なんだ、君が血をあげたわけじゃないって事を理解してても先生が君の血を吸ったという事が」



 ……あれ、なんだろう。こんな綺麗な人が私の事で?と思ったけど、ラルフさんは先生嫉妬しているように見える。先生は私に魔法をかけるために吸血したそれだけで?

 数時間前の先生の言葉を思い出す。先生は吸血鬼に血をあげる事の意味がどうのって……。


「吸血鬼に血をあげる意味って、何かあるんですか?」


 これは、ラルフさんには聞いてはいけなかったことだったと思う。よくよく考えればわかる事だったのに。

 首からの吸血で何故服従になるのか、昨今の吸血鬼はあまり生き血を飲まず、人工血液や血液錠剤で済ませている理由。


 先生があんなに拒んでいた理由。


 きっと、吸血鬼に対して血をあげるという行為は……。



 ラルフさんは考えなしに動いてしまったと後悔している私の顔が青ざめていくのを見て何かを察したようだった。


「……ノラ、まさか先生に血をあげたのか?」


「……知らなくて、困っていたから」


 そう言い訳する私の腕をラルフさんが掴む。あまりに強い力に反射的に引きはがそうとしたがラルフさんは離れてくれなかった。

 ラルフさんの息が荒い。来た時からずっとおかしかったけどもしかしてこれは吸血衝動じゃないだろうか。

 ラルフさんの顔が私の首元に来て焦る。どうしよう、どうしよう。




「せ、先生」


 結局私は先生に助けを求めた。私の言葉にアランさんは顔をあげて私の顔を見た。悔しそうに涙を目尻に貯めて。


「ごめん、でもこれだけは僕がやらなきゃいけないから、先生にだけは、譲れないから」


 そう言って、ラルフさんは私の首元に顔を埋めて、私の首に牙を埋めた。


 そのまま血を吸われる感覚に激痛を覚えて、ラルフさんの顔をなんとか引きはがそうとするが離れてはくれない。


 痛い、熱い、いたい、あついあつい、首元から溶けていく。身体が溶けていく。


 いたい、いたい。たすけて、せんせ。





「あーあ」


 声は先生のものだった。先生は、見ていたのだろうか。


「先生……」

「相手の同意無しの吸血は駄目ですよアラン君」


 身体がドロドロだ。もう私には足が無いように思えた。立っていられなくて地面に崩れる様に倒れそうになった私をラルフさんが抱きとめてそのまま先生から隠すように抱きしめた。

 その様子に先生は笑う。


「何故、ノラは記憶がないのですか」

「何故、先生は僕に何も話してくれなかったのですか」


「……何故、ノラの血を飲んだのですか……?」


 ラルフさんは泣いていた。涙がぼとぼと零れて私の顔に当たる。私を抱きしめながら悲痛な声をあげる彼に私は少し同情した。

 しかし、私の身体はドロドロに溶けていたので、何も動かない。


「君は私の受け持った生徒の中では特別優秀な子でしたが記憶が戻るのは大変遅かったですねえ」


「!」


「待っていましたよ、だからこの場所を君にだけ教えて差し上げて、ノラの吸血鬼化も留めておいてあげたんでしょう」

「……なら、ノラを返していただけるんですね?」


「おや、差し上げた覚えはありませんよ元々うちの子です帰ったら捨てられていてまあ、私も驚きましたよ」


「なぜ君に何も言わなかったのか?そりゃあ君が家の人間に監視されていたからに決まってるじゃないですか、全て君の家の人たちが原因でしょうに」

「どうせ記憶が戻って慌ててここに来たんでしょう?おうちの事なんて何一つ解決せずに来たんじゃないですか?」


 ラルフさんは自覚したように私を抱く手に力が入る。


「ノラの記憶喪失は、何があったというのですか」


「君も何となくわかっているでしょう、吸血鬼化ですよ」

「ノラさんが特別弱いのは君も知っているでしょう吸血鬼化になんとか耐えてもノラさんの精神は持たなかった、結果瓦解した。」


「どうにかできないんですか」


「魔法で失ったものならともかく関与していないものはどうにもできません」


 先生も最初はどうにかしようとしてくれていた。私の持っていた私物を見せて、幼いころの話をしてくれて、私の好きなお伽話を出して。でも、一年もしないうちに先生はそれやめた。




「……さて、知りたい事は知れましたか?」


「くっ……」

「勝手に侵入してきて困った子ですねえ」


 先生が指を立ててくるっと回すとラルフさんと私が引き離される。そのまま指を弾くとラルフさんはパッと一瞬で消えてしまった。


 そのまま先生は黙って私のところに来ると私を抱き上げる。少しだけ居間の中を見ると少し顔をゆがめて、それから私には優しく笑って声をかけた。


「またあのお伽話を読んでたんですか、本当に好きですねえ」



 ******



「ノラさん、大丈夫ですか?」

「……せんせ」



 身体が、身体が熱い。溶ける。痛い。

「ノラさん」

 気がつけば先生の部屋だった。先生は静かに私をベッドに降ろして縁に座る。そして額に手を当てた。


「せんせい、私は今人間なの?吸血鬼なの?」

「……今日の朝までは中途半端な状態だったんですがね、もうほとんど吸血鬼ですよ」


「人間の吸血鬼化は少し話を聞いたことがあります、その工程はまるで虫の“完全変態”のようなものなのだと」

「幼虫と成虫で全く違う姿に変化する事なのですが」

「幼虫は蛹になって細胞や組織を分解して再構築するんだそうで」


「私も身体が作り直されているってこと、ですか?」

「はい、ラルフ君に噛まれた事が決め手だったのでしょうね」


 だから、あんな夢を見たのか。そういえばあの夢を見たのはラルフさんがここに来た日だった。いや、本当は夢でも無かったのかも。

 そうか、私は吸血鬼になるのか。だからずっと──


「せんせ、外に出てて私、なにか変なんです」

「変?」


「ずっと、喉が渇いているの、私……」


 先生は額に当てていた手をゆっくりと顔にまで降ろして私の唇まで移動させる。下唇を押されて口を開くと私の犬歯に軽く触れて薄く笑った。


「せんせ……」

「怖い?」


 先生はベッドに乗り上げるとシャツの襟もとを緩める。

 先生は何をしようとしているの?そのまま私を上から抱きしめると目前に先生の首筋が曝け出される。


 駄目だよ、私は先生に何もあげられないから血をあげたのに、私はもう吸血鬼に血をあげる事の意味を知ってしまっているのに。先生から沢山もらってるのに。どうすれば、どうすればいいの。


 これが吸血衝動というものなのだろうか。頭がぼーっとしていて何も考えられない。どんどん思考が短絡的になって自暴自棄になりそうだ。

 ラルフさんもこうだったのだろうか、先生もこんな渇きをずっと一人で抑えて……?


 息がどんどん荒くなって脂汗が滲んでくる。心臓が破裂しそうに痛い。呼吸がうまく吸えない。


「大丈夫、理性なんて捨ててしまっていいんですよ」


 その言葉に私は先生の襟元を掴んで思い切り引き倒す。吸血鬼になると力も強くなるのだろうか身長の高い先生を簡単に倒せた事に驚く。


 今度は私が先生の上に乗る形で先生を見下ろした。先生はこんな時でも落ち着いていて……。私は震えた声で先生に尋ねた。


「いいの?」

「ダメな理由があるんですか?」


 私は一番、先生を信頼している。この行為が一体何を指すのか、すでに私は理解していたけれど、先生がいいというのなら。


 一瞬、私と将来を誓い合ったといって顔を赤くした彼の姿を思い出す。結局私の記憶はいまだに戻る様子はない。否、戻らないのだろう。

 だって私は知ってる。雪の下には残骸しか埋もれてなかった事を。

 先生が言った通り、遅かったのか。


 ──私には先生だけ。


 ……うん、そうだね。


 私は本能のままに先生の首元に口を寄せて思い切り噛みついた。噛んだ先から今まで感じたことのないほど美味しいものが口を満たして私は少し泣いた。


 先生は、どうしたら喜んでくれるんだろう。


 私は先生が傍にいてくれるならなんだっていいよ。




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